第11話 言葉

 少し肌寒い秋の朝がやってきた。その、まだ人の少ない時間に夏生なつきは大学の講義室にいた。


 今日も日常が始まる。いつものように夏生は机に伏せていた。

 少し時間が経って、真優まゆがやって来た。夏生は、真優に声をかけられる。

 また少し時間が経って、歩乃目ほのめがやってきた。夏生は歩乃目がいつもと同じように講義の準備をする姿を見る。

 そしてまた少し時間が経てば、成美もやってくる。そう思いながら夏生はいつもの日常を楽しみにしていた。


 ――――しかし、その日常は二度と訪れることはなかった。


 今日の講義の始まりを告げるチャイムが鳴った。それと同時に教授がおはようと講義室に入って来た。

 夏生の横にいた真優が気づいたように言った。


「あれっ、今日は成美来てないのか?」


 夏生は辺りを見回した。しかし、成美はどこにもいなかった。お葬式以外で講義を休んだことのない成美が。

 夏生は真優に言った。

 

「ほんとだ。なんかあったのかな」

「成美ちゃん、大丈夫かな。ちょっと心配だね」


 歩乃目も答えた。

 とりあえず夏生たちはスマホで成美にメッセージだけ送り、いつものように講義を受けた。


 成美は最後の講義が終わっても大学に現れなかった。夏生たちが送ったメッセージにも返事はなかった。

 夏生たち3人は成美の家に行って様子を確認しようとした。しかし、誰も成美の家を知らなかったことに気がついた。

 結局その日は何も出来ず、3人は帰ることにした。


 翌日も成美は現れなかった。

 朝の講義が終わると、夏生たち3人のもとに知らない大学職員からメールが送られてきていた。それには、成美さんのことで伝えたいことがありますと書かれていた。時間はいつでも大丈夫だと書いてあったので、3人はメールで指定された場所に今から話を聞きに行くことにした。


 3人はメールに書かれていた場所に着いた。人気のない教室だった。1人の若い男の職員が、窓の外を見ながら立っていた。

 夏生と歩乃目が声をかけられずにいると、真優が言った。


「成美に何があったんですか」


 その人は、しばらく窓の外を見たままだった。手には1枚の封筒を持っていた。

 その人は振り向き、ゆっくりと口を開いた。


「――――成美さんが、亡くなったそうだ」


 一瞬、意味が分からなかった。夏生には理解ができなかった。この男は何を言っているんだ。そんなわけはない。

 視界が涙でゆがんだ。気づけば涙がこぼれ落ちていた。

 夏生は、自分にとって平穏で楽しかった日常が、音を立てて崩れた去った気がした。

 横にいた歩乃目の泣いている声が聞こえた。男に放った真優の声も聞こえた。


「本当なのか」


「......本当だ。遺書に、伝えてくれと書いてあったそうだ。家族への遺書とは別に、君たちへの手紙もあった。渡しておく。読むかどうかは君たちの自由だが......」


 男の答える声が聞こえた。

 少しの沈黙の後、ありがとうございましたと言う真優の声が聞こえた。真優に夏生と歩乃目は背中を押され、教室を後にした。


 残りの講義を受けられる状態ではなかった。3人は真優のアパートに向かった。

 ゆっくりとアパートまでの道のりを歩いていると、泣いていた2人は少し落ち着いた。真優はずっと泣いていなかった。


「大丈夫か?」


 真優が2人に言った。それに夏生と歩乃目は答える。


「......大丈夫。ごめん」

「少し落ち着いたよ。......ありがとう真優ちゃん」


 話せるほどには落ち着いていた。


「なら、よかったよ」


 真優は少しだけ笑った顔をしていた。2人のために泣かないでいてくれたのだろう。そう夏生は思った。

 3人は真優の部屋に着いた。部屋に入り、以前成美と一緒にたこ焼きパーティーをした机の近くに座った。

 2人に真優が聞いた。


「どうする。これ、読むか?」


 と言って、真優は成美からの手紙が入った封筒を机の上に置く。

 夏生の気持ちは決まっていた。


「成美からの最後の言葉だもん。もちろん読むよ」

「そうだね。成美ちゃんの気持ちを知らないとね」


 歩乃目も夏生と同じ気持ちのようだ。

 真優は2人の顔を見て頷くと、机の上の封筒を手に取り、ゆっくりと開けた。そして、文字の書かれた1枚の白い紙を机の上に置いた。

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