婚約者のお仕事
「ええと、それでこれからどうするんですか?」
家臣の皆さんが退出したのち、首を傾げて藍子殿下を見上げます。
するとなにやら「うっ」と呻いたあと「上目遣いは反則だな」と言われてしまいました。
見上げない方がいいのでしょう。
でも、身長差的に見上げなければ殿下の顔が見えないのです。
……別に見上げる必要はない?
確かに。
「とりあえずリセ様には茶道を学びつつ『仙森』へ入ってもらおうと思うの〜」
「『仙森』……先程出ていたお名前ですが……後宮の中にあるのですよね? よくわからなくて……」
「ああ、まあ、そうね。ちょっと特殊な場所なのよ〜」
と、お妃様はどこからともなく見取り図を取り出しました。
これは後宮の見取り図だそうです。
迷路のようですね。
「『亜人国』の後宮は他の国と違って男子禁制ではないわん。この『
「『
「ここは王太子妃候補が生活する区画なのん。本来はこの区画に入った王太子妃候補が、王太子に勝利して今リセ様が住んでるお屋敷に移動するのよ〜。ここだけは男子禁制なの〜。未婚の女の子が貞操を守り、王太子に勝利するまで外部との接触を一切断つ、と誓いを立てて入る場所だからねん」
「そう、なんですか」
なんだか凄そうな場所ですが、他国の後宮らしさを凝縮した場所、ということですかね?
ざっくりそんな感じらしいその『
皆様『姫』と呼ばれる階級の方々だそうです。
「まあ、階級云々は覚えなくてもいいわ〜。今のリセ様はわらわの次に偉いんだもの。メス界のトップ2だから、『お黙り』って言えばだいたい黙らせられるわ〜。始祖様を含めると国内第5位の偉い人なのよ〜」
「え、ええ……!?」
私そんなところにいるんですか今……!?
そ、そんな、いつの間に……!
「でもね、そんなわらわでも『仙森』の中に居座るあの子たちを追い出すことはできないの〜。『亜人国』には一応『側妃制度』があるからねん」
「そ、側妃……」
「そうよ〜。藍善はリセ様を連れてきてすぐに『側妃は迎えない』と宣言して、当時『仙森』にいた五十人近い王太子妃候補は出てったわ〜。けれど、その三姫は梃子でも動かないってカンジなの〜。一度も藍善に勝ててないのに、なにがなんでも、って意地になってるみたいね〜」
「ええ……」
それはとても我儘というものなのでは。
危うく口にしそうになったそれを、陛下が「父親たちが娘を甘やかしすぎたのだ」とスパーンと切ってしまう。
あああああ……やっぱりそうなんですね……。
「……」
では
私が来てしまい、殿下が『側妃を迎えない』と宣言して、『仙森』から出て行った内のお一人……?
学びに行く度に嫌味がものすごかったですが、『仙森』から出ている菜種様でアレなんですよね?
『仙森』に残っておられる姫君たちは、そもそも諦めておられない……。
あ、胃痛……。
「『仙森』に入れるのはわらわとリセ様、そして藍善。でも、藍善が行くと話にならないのよねん」
「…………」
藍子殿下の目が遠いです。
「そなたの話も聞き入れぬとはな」
「まあ、わらわの話なんて
「せ、正妻!? わ、私!?」
「そうよん。あなた以外いないでしょ〜? リセ様がビシッと言ってバシッと追い出してほしいって話よ〜。親の手紙も無視して居座ってるんだものん。この間話たけど、後宮の衣食住の補償は国費で出てるの〜」
「は、はい」
ええと、食堂やお風呂、下着や制服が無料、という話ですよね。
円歌様に「働く時は制服支給しますわ」って言われました。
…………ん? でも王太子妃候補の皆さんは働いているわけではありませんよね?
「彼女たち、国費だとわかってて豪華な着物を発注するのよね〜。食事も豪華なものばかり作らせるのよ〜。働かないなら質素なものにしなさいと厨房に命じたんだけど、それをやると厨房に乗り込んできて暴れんですって」
「ええ……!?」
「それで怪我までさせられた料理人まで出てね〜。ほんと困ってるのよ〜。どうしたらあんな子に育つのかしら」
竜人の方でもそんなことになるんですね……!?
「力づくで追い出してもいいのだけれど、さすがのわらわも三対一だと不利だし〜」
「できればやめてほしい。後宮が全壊する未来しか見えない」
「母上が暴れたら彼女たちが散財している金額以上の撤去費用と修理費がかかる未来しか見えないです」
「って言われるしぃ」
「な、なるほど」
陛下と殿下のお顔が青いです……。
いえ、なるほどじゃないです!
そんなところに私が行って、そんな人たちを説得する……!?
そんな、無理です!
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