婚約者のお仕事 5

 

 そう、手を叩く青い髪の女性。

 ……気のせいでしょうか、なかなかご自分たちの都合の良いようにむちゃくちゃおっしゃっておられるような?


「側妃は取らん。俺にはリセがいればそれでいい」

「……っ」


 私の肩を抱き締めながら、私を胸に押しつけるように支えたまま、殿下はそう言い放ちました。

 胸が苦しくなって、涙が出そうな不思議な気持ち。

 でも、同時に「え、それは彼女たちみたいな方々に今一番言ってはいけないやつでは?」と思います。

 案の定、気品あふれるお三方から「アァ?」というだみ声で聞き返されましたね。


「じょ——冗談でございましょう? 由緒正しき『亜人国』の次期国王たる翼羽藍善よくばあいぜん様が、本気で? は、本気で人間などという非力な生き物を妻になさるとおっしゃいますの……? そんなバカなことが……!」

「なにがバカなことなのだ? 俺はお前たちの、そういうところが気に食わん。自分たちが至高の生き物であるかのような驕り昂った態度! まるでエルフどものようだ」


 ……殿下、エルフ嫌いなんでしょうか?

 確かにちょっと会話にならない時もありますけど、エルフ。

 エルフにはエルフのいいところもありますよ?

 たとえばえーと。

 …………えーと……たとえば〜……うーーーーん……えーと……んーと……ちょっとすぐ出てこないですけど……まったくない、ということはないので〜、えーと……そうですね、容姿がみなさん綺麗とか。


「この国が他国に舐められないように、朔子たちみたいな妃は必要ですわん! なんでそれがおわかりいただけないのでしょうかぁん! それでなくとも、最近の我が国は弱小国家の脆弱種族への締めつけが緩すぎますのん!」

「そうですわ! この世界の平和の維持に、ワタクシたち竜人族は覇者として、しっかりと弱い者たちを導かねばなりません! 平等などと思われては、無駄な争いが起こり無意味に血が流れることもございますのよ!」

「っ」


 彼女たちの言い分に、エルフたちの態度が蘇ってきました。

 ああ、確かに。

 彼らは、竜人という種を恐れていました。

 恐れていたからこそ、竜人族を倒して自分たちが覇権を握る未来を模索して、私たちを召喚したのです。

 それは、この国の王族が他の種族に優しくしているから?

 藍子殿下や国王陛下やお妃様が私に優しくしてくださることが、いけないことだからなのでしょうか?

 私には国同士の難しい話はわかりません。

 これから覚えていく必要はあると思いますけど……でも……。


「竜人族の誇りがどうとか強さがどうとか、そんなものにこだわるお前たちのような古くさく、狭量な妃は不要だ。俺はそんなものにこだわる妃は必要ないと言っている。……やはりどうにも伝わらんな」

「……」


 息を飲む。

 藍子殿下は——……この人は、変わろうとしているんですね……本気で。

 自分はもとより、国も、人の考え方も、も。

 それは、とんでもなく大変なことでしょうに。

 それでもやろうとしているのですか。

 私に、言ってくださったように、本気で。


「…………っ」


 それに比べて、私はなにも変わろうとしていませんね。

 この方がこんなにも変わろうとしているのに、私は——……?

 この世界のこともあやふやなのに、こんな方の妻になって、この国の王妃という責任ある立場になる以上、もちろん勉強はしていくつもりですが……それでも、私はこの人の隣に立てるような立派な人間ではありません。

 どんなに頑張っても、きっと私はこの人の隣に立てるような王妃にはならないでしょう。

 でも……でも——……!


「俺と同じ景色を見るつもりがないお前たちを側妃に迎えることも考えられんと、そう言っているのだ! いい加減理解しろ! 俺の言葉を理解しようともしないのに、俺の妻など片腹痛い!」

「認めませんわ!」


 叫んだのは喜葉様。

 金の髪を振り乱し、頭を抱えて凄まじい咆哮を放つ。

 とてもあんな華奢な体から出る声だとは思えません。

 大地と空気がビリビリと震え始めました。

 なんだか、これまでの……『変身』と、なにか……。


「認めませんわ、認めませんわ、絶対に認めません。ワタクシが人間の女に劣るなんてあり得ませんわ」

「朔子も認めません! 朔子は藍子殿下のお嫁さんになるために生まれてきたって、父上も言ってましたのよ……ヤダ、ヤダ、絶対認めないんだから!」

「あたちもヤダ! 絶対! ヤダ!」


 藍子殿下と黒檀様の表情が明らかに険しくなりました。

 なんでしょうか、胸がざわざわします。

 とても不安。

 彼女たちの咆哮が、不満が、怒りが……大気を揺らしている……?


『いかんな。頭は悪そうだし、妃としては確かに狭量ではあるが血筋は確かに“強い”……!』

「始祖様、リセを……!」

『言われるまでもない。リセ、ゆっくり後ろへ下がれ。ユニゾン変質だ』

「ゆ、ゆにぞんへんしつ……?」


 また知らない単語ですね。

 聞けば黒檀様が『合体技だ』とおっしゃる。

 合体技……。

 日曜朝のロボットがよくやるやつでしょうか……!?


「「「わたしたちは みとめない」」」

「っ——!」


 低く、血を這うような声が響く。

 三人の影が揺めき、黒いもやをまとった彼女たちは、突然漆黒の柱になって空を割り裂きました。

 膨れ上がり、弾けると、そこに現れたのは……。

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