第25話 売られた喧嘩はカートンごと買う

 スタントン西方王国――。

 アメリアス大陸に西部に存在する、女王を中心としたくんしゅせー国家。大陸に覇を唱えるロメディアス中央帝国からの侵攻をよく防ぎ、独立と伝統を保っている。それが眠たいながらも聞いた、家庭教師のヘルマン先生の授業の成果だ。


 女王。女王か。私も前世では無敗の女王とか呼ばれていたし気にはなる。確かスチュアートの祖母にあたる人物だから高齢なんだっけ?


 王太子夫妻に不幸があって、その息子たち――つまり女王から見れば孫のスチュアートたちを形式上養子にしたとかなんとか。ま、私にはよくわからない。


 そんな女王陛下に呼びつけられた私は、王宮の謁見の間へとやって来ていた。


「各四代騎士団の団長も顔をそろえるが、気負わなくていい。君は陛下に呼ばれてここに来たんだ」


 へえ、他の騎士団の団長か。そう言えば見たことなかったな。


「よおイザベル、久ぶりだな」

「あんたは……、グレゴリー! なんでここに!?」


 気さくに話しかけてきたのは、“ハリケーン”ことグレゴリーだ。以前私が闘技場で戦った、上半身裸で筋肉ムキムキマッチョマンのあいつ。


 でも今日は上半身裸じゃない。パリっとした騎士の正装で、カリナとは色違いになる緑色のマントを羽織っている。


「なんでって俺はクローバーの騎士団の団長様だからさ。言ってなかったか?」


 聞いてない。いや、聞いていないどころの話じゃない。

 この筋肉ダルマが堅苦しい騎士団の団長様? いったい何の冗談よ。


「前の団長殿が老齢でな。最近代替わりしたんだ。まあ実力よ、実力」


 つまりたたき上げでナンバーツーまで上り詰め、さらに団長の引退に伴って昇格したってことね。そのレベルの人間を娘に対する試練として気軽に呼べる、アイアネッタ家の権力に改めてビビるわ。


「すぐに女王陛下が参られる。お前たち、跪け」

「はっ! かしこまりましたガードナースペードの騎士団長殿! というわけよ、イザベル」


 私はカリナに促されて、跪く。

 あの見るからに古強者のおっさんが、スペードの騎士団長のガードナー卿ね。この前の防衛戦で名前だけは聞いたことがあったな。


「スタントン西方王国女王、スカーレット陛下のおなーりー」


 頭を垂れる私の耳に、そんな間延びした声が聞こえる。

 女王陛下がゆっくりと謁見の間に入って来たみたいだ。


おもてを上げなさい」


 特に力強いというわけでもない、しわがれた老人声だった。だけど違う――私は顔を上げた瞬間、本能的にわかってしまった。


 ――この婆さんには勝てない。


 それが何を意味するかはわからない。仮に殴ったとしたら、一発でノックアウトどころじゃないような普通の婆さんだ。けれど、本能的にわかる。この婆さんには勝てない。


 女王という肩書じゃない。ゴテゴテした装飾でもない。何か圧倒するような雰囲気を身にまとっている。これが国を背負ってきた重みというやつか。


「この者が例のアイアネッタの娘かい、カリナ?」

「はっ、左様でございます。イザベル、挨拶を」

「はい。アイアネッタ公爵が息女にして、現在はハートの騎士団の一部隊を任されております、イザベル・アイアネッタと申します」


 ふふっ、完璧だな。

 なに? 生意気な口をきくと思った?

 なんだかんだ公爵令嬢として教育を受けている私を舐めんじゃないよ。


「おやまあ、聞いていたよりも随分しっかりとした娘だねえ。まずは先日の戦いでの活躍、見事であった」

「はっ、ありがとうございます女王陛下」


 ……一体私の事をどう聞いていたのか?


「ここ数年の変化は聞いているよ“鉄拳令嬢”。もちろん孫のスチュアートのこともね」


 私はこの人の孫を二回も殴ったことになるのか。……三回か?


「まったくあのアホときたら、貴族同士の重要な盟約である婚約をいったいなんだと思っているのか。あんたの父親には本当に頭が上がらないよ」


 あー、まあそうだよね。私もやっと薄っすらと理解してきたけれど、婚約破棄ってのは大概な所業だ。


 それも、王家と国の要石である大貴族との婚約。それを破棄するってのは、反乱を誘発してもおかしくない。内戦待ったなしな暴挙。まあイザベルも大概な性格してみたいだけどさ。


「それで、カリナ・ケインリー、グレゴリー・サンチェス両騎士団長推薦によって、例の計画の人員に抜擢ばってきしても問題ないのかい? ガードナーはどうだい?」

「はっ、この二人が信頼するのならよろしいかと。家柄も実績も申し分ないでしょう」


 例の計画?

 なんだそれは。たぶん私のことなんだろうけど。


「トーレスはどうだい?」

「お言葉ですが陛下、私は反対です」


 トーレスと呼ばれた長身の神経質そうな男は、こちらを睨みつけるように発言する。

 ハート、クローバー、スペードときて、あいつがダイヤの騎士団長ね。


「ほう、どうしてだい?」

「あ奴はまだ騎士団に身を置いて浅い。それに素行不良との話もあります」


 はいはい、どうせ私は素行不良令嬢ですよーっだ。


「それに率いている者達も卑しい身分の者ばかりです。この前の戦果とて偶然でしょう」

「トーレス卿……」

「だいたい私は、そこにいるサンチェスがクローバーの騎士団長についたのも納得していません。家格というものがありましょう!」

「サンチェスを推薦したのは前騎士団長だよ。それに実力は折り紙付きさ」


 ネチネチした野郎だ。どうやら装備課のおっさんと同じく、家柄や血統をどうこう言いたいタイプらしい。そして家柄論法が通用しない私には、素行でなじる。


「卑しき山猿がごとき連中の力を借りずとも、私たち名誉の騎士が――」

「おい、ダイヤの騎士団長様」


 気がついた時には、私はダイヤの騎士団長のトーレスとやらのもとまでズカズカと近づいていた。もちろん女王陛下の御前と言うのは理解している。けれどこれを止めるなら、私がさっき感じた女王のオーラは気のせいだったってことだ。


「私が粗暴だなんだというのはいい。だけど私の部下やグレゴリーの生まれを、山猿なんて罵るのは違うだろう?」

「何だと……!」

「私の部下たちは食いはぐれて兵隊になった連中だ。それは私たち貴族の統治が悪いってことじゃないか? 統治している人間が税を納めてくれる人間を軽んじるのは違うだろうよッ!」


 護り、有事の際は率先して血を流す代わりに税を納めさせる。それが貴族と平民の関係だ。それをはき違えているこいつはクズだ。


「貴様、ふざけているのか!? 女王陛下の御前で……! 斬り捨てて――ゴボウァッ!?」

「ふざけてんのはてめえだあああッ!!!」


 腰に差す剣の柄に手をかけたトーレスを殴り飛ばす。私の渾身の拳を受けたトーレスは、独楽のように回転しながら吹き飛んだ。


「貴様……! いくら公爵家の人間と言えど、ただでは許さんぞ……!」

「待て、トーレス卿!」

「――ガードナー卿!? これは名誉に関わる事。止めてくださるな」

「陛下の御前で私闘をするのか貴様は!」

「――っ! も、申し訳ございません……」


 一喝。それで頭に血が上っていたトーレスとやらを抑え込んでしまった。さすがの風格ということだね。


「いかかがでしょう陛下。トーレス卿はアイアネッタ隊長の実力に疑義があるようです。ここは模擬戦をやらせてみては?」

「ふむ、模擬戦ねえ……。よかろう、それで今しがたの私闘紛いは目を瞑ろうか。両者、いいかい?」

「はっ! このティム・トーレス、模擬戦にて先ほどの醜態を返上させていただきます!」

「わかりました、陛下」


 模擬戦ねえ……?


「してアイアネッタ、貴様の兵数はいくらだ? こちらはその半数で良いぞ?」

「ああん? なめてんのかお前? 全員でこいよ」

「ちょっとイザベル……、考えて発言した方が良いよ!」


 カリナが止めてくる。けれどここは引きさがったら負けだ。


「ほう、全員? 大口をたたいたことを後悔するなよ?」

「誰が吐いた唾を飲み込むかよ!」



 ☆☆☆☆☆



「えっ!? それで全軍でって言ったんですかい!? 姉御って馬鹿なんですか!?」


 空を覆い尽くし、降り注ぐ火やら雷やらの魔法。

 さっきから私たちの耳には魔法の炸裂音しか聞こえない。


 やってきた模擬戦の日。

 私たちはみんなして穴ぼこに隠れている。


「よりによって統制魔法砲撃で知られたダイヤの騎士団なんてねえ……。うん、姐さんは馬鹿ですね」

「うるさいよジャンにカルロ! ベラベラ喋っている暇があったら知恵だしな!」


 降り注ぐ魔法は、やむ気配がない。

 いやほんと、どうしよう……?

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