6年2組のムーニーマン

はおらーん

本編



「学校に泊まるってのはどう?」


男子のリーダー格の優斗が言うと、男子たちから「それいいな!」、「楽しそう!」と次々と賛同の声が上がる。女子たちからは、お店を開くや、ライブをするなどの案が上がっていたが、そういったことに興味の薄い男子は、後から出てきた優斗の案に乗っかる形になる。


「まあまあ、一旦落ち着いて。できるかどうかは置いておいて、今日出た案ができそうかどうか先生も調べてみるから」


担任の大谷先生は、騒ぎ始めた男子たちを諫めるように話をまとめた。高学年になると、「総合学習」なるものが始まる。自分たちで課題や問題点を探し、それぞれの解決法を探るという授業だが、先生たちの負担も大きい。現実的には卒業に向けて好きなことをやろう、というのが今の落としどころになっている。他のクラスは何か卒業制作を作ったりするらしい。


「真奈ちゃんも学校に泊まりたいよね?」


優斗は振り返って笑顔で話しかけた。真奈ちゃんと呼ばれた女の子は、ニコッと笑っただけで返事はしない。真奈ちゃんは教室の一番後ろの席で、横にはお母さんが付き添っている。言葉にならない声をあげて、ピンと右腕を上げた。お母さん曰くそれがイエスの意思表示らしい。


「ホラ、真奈ちゃんも学校に泊まりたいって~」


他の男子たちにも促すように優斗が言うと、そうだそうだと声を上げて大谷先生は困ってしまった。


真奈ちゃんはダウン症の女の子だ。普段は特別学級にいるが、体育や給食は6年2組にやってきて一緒に活動する。クラスの女の子たちの中には熱心に真奈ちゃんのお世話をする子がいたり、荷物を持ってあげる男子もいる。たまに授業中に粗相をしてしまって騒ぎになることもあるが、みんな雑巾とバケツを持って一緒に片づけをしてあげることもあった。体育がある日は安全のためにお母さんが付き添うことになっている。お母さんは、真奈ちゃんとクラスのやりとりを少し複雑そうな表情で見守っていた。


授業の最後に多数決の挙手が行われたが、男子全員が投票したこともあり、第一候補は学校での宿泊に決まった。


「ここで決まったからと言って、本当にできるとは限らないからね。校長先生がダメって言ったらダメだからね」


男子たちからは「え~」と声が上がったが、「校長先生に直談判にいこう!」と過激なことをいう声もあった。大谷先生は、やれやれという表情で一旦授業を締めた。



翌週も総合学習の授業がやってくる。今日の授業で、学校への宿泊が許可されたかどうかの発表をすると事前に生徒たちに伝えてあった。


「先生!OKだった!?」


教室に入るや否や、生徒たちの言葉が突き刺さる。最初は宿泊に反対だった女子たちも、男子に懐柔されたり、泊まりで何をするかを相談して乗り気になっている子が多い。


「校長先生に相談した結果…」


一瞬教室が静かになり、生徒たちも固唾を飲んで大谷先生の言葉を待つ。


「OKとのことです!」


男子たちはウオオオ!と叫んで喜ぶ。女の子たちも、お泊まりの服をどうするか、スマホ持ってきてもいいのかな、などと楽しそうに話している。校長先生との交渉は思ったよりも大変だった。安全上のことや、食品衛生など、粘り強く交渉した結果、いくつか条件をつけられたうえでOKをもらった。


「いいかい君たち」


しばらく喜ぶ生徒たちを見た後、少し真剣な口調で話す。


「たしかに校長先生からお許しは出たけど、無条件ってわけじゃないよ。守らなければいけないルールもあるし、他にもいろいろあるよ」


そういうと、校長先生から言われたリストを順番に読みあげた。生徒たちは学校への宿泊を決定づけるために懸命に聞いている。学校に持ってくるものの制限や、やってはいけないことなどがリストには並んでいる。しかし、どれもみんなで協力すれば達成できそうなものばかりだ。


「これならいけそうじゃない?」


可那は後ろの席の理沙に聞いた。


「そうだね、みんなで協力すればいけそうだよね…」


理沙はそう答えて、みんなが喜ぶ様子を複雑そうな表情で見つめた。



「上松、とりあえずみんなで相談する内容まとめておいたから、司会して順番に決めてくれるかな」


大谷先生は委員長の可那を指名した。2組の男子たちは少しやんちゃな子も多いが、女子は割合しっかりしている。可那はゴムでまとめた長髪を揺らしながら教卓の前に立った。周りからもしっかり者と言われている可那は、4年生からずっと学級委員を務めている。可那の進行で、今日だけでもいろいろなことが決まった。日時は学校側から指定があり、土曜日の夕方から日曜日の昼にかけて行われる。それ以外にも、寝る時間まで何をするかなども相談して決まった。先生から渡されたリストのうち、半分ほど終えたところで残り時間が5分となり、残りは次回の授業で決めることとなった。


可那が席に戻ると、再び大谷先生が教卓に着く。一つの目標に向かって議論をして意見を出し合う生徒たちを見て感心していた。そんな大谷先生には、一つだけ気がかりがあった。


「上松ありがとう。最後に、真奈ちゃんのことなんだけど」


「え、一緒に泊まれないの!?」


優斗が一番に声を上げる。他の生徒たちも同じ気持ちだったようで、不安そうに大谷先生を見る。



「そういうわけではないんだけど。真奈ちゃんのお母さんから話があるみたいだから。ちょっと話を聞いてくれるかな」


そういうと教卓を真奈ちゃんのお母さんに譲った。少し緊張したような表情でお母さんは話し始めた。


「こんにちは、坂井真奈の母です。みなさん、いつも真奈の面倒を見てくださってありがとうございます」


改めて言われなくても全員知っているが、真奈ちゃんのお母さんはきちんと挨拶をしてから本題に入る。


「真奈自身も、みなさんと一緒に学校に泊まることを楽しみにしてるんですが…。実は真奈はまだおねしょが治ってなくて、家では紙おむつを履いて寝てるんですね」


たまに学校でも粗相をすることがあったので、その点は特に生徒たちも驚くことはない。


「それも真奈自身はとても恥ずかしいみたいで、毎日泣きながら履かせてるような状況で。みなさんもご存じの通り、水泳の授業も水着に着替えるのにとても手間がかかってしまって。一人でもおむつを履かせるのに手間がかかるのに、みなさんと一緒となると手が付けられないんじゃないかと思って心配なんです」


「え、そんなこと」


可那はホッと胸をなでおろしながらつぶやいた。体の問題で一緒にお泊まりができないと言われると思った可那は、着替えに困るくらいならなんとかなると思った。


「じゃあ私たちも何人か真奈ちゃんと一緒におむつ履いたら恥ずかしくないんじゃない?」


可那の提案に一瞬教室に静寂が訪れる。おむつくらいなんとかなるだろうとクラスの大半は思っていたが、まさか一緒におむつを履くことを提案されるとは誰も思っていなかった。


「いいんじゃない…?」


誰かがボソッとつぶやき、男子も女子も多くの生徒が賛同する。真奈ちゃんのお母さんも予想外の反応に驚いた様子だった。


「上松おまえ自分がおねしょするの誤魔化したいだけだろー」


と男子からヤジが飛んだが、「それはそっちでしょ!幼稚園のお泊まり会でおねしょしたの覚えてるから!」と強い口調で言い返す。みんなが爆笑した。


「でもおむつなんて私たち履けるの?」


他の女の子が誰に聞くでもなくつぶやく。他の生徒たちもたしかに…と難しい顔をする。


「真奈ちゃんも履いてるわけだし、たぶんいけるんじゃない?」


自信なさげに可那が答える。なんとなくみんなの視線が真奈ちゃんのお母さんに向いた。


「みなさん、本当にありがとう…」


ホッとした様子でお母さんは深々と頭を下げた。


「真奈が履いているおむつは、スーパービッグサイズです。子供用ですけど、35キロまでなので、どうかな。真奈でも履けているので、おそらく大丈夫だと思うんですけど…」


「じゃあ決まりだね」と可那が言うと、周りの女子もうんうんと頷く。後ろの席の理沙にも同意を求めると、そうだねと苦笑いをして頷いた。


「みなさん、本当にありがとう…」


真奈ちゃんのお母さんが当日何枚か紙おむつを準備して、真奈ちゃんが恥ずかしがらないように一緒に履くということで話がまとまった。



ついに学校宿泊の当日がやってくる。夕方になると、一泊分の荷物を持ってクラス全員が体育館に集まった。予定通りにみんなであらかじめ決めた映画の干渉、先生の準備した晩ごはんを食べた。9時半を過ぎたころ、ようやく教室に移動して寝る準備に入る。最初は体育館で雑魚寝をするという案も上がったが、さすがに高学年になるのにそれはマズイという先生の判断もあり、男女で教室を分けて泊まることになっている。あらかじめ教室には体育館から体操マットを運んで敷き詰めている。布団かマットレスを準備するという話もあったが、手間がかかりすぎるということで却下になった。まだ秋口にもなっていないので、寒いということはないだろう。



そろそろ寝る時間となり、ジャージやシャツに着替える子が出始めた。なんとなく普段の水泳や体育の着替えとは雰囲気が異なる。生徒同士で、誰が真奈ちゃんと一緒におむつをするんだろうという牽制の雰囲気がある。可那自身は、自分が言い出しっぺなので履くしかないと覚悟を決めていたが、他の女子たちはなんとなく自分は履きたくないという気持ちもあった。


「あの…」


重苦しい雰囲気を察して、真奈ちゃんのお母さんが口を開く。


「一応打ち合わせ通り真奈の使っているおむつを持ってきたんですが。誰が履くか事前に決まってなかったので、一応全員分枚数が行き届くように持ってきたんです」


そう言うと、真奈ちゃんのお世話セットが入った大きなカバンからピンク色のパックを取り出した。


「コレなんですけど、みなさんサイズが合うかどうか…」


お母さんが取り出したパッケージには、大きく「ムーニーマン」と書かれている。神妙な面持ちで見ていた女子たちも、なんとなく「おぉ」とリアクションした。どんなものか見ようと、みんなパッケージ周りに集まる。


「ムーニーマンって赤ちゃんの?」

「スーパーBIG…」

「35キロまでだって」

「一晩中のおしっこも安心…」


なんとなくみんなパッケージの文面を声に出してみた。「私40キロ超えたから無理だ~」とわざとらしく履けないアピールする子もいる。


「14枚入り」


とボソッと言ったのは可那だった。この学年は全員でも50人。一クラス25人で、このクラスの女子は12人と少ない。


「え、じゃあみんな履けるじゃん。真奈ちゃんのお母さん、全部使ってもいいですか?」


明るい調子で可那がみんなに言う。お母さんは、「みなさんさえ良ければ…」と返事を濁す。何人か履くだけかなと思っていたので、お母さん自身も他の女子たちと一緒に可那の言葉に面喰った。


「履きたい子だけ履けばいいじゃん」と言ったのは、さっき体重オーバーアピールしていた梓だ。


「履けないのはしょうがないけど、どうせならみんなで履いた方が楽しくない?多い方が真奈ちゃんも恥ずかしくないって!」


そう言うと、可那は真奈ちゃんのお母さんの承諾を得てムーニーマンのパッケージを開け始めた。ランドセルよりも一回り小さいおむつのパッケージを抱える。開け口を見つけると、早速破いて中から一枚取り出した。


「これ見て~、花の柄をついてる」


可那は楽しそうに手に持ったムーニーマンを周りの子に見せる。


「上松さん、あの」


お母さんが再び申し訳なさそうに口を開く。


「真奈はその中でも青い字ではHAPPYと書かれた柄が好きで。良かったらHAPPY柄を真奈に譲ってもらってもいいですか」


「あ、そんな!元々真奈ちゃんのものなのに!」


可那は慌ててパッケージの中からHAPPYの柄を見つけてお母さんに手渡した。「じゃあ私も真奈ちゃんとお揃いのHAPPYにしようかな」と自分で履くおむつをパッケージの中から選ぶ。


「他にもかわいい柄あるよ、みんな早いもの順だから!」


「え、じゃあ私も履こ」


可那に続いたのは、お調子者の愛莉だった。楽しそうなことに混ざらない手はないと、ムーニーマンのパッケージに手を突っ込んで1枚引き抜いた。


「こっちはリボン柄だ~、あったり~」と可那と同じく、嬉しそうにムーニーマンを見せびらかす。それからみんなが続くのは早かった。次々と「私も!」とパッケージに手が伸びる。最初は嫌がっていた梓も、結局みんなの雰囲気に飲まれておむつを手にしている。最後に、理沙が余った2枚の内から、ピンクのリボンにHAPPAの字が入っているムーニーマンを手に取った。とっくに日の落ちた教室で、12人の女子は全員その手におむつを持っていた。



「じゃあ、みなさん、真奈のためにすみませんが。お願いしてもいいですか」


みんな「はーい!」と返事をして、各々手にムーニーマンを持ったままズボンを脱ぎ始めた。真奈ちゃんもお母さんにズボンを脱がされたが、どうやらいつものイヤイヤが始まったらしい。


「真奈ちゃ~ん、わたしらも同じおむつ履くんよ」


みんなで寄ってたかって真奈ちゃんをあやしにかかる。


真奈ちゃんはパンツを脱いだ状態で顔を横に向けて立っている。お母さんは足元でムーニーマンを広げ、何度も真奈ちゃんに足を通すように促しているがてこでも動こうとしない。それを見た可那は、愛莉に耳打ちをした。愛莉もそれを聞いてうんうんと頷いた。


愛莉は真奈ちゃんのお母さんの横にしゃがんで、同じようにムーニーマンを広げた。その前に、可那がパンツを脱いだ状態で立った。


「真奈ちゃん、私も履くから見ててね」


愛莉が広げたムーニーマンに、右足を入れる。


「みぎあし~、ひだりあし~」


歌うような調子で笑顔で真奈ちゃんに話しかける。真奈ちゃんは少し不思議そうな表情で可那の顔をおむつを交互に見た。イヤイヤはパッと止まり、お母さんの広げるおむつに可那と同じように脚を通した。


取り巻きから「おぉ~」と声が上がった。可那と愛莉の思い付きだったが、効果は大きかったようだ。


「あとは自分でできるから」と可那は言ったが、「いいからいいから」と愛莉に言いくるめられ、そのまま幼児のようにムーニーマンを履かされた。太ももが少しきついかもしれないと最初は思ったが、実際に履いてみると少しごわごわ感があっただけで思ったよりも快適だと思った。


「え、かわいいじゃん」

「カナちゃんちっちゃい子みたいだよ~」


と取り巻きも口々に言う。本気でかわいいと思った子もいるかもしれないが、多くは半笑いで言っているのが可那にもわかる。


「早くお前らも履けよ!」


おむつを履いた恥ずかしさを、乱暴な言葉遣いで誤魔化す。可那に言われ、みんな散らばって、それぞれムーニーマンを履き始めた。


「うわ~きつい」


40キロ以上あるとアピールしていた梓は、ムーニーマンを膝まで引き上げたがそれ以上いかないらしい。小さい時から水泳を習っている彼女は身長も高く年齢の割にガタイもいい。他の子が梓を手伝っておむつのお尻側を引っ張り上げようとしたが、結局お尻が入りきらずに諦めることにした。梓は半笑いでしぶしぶパンツとズボンを履いた。


恥ずかしがって窓際のカーテンにくるまりながらおむつを履こうとして、他の子にカーテンを引っぺがされる子もいる。可那と愛莉の真似をして、お互いに履かせ合っている子たちもいた。最終的にサイズ的に履けなかった梓と麻美以外の10人はムーニーマンを履いた。なぜか全員ズボンはまだ履いていない。


「なんか恥ずかしいな~」「なつかしい…?」みんなお互いのおむつ姿を見ながらつぶやくように感想を言う。下腹部が落ち着かないのか、ごそごそ股間を触ったり、おむつの中に手を入れる子もいた。真奈ちゃんも含めると11人の女の子が教室でそろってムーニーマンを履いている。おむつを履いたからか、「いつまでおねしょしてた?」という話題で一通り盛り上がった。愛莉の「最後は4年生」という発言には理沙以外の全員が驚いた。




「ね、優斗が保育園のお泊まり会でおねしょしたってホント?」


可那と梓は掛布団を頭まで被って秘密の話をしている。


「ホントだよ!でも実はね…。やっぱりやめとこ」


可那はもったいぶる。可那と優斗はお母さん同士が知り合いで、聞きたくなくても優斗のことは耳に入ってくる。


「え~、教えてよ!」


「なんでそんなに優斗のこと聞くの?好きなの?」


「そんなんじゃないけどさ~」


「優斗のこと好きって白状するなら教えてあげる」


「え~、わかった、好き」


「マジで!?どこがいいの?」


「だって、かっこよくない…?そんなのより、優斗の秘密教えてよ!」


「しょうがないな~。実はさ、優斗のやつ、保育園どころか3年生までおねしょ治らなかったんだよ。小学校入った時は夜だけおむつしてたらしい」


「マジで~、めっちゃ以外!」



興奮して話が盛り上がっていたのは1時間ほどで、12時を過ぎるころには静かになって、みんなの寝息が聞こえるだけだった。





深夜2時ごろ、みんな寝静まった中で一人むくっと起き上がる影があるのに真奈ちゃんのお母さんは気づいた。お母さん自身も、慣れない環境での宿泊に眠りが浅くなっていた。部屋の電気は消されているが、体を起こして月明かりで腰まである長髪が静かに揺れているのがわかった。


「えっと、柳本さんだっけ。どうかしたの?」


真奈ちゃんのお母さんは、他の生徒が起きないように近くに寄って小声で話しかけた。自分の下半身のことで頭がいっぱいになっていた理沙は、声をかけられるまで気付かなかった。


「あ、えっと、その」


毎日真奈ちゃんのおむつの世話をするお母さんはとっさに理沙に何が起きたか察した。


「いいのよ、柳本さん。何も言わなくていいから。おむつ一枚だけ余ってるから持ってくるね」


理沙は下半身の気持ち悪さに耐えながら、じっとしている。4年生の時に比べるとだいぶ頻度も減っているからと安心していた。5年生の自然学校、6年生の修学旅行も養護の先生に起こしてもらったりして、おむつに頼ることなく乗り切ることができた。まさか卒業前の企画で、学校に泊まるなんてことは想定もしていなかった。絶対に誰も起こさないようにと、1ミリも動くまいと体を固くしている。そうしていると、真奈ちゃんのお母さんがカバンから最後の1枚のムーニーマンを持ってきてくれていた。


「柳本さん、これ。誰かに見られるとあれだし、トイレに行って替えた方がいいよね?おむつから漏れてない?」


理沙はそっとズボンの上からお尻まわりに触れてみる。幸運にも量はそれほど多くなく、理沙のおしっこはムーニーマンの中に収まっていた。


「あの、大丈夫みたいです…」


「良かった、じゃあトイレで交換してきなさい。汚れたおむつはうまく捨てといてあげるから、丸めて持って帰ってきてくれるかな?」


「すいません、ありがとうございます…」


理沙は下半身を覆うシーツをはぎ取って、念のため下のマットに手で触れる。ズボンと同様、おしっこが漏れた様子はない。最悪は免れた、と少しホッとしてゆっくりと立ち上がる。幸い誰も起きてはいない。窓の方を見ると、寝相の悪い子も何人かいる。愛莉の掛布団はどこかに消え去り、横の梓の位置を奪おうかというところまで転がっている。ズボンの腰回りからは、ムーニーマンのひだひだの部分が見えていた。寝ている子を蹴っ飛ばさないように、そろそろと教室の外に出た。


トイレの個室に入った理沙は、一旦新しいムーニーマンを便座のフタに置いてズボンに手をかける。先にズボンだけ下ろそうとしたが、おしっこの重さでズボンと一緒に膝までずり落ちた。お泊まりでおむつを履いたのは4年生のチャレンジキャンプの時以来だ。あの時は週の半分以上おねしょをしていた。お母さんと何度も喧嘩したが、結局念のためということで普段家で寝るときに履いている紙おむつを持参した。まさかその時とおなじ紙おむつを、6年生になってみんなと一緒に履くとは思ってもいなかった。しかも、そこにおねしょまでしてしまった。最近では1回もしない週もあり、5年生以降はおむつではなくおねしょシーツで対策するようになっていた。


「うわ、すごい出てる…」


クラスのみんなとのおしゃべりが楽しくて、教室でお菓子を食べながらジュースをたくさん飲んだのがいけなかったのかもしれない。理沙は膝まで下がったムーニーマンのサイドを破る。重さで垂れ下がったおむつをどんと便座のフタに置きくるくると手早く丸め、テープでぎゅっと留めた。丸めたムーニーマンは理沙の両手で覆っても覆いきれないくらいの大きさになっている。カラカラと手に巻けるだけトイレットペーパーを巻き、何度もおねしょで汚れたお尻と股間を拭いた。


拭き終わると、一旦便座に座ってズボンを下まで下ろす。膝に置いた新しいムーニーマンを手に取り、再び立ち上がった。もしかすると誰か起きてきてトイレに来るかもしれない、とすべての動作に気を配る。どうしてもおむつを履くときにカサカサと音がしてしまうので、思い切ってササっと履くことにした。寝る前に履いた時と同じように、手早く膝まで引き上げ、ギャザーを立てて股繰りに合わせながら腰まで引き上げた。朝までにもう一度おねしょするなんてあり得ないと思っていたが、昔の癖でしっかりギャザーを立ててムーニーマンを履いた。


教室に戻ると、真奈ちゃんのお母さんが起きたままで理沙のことを待ってくれていた。


「柳本さん、大丈夫だった?」


「ハイ、ありがとうございました」


2人はささやくような声でやりとりをする。


「外してきたおむつある?」


「これです」


理沙は、体の後ろに隠すようにして持っていたムーニーマンの塊を差し出した。真奈ちゃんのお母さんは素早く受け取ってあらかじめ準備していたビニール袋に入れてにおいがしないようにきつく縛ってカバンの奥にしまい込んでくれた。


「誰にもバレてないと思うし、もちろん私も誰にも言わないからね。安心していいからね。早く寝ましょ」


薄暗くて表情がよくわからなかったが、声色は理沙を思いやる優しいものだった。理沙は声を出さずに頷いて、自分の寝る場所に戻って布団をかぶった。




翌朝、一番に起きたのは愛莉だった。お調子者らしく、寝相の悪い子をゆさぶったり、起きる気配のない子たちにちょっかいをかけて回った。おおよそみんなが目を覚ましたところで、真奈ちゃんのお母さんから声がかけられる。


「みなさん、ちょっとごめんなさい。真奈もおむつを外すので、みなさんも協力してもらっていいですか?」


真奈ちゃんも目を覚ましているが、マットから体を起こさずに寝転んだままだ。


「いつも朝は寝転んだままでおむつを外すもので…」


真奈ちゃんのお母さんは誰に言うわけでもなかったが、なんとなく可那はまた自分奈だろうなと察して、自分から真奈ちゃんの横に同じようにして寝転んだ。真奈ちゃんはいつもに増して嬉しそうにして、手に持ったお気に入りのおもちゃを振っていた。


「アイリお願い~」


「ハイハイ」


昨日と同じように愛莉がお母さん役になる。真奈ちゃんのお母さんと同じように、少し可那の足を開いて、その間に座った。みんな興味深そうに2人のおむつ交換を車座になってのぞき込んでいる。「ちょっとそんなに見ないで!」と可那は言ったが、「カナがおねしょしてないかみんなで確認するぞ~」と逆に盛り上がってしまった。愛莉は、お母さんがするのと同じように、可那のズボンを膝まで脱がせた。


「ちょっとにおいするけど、ごめんね」とお母さんは言ったが、クラスの全員が「いえいえ~」、「大丈夫ですよ~」とにこやかに返事をした。真奈ちゃんのおむつは、おしっこで大きく膨らんでいるのがわかる。


「さて、カナのおむつはどうでしょうか~」


愛莉は盛り上げようと思って、わざと周りを煽りながらゆっくりと可那のズボンを下げる。そろそろと可那のムーニーマンが姿を現すが、当然ながら履いた時と同じ色をしている。「するわけないでしょ!」と言い返す可那を見て、理沙は少し複雑な気持ちになる。それでもさすがに2回目のおねしょはせずに済み、起きた瞬間はホッと胸をなでおろした。


「おむつは横に破るところあるから、そこビリビリってやって、あとは引き抜いたらいいからね」


言葉の通りに真奈ちゃんのムーニーマンを破ると、おしっこのつんとした匂いが広がった。イヤな顔をする子は誰もいない。愛莉も、お母さんに続いて可那のムーニーマンに手をかけて両サイドを破る。


「風邪ひくといけないからね、早くパンツ履いてね」


真奈ちゃんのお母さんの言葉を受けて、可那は立ち上がって素早くパンツを履いた。真奈ちゃんのおむつ交換が無事終わったことで、他の子たちも順番におむつを脱ぎ始めた。愛莉は、「お前らおねしょしたやつはいないか~」と言いながら、みんなのムーニーマンにタッチして回っている。普通におむつを脱ぐこともできたが、可那たちの実演を見たからか、全員サイドを破ってムーニーマンを外した。脱いだムーニーマンをヒラヒラと旗のように振ってふざけている子もいる。


「ねぇ、リサそれどうやったの?」


「え、これ?」


理沙は昨晩と同じようにサイドを破ったムーニーマンをくるくると丸めてテープで留めていた。それはおむつに馴染みのない他の子たちには不思議な光景だった。


「こうしたら小さくまとまって捨てやすくなるんだよ」と一度丸めたおむつを広げて実際にやって見せた。


「すごい~、リサなんでそんなこと知ってるの?」


「え…。まぁ、その親戚の子?とか?」


まさか自分がおねしょでおむつを長らく使っていたからだとは言えない。少し返答に詰まったが、特に怪しまれることはなくホッとした。みんな理沙の真似をして、くるくるとまとめてビニール袋に入れた。袋の中には、ムーニーマンを履いた10人の女の子の分、真奈ちゃんの分、追加で理沙が履いた分の計12枚が入っている。汚れているのは真奈ちゃんと理沙の分だけだった。





朝ごはんも終え、クラス全員で掃除に入る。ごみをまとめ、掃き掃除と拭き掃除が始まった。可那と理沙は、女子の方のごみを袋にまとめてゴミ置き場に持っていこうとしていた。


「カナ、それがお前らのオシメか?」


優斗がヘラヘラした調子でちょっかいをかけてくる。


「そうだけど?あんたはおむつなしでお泊まりして大丈夫だったの?」


可那も強い調子で言い返す。優斗は、カナの持っているゴミ袋をまじまじと見つめた。薄透明のごみ袋の上からは、綺麗に丸められたムーニーマンたちがカラフルに詰まっている。


「あれ」


優斗は何か気付いた。


「ナニ?あんたのおねしょ用に何枚か持って帰る?」


「いや、おむつ使ったの真奈ちゃんだけだろ?」


「アサミとアズサ以外は全員履いて寝たけど」


「そうじゃなくて、実際におねしょしたのは真奈ちゃんだけじゃないの?」


優斗が指をさした部分を可那も同じようにのぞき込む。そこには、おしっこを吸収して大きく膨らんだムーニーマンが二つ並んでいた。


「2個あるってことは、真奈ちゃん以外にもオシメ使ったやついるってことじゃね?」


可那も「たしかに…」と腕を組んで考え込む。朝みんなで着替えた時は、確かにムーニーマンをそのまま丸めて袋に入れた気もする。理沙は、そんな2人の様子を心配そうに見ていた。もしかしたら、真奈ちゃんのお母さん以外にも夜起きていたのを見た子がいるかもしれない、そうなると自然に私が疑われる…と思うと一気に背筋が冷たくなったのを感じた。


可那は「ホントだ~」を言いながらゴミ袋の上から汚れたムーニーマンを指で押した。優斗も同じようにしようとしたが、可那に「一応女子のパンツだから」と言われて触れるのは拒否された。


優斗は「誰がおねしょしたのか調べようぜ」と言い、他の男子にもおむつのことを言い回ろうとした。その時、後ろから「原田くん」と声をかけられた。振り返ると真奈ちゃんのお母さんが立っていた。


「あ、はい」


「実は、そのおむつ真奈のものなんですよ。昨日は夜中に量が多くて漏れてしまったみたいで、夜中に一度交換したんです。朝も濡れていたので、真奈だけで2枚使ったことになるんです」


ものすごく申し訳なさそうに話す真奈ちゃんのお母さんに、「そ、そうなんですね…」と慣れない敬語を使って返事をする。


「なんだ、そうなんだ~。私も機会があったら真奈ちゃんのおむつ交換してみたいな」


可那は無邪気に笑い、お母さんは「そうね、ありがとう」と可那にお礼を言った。お母さんの後ろで硬直していた理沙だったが、真奈ちゃんのお母さんが振り返ってウィンクしたことには気づいた。バレないように小さく会釈をした。



片づけを終えると、廊下に校長先生の姿が見える。許可は出したが、一応気になって様子を見に来たらしい。みんなで校長先生にお礼を言って、無事6年2組の総合学習は終りを迎えた。


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