婚約者のお仕事 3

 

「わっ」


 長い廊下を進んだ先にあったのは、剣道道場のような床の部屋。

 けれど、天井はなく高い塀に囲まれています。

 広さは体育館くらいあるでしょうか?

 場所の名前も相まって、嫌な予感しかしませんね。


「逃げずにきたわね! 褒めてあげる!」

「!」


 そして、聞こえてきた声の方を見るとそこには桃色の髪の小柄な少女が立っていました。

 今まで色々な方にお会いしましたが、お妃様系の可愛らしい方ですね。

 ただ、着ている着物が十二単衣?

 あんなに重ね着した重そうで動きづらそうな姿の方は初めて見ました。

 それに歳の頃も……ちょっと若すぎませんかね?

 十歳以下のお歳に見えます。


「あたちの名前は図山実民ずさんみたみ! 名を名乗ることを許すわ!」

「え、あ、ええと、リセと申します」


 あれ? さっき名乗りませんでしたっけ?

 ま、まぁいいですけど……。

 そんなことよりも、この幼い少女が問題児のお一方——図山実民様。

 自信満々の様子と、始祖黒檀様を見てもまるで動じた様子がないのがすごいですね。

 いえ、けれどお妃様もあの可愛らしい容姿で、竜の姿は国一番と言っておりましたから、人間の時の姿に惑わされてはいけません。


「おおぉーーーっほっほっほっほっほー! バカね、本当に名乗ったわ!」

「え? え?」

「この国では『決闘場』で名乗りを上げたもの同士、決闘の了承と見做されるのよ! ばーかばーか! 本当につまらない人間じゃない! なんであんたなんかが藍子殿下の婚約者なのよ! あたちの方が血筋も力も間違いなく上なのに!」

「えっ」


 決闘の了承……!?

 そ、それってつまり……。


『どうやら戦うつもりのようだな』

「え! わ、私がですか!?」

『まあ、心配はいらん。子孫たちのルールなど余には関係ない。リセを傷つけようというのなら、余が相手になるまで』


 さすが竜人族の始祖、黒檀様!

 理屈が力技です!


「殺して奪うまでよ! そもそも、あたちが勝てない藍子殿下がお前なんかに負けたなんて嘘よ!」


 そう叫んだ途端、実民様の姿が周りの高い塀を越えるほど大きな竜の姿になります。

 それはまさしく、ゲームやファンタジー映画によく現れる『ドラゴン』の姿そのもの!

 ただ——色がとってもファンシー!

 薄い桃色の鱗に全身覆われており、ツノも羊のように丸く下向きのもので、なんとなくハート形に見えます。

 とても大きなドラゴンなのに、可愛いですね!


『殺す!』


 あ、でも言ってることとやろうとしてることは全然可愛くありませんね。

 困りました、どうしま——。


『死ね!』

「っ!」


 口が開くと、紅蓮の火球が瞬く間に練り上げられて放たれます。

 ええ、私に向かって。

 けれど、それを突然現れた藍子殿下が素手で弾き、塀に衝突させました。

 ものすごい轟音。

 へ、塀は——無事……!

 すごい塀ですね!?

 いえ、それよりも……。


「藍子殿下……!」


 来てくださるとは思いましたが、こんなに早く……あの迷路のような通路を抜けて来られるなんて!

 すごいです、さすが藍子殿下。

 あ、違うかもしれません。

 藍子殿下の隣に黒檀様の式神が浮いておりました。

 式神は本当に有能ですね!


「リセ、怪我はないか?」

「は、はい」


 ……振り返った藍子殿下。

 その少しだけ焦った表情に、胸が締めつけられるように痛くなりました。

 な、なんででしょうか?

 なんで……?


 ——『お前なんかなんの価値もない』

 ——『知ってるぜ、お前親に捨てられたんだろ』

 ——『ねぇ、せめてもっと嫌がってよ〜。反応ないとつまらないじゃん』


 小学校で髪の毛を切られた時。

 中学校でトイレの上からホースで水をかけられた時。

 高校へ行かず「働け」と親戚に言われた時。

 働いても親戚に「出てけ」と言われた時。

 ようやく見つけられた、中卒でも雇ってくれる職場を見つけた時。

 召喚されて捨てられそうになった私を助けてくれた『彼女たち』が、どんどん豹変していった時。

 エルフたちに突き飛ばされ、足をかけられ、叩かれる日々。


「…………」


 助けを、求めることをしなくなって、久しいです。

 でも、私はさっきなんの疑問もなく式神に藍子殿下を連れてきてくれるように頼みました。

 なんででしょうか。

 どうして?

 私のために変わると言った人を、信じてみたかったからでしょうか?

 そんなことを言ってくれる人は初めてでしたし、私はそこまで言ってくれる人を信じてみたかったのかもしれません。

 信じてみたかった?

 一体何様目線ですか、私ったら、ひどい。

 私なんかを、助けてくれる人が、この世に……いるわけなどないと……。


「…………っ」

『リセ? 本当に無事か? どこか痛いのではないのか?』

「い、いいえ、本当に大丈夫です!」


 驚きました。

 自分の、無意識の行動。

 自分が無意識に藍子殿下を試すようなことをしていたことに。

 彼相手に……王太子相手にそんなことをしていた自分に。

 とんでもないことです。

 私なんかのために、この人が怪我でもしたらどうするのですか。


『藍子殿下! あたちはその娘と決闘中です! いかにあなたとはいえ、邪魔だては許されませんよ!』


 そう叫ぶ実民様。

 ですが、藍子殿下は退く気配はありません。

 それどころか——。

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