警視庁の特別な事情2〜優雅な日常を取り戻せ〜

第48話狼は可愛い羊ちゃんを狙っている1 ✴︎

「足場が悪い、降りるぞ」

　正面を警戒しながら、カイリが徐々に下がってくる。

　一瞬、そう言いつつもカイリは降りてこないんじゃないかと、イチの頭を考えがよぎった。

　カイリは何かと抱え込もうとする節がある。

　多少の危険はあるが、跳べない高さではない。

　しかしイチが退かないことにはカイリも降りられない。

「ちゃんと降りてこいよ！」

　一言残して、イチは屋根の縁を蹴るとロープを使って一気に滑り降りた。

　ロープを離れて見上げると屋根から飛び降りたカイリが空中でロープを掴み滑り降りてくる。

　ザッ！

　空を見上げるその真横で、屋根から飛び降りてきた黒い塊がイチに向かい飛び込んできた。

「アギトッ」

『回収に回る？』

　インカムから届くジュニアの声にカイリの声が入る。

「待て。

　余計な接触は避けたい。

　いつでも出られるようにだけはしておいてくれ」

　インカムには滑らかにキーボードを叩く音。

『了解。

　週末はリカコにスイーツの差し入れでもしないとかな』

「全くだっ！」

　カイリの降りたロープを途中まで伝っていたキバは、身体を大きく揺さぶると反動で壁面を蹴りつけ待ち受けていたカイリの背後を取るように着地した。

　ツナギのベルト通しに止めておいた伸縮警棒をイチが振るう。

　街灯の光を受けて銀色残像を残した。

「この前の傷はもういいのか？」

　近付くアギトに向けて振りぬいた警棒は、身体を反らしたアギトの胸部スレスレを通り過ぎていく。

　キバを振り返るカイリと、アギトから距離をとったイチが背中を合わせた。

「どっちがどっちだ」

　出来ればアギトには絡みたくないが、カイリのスピードではアギトには反応出来ないことは目に見えている。

「こっちがアギト、スピード系（タイプ）、ナイフ装備、俺がやる。

　そっちがキバどっちかっつうとパワー系（タイプ）、間宮家襲撃犯」

「ほぉ」

　イチの最後の一言にカイリの空気が変わる。

「ふーん」

　その気配にキバが楽しそうにアゴをあげた。

「ついでにカエちゃんとリカコちゃんともいい事したいって思ってるぜ」

　その一言に、一気に殺気が立ち昇る。

「カエちゃんは鍛（きた）えてるだけあって、足から尻のラインがいいよな。

　触り心地も吸いつくみたいに柔らかかったし。

　リカコちゃんは写真しか見てないけど、ああいう凛とすました女ほど……」

　カイリのスピードにのった上段蹴りが、上体を反らせたキバの目の前を通り過ぎていく。

「っとお！

　そんなにムキになりなさんなよ」

　飛びずさり、カイリと距離を取ろうとするキバを追いかける。

　キバは頬をかすめるカイリの正拳を掴むと、骨を折るつもりで捻ってきた。

　カイリは力に逆らわずに両足で地面を蹴ると、キバの顔面を狙って膝（ひざ）を繰り出した。

　カイリの体重を支えられずに崩れるキバの上を転がって、二の腕を押さえたカイリが立ち上がる。

「女の子がいないなんてつまんねぇと思っていたが、久しぶりにいい運動ができそうじゃねか」

　キバの手が、切れた唇の端を濡らす血を拭う。

「カエちゃんはお家（うち）でおとなしくお留守番できてるのかな。

　狼は可愛い羊ちゃんをいつも狙ってるんだぜ」