2-12.part.Y:対岸の火事
「――というわけで、今回の襲撃者は前回追ってきた連中と関係がある可能性が高い。
もしそうなら、再び襲撃されることが予想される。みんな引き続き警戒を怠らないように」
山野さんは疲れた様子で言うと、席についた。
「OK。とにかく、ふたりの警護はこれまで通りってことね。
じゃあ、探索組も報告お願いできる?」
エビちゃんさんの言葉のあとに、しぃーんと沈黙が続く。
あれ?みんなの前で話すのはポアくんがしてくれるハズだったんだけど…。
そう思って隣を見ると、彼は突っ伏して小さく寝息をたてていた。慌てて揺さぶるも、まったく起きる気配はない。
エビちゃんさんが、大きめのため息をついて、申し訳無さそうに言った。
「悪いけど、芳生くん。代わりに話してもらえないかしら」
緊張のあまり、冷や汗が吹き出るのを感じながら、僕はあちらの世界でのことをゆっくり思い出す…。今回は僕たちも事件があったのだ。
「助けてくれ!監禁されてるんだ!!」
「ひぇっ!?…監禁?」
もたれかかっていた四角い建造物から突然響いた声に、ポアくんは飛び上がった。
今日は塔の探索。…の予定だったんだけど、僕たちの“部屋”からは意外と距離があって、やっと中間地点。ちょっとひと息ついたところだった。
「ヤクザに監禁されて、打出の小槌扱いされてるんだよ!助けてくれ!」
ヤクザ?!
非日常なその単語にドキッとして、ポアくんの方を見ると、何事もなかったかのように出発の支度を始めていた。
『あら?ヤクザに捕まっちゃった人がいるの?』
十字架から発せられたエビちゃんさんの声に、ポアくんはあからさまに顔をしかめる。
「えぇ……。ボク早く塔に行きたいんですけどぉ」
『そうでしょうけど、助けを求めてる人を見捨てる訳には行かないわよ。私たちは正義の探偵社ですもの』
「はぁ、ボクたちはただの中学生なのにね」
『……ごめんね』
こっそり洩らす囁き声すら聴こえているみたい。意外と高精度のマイクらしい。
「はーいはいはい、わっかりましたよぉ」
不満たらたらのポアくんはぶつぶつ言って、鞄の中を漁り始める。
「じゃんじゃじゃーん♪」
変に明るい声とともに、取り出したのは黒い筒。鼻唄交じりに、セットすると軽々と肩に担ぐ。アニメくらいでしか見たことないけど、これは。
「えーと、監禁お兄さーん? こっち側の壁ぶっ飛ばすから、ちょーっと端っこに寄っといてよ」
「え?ぶっ飛ばす?え?え?」
「大丈夫?ほらほら、ちゃんと隅に寄らないと、壁と一緒にぶっ飛んじゃうよ!
はい!3!2!1!ファイヤー!!」
叫ぶや否や、ぶっ放す。
腰を抜かすほどの轟音とともに、壁と天井が半分吹っ飛んでいた…。いくら面倒くさいからって、乱暴過ぎでしょ。
「げほっごほっ、いやぁ、バズーカはやり過ぎだったかなぁ?
おーい、お兄さーん?生きてるー?」
砂埃の中から、粉まみれて真っ白になった頭がぴょこっと飛び出す。
「ゲホッゲホッ。『監禁されてる』っていうのは現実世界での話だから、“部屋”は壊さなくてもよかったんだけど」
******************************
「…それで?お兄さん、えっと、河岸さん?はどうされるつもりなんですか?」
「はい!
「お見合いじゃあねぇーんだよ」
鼻の頭に砂をつけたままヘラヘラしている河岸さんにポアくんは吐き捨てるように言った。
『…まぁ、とりあえず情報は共有しておかなきゃね』と、エビちゃんさんに言われて情報交換中。なんだけど、河岸さんはポアくんを女の子だと勘違いしているらしく、ずっとヘラヘラしていた。
「32歳って、もうおっさんじゃん…。もっとしゃきっとしてよ…」
はじめは、「隠した方が都合が良いかも」と言っていたポアくんも少しウンザリしてるみたい。
「…で、河岸さんは何を願って、何を無くしたんですか?」
「銃を数十丁。あと、クスリも何キロか。
まぁ、元手もリスクも無しに手に入るなら、そりゃそうだよな。……あ、リスクなしに得られるクスリなんてね!」
相変わらず、ヘラヘラとする河岸さん。でも…。
「……おかげで、俺はもうずっと現実に戻れていない」
軽薄な態度は不安を隠すためだったんだって。彼の目を見て、ハッとした。フニャフニャと緩む表情の下で、彼の瞳には光が映っていなかった。
「芳生くんも“時間”を取られた仲間なんだよな。一緒だな」
…そんなことない。僕はすぐ目が覚めたもの。山野さんや令ちゃんが側に居てくれた。
だけど、河岸さんの身体はヤクザに閉じ込められていて、目が覚めるかも分からない。
「ヤクザに監禁されてるけど、一応五体満足なんだぜ。
視覚とか身体の一部を無くすよりはマシだよな」
…そんなワケない。代償になる“時間”は寿命なんだ。そんなにたくさんの“願い”を叶えたなら、もう。
「多分、河岸さんが目が覚めることはもうないと思うよ」
ポアくんの声が冷たく響いた。
強めの風が、巻き上げた砂とともに、河岸さんの“部屋”の天井と壁に吹きつけていく。きっとこうやって建物は風化していくんだなぁと、ぼんやり思いながら、風を目で追った。
「だからさ、一緒に塔に行かない?」
「…え?」
大きな瞳をキラキラさせて、微笑むポアくんは漫画のヒロインみたいだった。
「ねぇ、
つまみ上げた十字架に満面の笑みで続けて語りかける。
「仲間は多い方がいいし、何より困った人を放ったらかしにしちゃダメでしょ!だって、『正義の味方』だもんね」
『……えぇ。そう…ね』
「ちょっと待ってくれ!」
キョトンとしていた河岸さんが、少し興奮して声をあげた。
「俺は1時間ごとに、クスリと武器を送ることになってるんだ!送らなきゃ、身体が殺されちまう」
『…あそこまで壊れちゃった“部屋”はもう“願い”を叶えられないわ』
「じゃあ、どのみち…」
『…いえ、大丈夫よ。
現実世界の身体もウチの会社で回収、保護してあげる』
「まぁそれに、銃火器とクスリが山程あるのが分かってるなら、警察に恩を売れるチャンスだよねー」
十字架からは降参するようなため息が聴こえてきた。
ホッとした僕が振り向くと、河岸さんはまだぼんやりした様子で手のひらを見つめていた。あまりに急な展開で気持ちがついてきていないのかもしれない。
「…よろしくお願いします」
何か言わないといけない気がしてそう言うと、彼はニッコリ笑ってハイタッチをしてくれた。ポアくんはおっさんだって言うけれど、"優しいお兄さん"だと思う。……ちょっとチャラいとは思うけど。
ふと前を見ると、遠くで天に向かってそびえる塔。箱の積み重なったそれは、四方に根を張る大樹のようでもあって、何だか不気味だった。
でも、僕はひとりじゃないから。
心の中で呟いて、塔のてっぺんを見つめた。
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