閑話 募る想い

「うわあ、これまた派手にやってくれたなあ……」


 スクラップ寸前の魔導鎧マギアメイルが一、二、三……全部で六機。

 普通の魔導鎧ならいざ知れず、これらの機体は天才のこの僕――ローレンス・ロアイシーガが造ったスペシャルな機体だ。補修費用だけでいくらかかるか……。


 ま、その予算の心配をあまりしなくていいのが、の良いところだけどね。なにせ予算の認可が降りなかったら、すぐにうちの団長様が噛みつきに行く。


「親方、質問です!」

「僕のことを親方や大将なんて無粋な呼び方をしないでくれと言っただろう? 呼ぶときは技術主任、もしくはチーフだ」

「失礼しやしたチーフ」


 若い整備班員が、ポリポリと頭をかきながら訂正する。およそ栄えある王国騎士団員の態度とも思えないが、この方が僕もやりやすい。


 天才の僕が開発した低魔力でも扱える魔導鎧試験機、〈ストネリオン〉を配備して以来、整備員の必要性はがぜん高まった。なのでこうやって、幾人もの部下が今の僕にはついている。


「うむ。で、用件は何かな整備班員十二号君」

「それが……って、まだ俺の名前覚えてくれていないんすか!?」

「失礼。僕はどうも他人に興味が持てなくて」


 実際、僕が認識している数少ない他人は、唯一の友である男だけだ――いや、だけだった。


「はあ……、まあいいんですけれど……。それで――」


 若い整備班員の質問に、僕はサクサクと答えていく。

 いくつかのやりとりを経て彼は納得したようだ。


「ありがとうございやした親か――チーフ」

「うむ。ではとっとと持ち場に戻りたまえ」

「いや、言い方……。そう言えばチーフはなんでこの騎士団に来たんですか? 俺が聞いていた噂だと、人嫌いだって。実際仕事していてもそんな感じだし……」

「それは――」


 僕がこの騎士団に来た理由。それはなんだろうか?

 彼の言う通り、僕は人嫌いとして知られている。いや、実際そうだった。


 正確に言うと、天才の僕は他人の顔の区別がつかない。

 他人との会話の全てが無駄に思えてしまうのだ。


 さすがに家族くらいは判別がつくという人間の心はあるが、それ以外だと僕が唯一友と呼ぶ、アーヴァイン・アイアネッタくらいだ。あ、あと不本意ながら突っかかってくるから覚えたカリナ君。ま、それはどうでもいいか。


 とにかく、僕がはっきり判別のつく他人はアーヴァインだけだった。だから友情はわかるが、判別のつく異性がいないから恋なんてものがわからない。


 もしかしたら、アーヴァインに抱く感情こそが恋なのかもしれないと思っていた。――彼女に出会うまでは。


 我が友に妹がいたことは知っていた。エキセントリックな噂をいくつか聞いていた。だがそれは知識の話しで、彼女自体はどうでもよかった。


 それがいつしか友人の添え物だった存在が、友人の妹になり、やがてイザベル・アイアネッタという人物として認識し始めた。


 彼女は面白いと思う。非常に興味がある。だから彼女に部隊へと呼ばれた時、この天才の僕がわざわざ出向いてきたのだ。


「ひとつ訂正しておこう。僕は人嫌いじゃない。少なくとも今の僕はね」

「へー、どういう心境の変化で?」

「天才であるこの僕の心境を察する事なんて、君にはできないよ。持ち場に戻りたまえ整備班員十二号君」

「へいへーい、了解っす親方」


 まったく、いいかげんな男だ。

 ま、それを言えば僕もいいかげんなんだね。


 整備班員十二号――名前は確か……、ジョナサン。年若いが優秀で、特に脚部駆動系の整備に関しては随一だ。


 不思議だな。この騎士団にやってきてから、どんどん他人というものがわかるようになっていく。

 不思議だな。この僕がなんて帰属意識を抱いている。


 全ては、“ひきこもりの天才”と呼ばれたこの僕を引っ張り出した彼女のおかげだ。


 多くの人間を理解するにつれて、その中でも彼女を特別に感じてしまう。ひょっとしたらこの気持ちが恋……、なのかもしれない――。



 ☆☆☆☆☆



「オラオラ! クローバー騎士団全機進軍! 帝国のやつらに俺達が西方王国一の武闘派ということを見せてやれ!」


 俺――クローバーの騎士団団長グレゴリー・サンチェスは、部下たちに喝をいれる。特務騎士団ジョーカーを任されていた以来――いや、騎士団に入って以来、イザベルの活躍は目覚ましい。


 あいつを嫁にもらうためには、あいつ以上の活躍しなければならない。そう考えればやる気も出るってもんだ。


「うおおおおおっ!!! 必殺|暴風連撃拳《ハリケーンパンチ》!!!」


 これぞ俺の駆る〈ロックザロック〉の必殺技。六本の腕をつかって暴風の様に強烈な連撃を叩き込む。複数の敵魔導鎧が、瞬時に鉄くずと化した。


「フハハハハ! “ハリケーン”グレゴリーの名は伊達じゃないぜ!」


 イザベル、お前と戦った時よりもさらに技のキレが増したぜ。すぐに再挑戦してやる。そして勝ってプロポーズをする!


「第三魔導鎧隊は前進! 第二魔導鎧隊は側面を抑えろ! 歩兵第十五、十六部隊は分散しつつ進軍!」


 俺だって騎士団長を拝命している。ただの馬鹿じゃない。できないことは努力してできるようになった。それが出世の秘訣だ。


『団長! 東より不明魔導鎧接近! う、うわあああっ!?』

「おいどうした!? 答えろ!」


 やられたか。不明魔導鎧……。先日のトーレスの件もあるし、気をつけねえと。


『不明魔導鎧なおも侵攻! 救援を……ぐわっ!?』


 この侵攻スピード、尋常ではないな。

 かなりの手練れだろう。俺が行くしかない。


「おい副官、部隊はお前が指揮しろ。俺は不明機を潰す」

「了解しました団長殿!」



 ☆☆☆☆☆



「――来たか」


 報告があった侵攻方向に、一人待った。

 すると来た、まるで聖職者の様な形の白い魔導鎧が一機で。


「俺はスタントン西方王国クローバーの騎士団団長、グレゴリー・サンチェスだ。俺の部下をったのはおまえだな?」

「殺る? そんな物騒なことしてはいませんよ。わたくしはただ、話し合いをしただけです」


 およそ戦場には不似合いな、柔らかい口調の女の声だ。


「話し合い? 戦場でか?」

「ええ、そうです。私はクラウディオ様配下、西方三魔将の一人ノエリア。よろしくお願いします」


 攻撃にうつるそぶりはない。不気味だ。


「私、平和こそが最も尊いことだと思います。あなたも武器を捨ててくれませんか? そうすればみんなが平和で幸せです」

「ふざけているのか! 侵略してきたのは貴様ら帝国だろう!」

「帝国は蛮族であるあなた方に、愛と平和を説いているのですよ。それがいけないのですか?」

「フハハ、面白い冗談だ。死んだぞ女アッ!」


 ブチキレた俺は、六本の腕で殴りかかる。

 舐め腐った女だ。俺は女には優しいが、こいつはたとえ女だろうが許しては置けない。俺の怒りの拳が純白の魔導鎧に今まさに届――、


「教えて差し上げましょう。平和こそがこの世で最も尊いものだと……」


 ――シャランと、鈴の音が鳴った気がした。

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