第9話 高まる恐怖
妹を突然亡くした成美(なるみ)が大学に登校するようになり、2週間経った。その間、夏生(なつき)と真優(まゆ)と歩乃目(ほのめ)の3人は、監視をしているとも言えるほどにずっと成美の様子を目で追いかけていた。
いつも4人が受けている朝の講義が終わり、夏生たちは講義室の端でノートをカバンにしまっていた。1人は寝ていたが。
高身長の大きな体を、横にいる夏生の机の上にまで広げて寝ていた真優が起きた。すると、片付け終わって席を立とうとしていた3人に突然言い放った。
「なあ、今日うちでたこ焼きパーティやらねえか」
講義が全て終わり、まだ日の落ちていない午後。真優のアパートに向かって4人は横に並んで歩いていた。
ちょっと先行ってて、と成美はしゃがんみこんでほどけた靴紐を結び直し始めた。その隙に夏生は真優に近づいて小声で聞く。
「ちょっと! なんで急にたこパなんてするのさ。なんか怖いじゃんか」
夏生には今の成美が恐怖そのものだった。2週間前、普段は友達の悪口を言うどころか疑うこともしない歩乃目が突然、今の成美は成美ではなく妹なのではないのかと言った。夏生はずっと成美の様子を目で追いかけていたが、成美は今までとなんら変わりないように見えていた。しかし、家族の死後も大して変わらない成美の様子がさらに恐怖をかき立てた。
歩乃目も夏生と同じ気持ちだったようで、真優の顔を見ていた。2人に真優が答えた。
「今のままだとずっと疑ったままだろ? 歩乃目の勘違いかも知れないし、今日いっぱい話して確かめようぜ。こんな雰囲気のまま卒業まで過ごすのなんて私は嫌だぞ」
たしかに真優の言う通りだった。このままでは気が持たない。それに、これからの大学生活を不安と恐怖に支配されたまま過ごすのは嫌だ。
夏生たちがそのまま話し続けていると、成美が靴紐を結び終わって3人に追いついた。成美は、ごめんごめんと3人を見て笑っていた。
真優の家に着いた夏生たちは、1つの机を囲んでわいわいと騒ぎながらたこ焼きを作っていた。
「おい夏生! 私の作った『タコ&ソーセージたこ焼き』取るんじゃねえ!」
「そんなの知らないよ......」
「成美ちゃん、ソース取ってもらってもいい?」
「はーい。あ、そこのタコ取ってー」
夏生は4人の時間を心から楽しんでいた。他の3人も楽しそうだ。
「あっ成美ちゃん、タコ無くなっちゃった」
歩乃目の横のお皿にあったタコはいつの間にか無くなっていた。
「タコなら冷蔵庫にまだあるぞ。夏生、ついてきてくれ」
ただ真優の横にいただけで、なぜか呼ばれた夏生はついていった。台所で真優に文句を言った。
「なんで私も呼ぶのさ。1人で大丈夫じゃん」
「お? 人の家に上がっておいて何も手伝わないつもりか?」
「......」
......真優の言うとおりだ。しかたなくタコの入ったパックを冷蔵庫から取り出した。
そのまま部屋に戻ろうとしたとき、壁に掛けてある色々な大きさの包丁が目にとまった。そういえば以前、真優は親から魚を捌くための包丁を貰ったと言っていた。
タコを持って元いた部屋に戻ると、成美と歩乃目が部屋から出てきた。
「どうしたの?」
「お手洗いに」
そう成美が答え、2人は台所の奥のトイレへ向かった。夏生はそのまま部屋に戻った。
しばらくしてまた4人で騒ぎながらたこ焼きを作っていると、突然、真優が真剣な顔で言った。
「みんな......私の貰った包丁知らないか?」
「えっ......?あの壁に掛けてあったやつ?」
「見てたのか。やっぱりさっきまであったよな」
夏生も先ほど見ていた、あの包丁だ。真優が言うには、今日の朝も使ったあの包丁が無くなっていたらしい。
「えっ、今この瞬間に無くなったって事......? 怖い」
「もしかして、この部屋に私たち以外誰かいる?」
歩乃目と成美も心配を口にした。もしも不審者がどこかに隠れているのだとしたら、それは大変なことだ。
しかし真優が答えた。
「この部屋の入り口は鍵かけてあるし、もちろん今日私が家を出るときもかけた」
「じゃあ......」
不穏な空気が流れる。4人はそれぞれ顔を見合った。全員同じ事を言いたげにしている。
しばらくの沈黙の後、ついにその言葉を歩乃目が口にした。
「じゃあ、誰かが持って行って隠したってこと......?」
「でもなんのために」
真優が口早にそう言った。真優は不機嫌そうな顔をしていた。しかし、理由は持って行った人にしか分からなかった。
また、沈黙が訪れた。そこで夏生は言った。
「今日はもうお開きにする?」
その言葉に、しばらくの後3人が頷いた。
帰り道、家が同じ方向の歩乃目と一緒に話しながら歩いていた。
「歩乃目。今日のたこパ楽しかったねー」
「うん! ちょっと最後怖かったけれど......」
「ほんとになにがあったんだろね」
やはり歩乃目はあの包丁のことが気になるようだった。
「ほんとにね。ちょっと怖いね。真優が何にも考えずに片付けてたとかならいいけど......」
「真優ちゃんならありそう......」
やっぱり歩乃目はたまに心の声が漏れる。それが大人しい性格の歩乃目の良いところなのだが。
「まあ気にしてもしょうがないから」
そう言いながら夏生は路地に入ろうとする。歩乃目が言った。
「えっそっち暗いし今日は怖いよ」
「えっ?」
夏生には意外だった。いつも通っているこの道が、歩乃目には怖いと感じるらしい。まあそれなら。
「じゃあ、遠いけどこっちから行こっか」
「うん」
そうして2人は、いつもと違う道を通って家に帰ることにした。成美のことなど、とっくに忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます