『ラルディカ=アード』という異世界で 2

 

「……こちらが会場となります。それでは、失礼いたします」


 竜人族の皆さんを会場にご案内して、私は頭を下げて一歩下がります。

 それから彼らが会場の中に消えるまで、体勢を維持。

 なんとなく、藍子殿下が最後に私を振り返った気がしましたが……扉が閉まってから頭を上げて厨房の方へと足を向けました。

 巨大な議会場は数本の白い柱に支えられ、会場に通じるホールは二階の通路から見渡すことができる造り。

 その二階の通路から、四人の少女たちがどこか意地の悪い笑みを浮かべて私を見下ろしているのに気がつきました。

 でも、私は気づかないふりをして視線を前に戻します。

 彼女たちの思い通りに、悔しい顔も悲しい顔も、してやる必要はありませんから。


「…………」


 精霊たちは、彼女たちの名前の“響き”をたいそうお気に召して契約しました。

 けれど、私の名前の“響き”はこの世界でありふれた“響き”だからと無視されたのです。

 精霊と契約できなければ、魔力は得られません。

 それではエルフたちの望みは叶えられない……。

 エルフたちは大変怒り、私を国外に捨てようと言い出したのです。

 それなら元の世界に帰して欲しいと頼みましたが、「そんな方法はない」と言い放たれてしまいました。

 そんなひどい話はありませんよね。

 誘拐されて、元の世界に帰れなくて、望んだものと違うから捨てる、なんて……私は道具ではないです。これでも。

 確かに、ろくな人生ではありませんでした。

 捨てられることには、残念ながら慣れておりますが……それでも、感情が死んでしまったわけではないのです。

 でも、ここから出て生きていけるかと言われると多分無理だと思いました。

 だってエルフたちが魔法を欲した理由は、周辺に住み着いた超大型魔物『グレードバジリスク』を退治するため。

 他国に援助や討伐を乞うこともそのプライドが許さなかったエルフたちは、『人間の国や異世界から人間を誘拐する』という犯罪。

 けれどエルフたちにとっては『人間という下等種族を“使ってやる”』という認識。


 エルフ……まったくもって恐ろしい種族です。


 しかし、私と一緒に召喚された女子高生たちは精霊と契約したことで魔力を手に入れ、さらに新たな属性精霊と契約して魔法を扱えるようになると、エルフたちが手を焼いていたグレードバジリスクをあっさりと倒してしまいました。

 彼女たちはその力で自分たちの居場所をこの国に確保し、で私をこの城で『自分たちの世話をするメイド』として働かせるように提案。

 ハイエルフとエルフはそれを渋々了承して、私は彼女たち付きのメイドとなったのです。

 最初は同じ世界の出身だからと、とても優しくしてくれました。

 けれど、それも一年前までの話。

 彼女たちは次第に我が儘になり、私のことも見下すようになったのです。

 ……無理もないことだと思います。

 歳若い彼女たちは、地位も名誉も贅沢な暮らしも手に入れた。

 それに引き換え、私はなにも持たないのです。

 彼女たちのお情けでこの城の、彼女たちのメイドとして働いていられるのです。

 だから、私は……どんな目に遭おうと、それを受け入れ、働かねばならないんですよ。

 ここから出ていくなんて、死にも等しいのです。


『あんたなんか無価値なんだから』

『そうそう、あたしらのおかげで生きてんの』

『ねえ、自分の立場分かってる?』

『もっとさ、忠誠心ってのを見せてよ』


 耳に、彼女たちが私を蔑んで笑う声が残っていました。

 耳を塞いだって、頭の中から聞こえるんだから仕方ありません。

 でも、でも、せめて……彼女たちの思い通りに、悔しい顔も悲しい顔も、してやる必要はないのだと。

 そう、自分に言い聞かせて、私は年上として、一人の成人した女としての、なけなしの矜持を守っています。

 どんなに無駄でもこれだけは手放したくないのです。

 ここで生きていくしかない。

 そう、渡り廊下から見える青い空を見上げて言い聞かせます。

 それでもこの無駄な矜持に縋って、最後の一歩を踏みとどまるのです。

 この一線を越えたら、私は……きっと彼女たちの奴隷になってしまう。

 それだけは、彼女たちのためにもしてはいけないと思うのです。

 だって彼女たちは……可哀想な少女たち。

 たったの十四歳で親元から引き離され、もう戻れない。

 二度と友人や家族に会えないのです。

 日本でやりたいこと、行きたい場所、見たいもの、夢や目標もあったでしょう。

 高校へ行って恋をして、結婚だって。

 あらゆる未来を突然奪われた。

 私だって二十歳で、就職したばかりでしたけどね……ブラックな気配濃厚だったので、逆によかったかなー、くらいでしたけど、

 家族も疎遠ですし。

 ……でも彼女たちは……そうではないのです。


「……あ、そうです……あの王子様……藍子殿下に、機会があればちゃんと謝らないといけませんね」


 さすがに男性にとってもっとも痛みがすさまじいというアソコを、間違いとはいえうっかり蹴ってしまったのですから。

 ああ、本当にすみません。

 わざとじゃないんです。

 本当に、本当にたまたま……!


「冗談……でしょうし、ね」


 強い女を妻にする。

 そんなようなことをおっしゃっていましたが、あんなうっかりたまたまソコに当たってしまっただけの偶然で、本気でそんなこと言うわけはありませんよね。うん。

 とはいえ、本気だったらどうお断りしたらいいのでしょうか……?

 うーん?

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