第15話 お嬢様は隊長

「ジャンの兄貴、どうしたんですかい? そんなに顔をはらして?」

「昨日の休み、ケンカでもしたんですかい? だったら俺達も呼んでくれたら良かったのに。加勢しましたぜ」

「うるせえ、なんでもねえよ!」


 ……ったく、殴られた痕がまだ痛みやがる。

 俺は腹いせに子分のチンピラ崩れ共を怒鳴りつけてやる。


 俺の名はジャン。ジャン・チャップマンだ。

 細身で長身。人は俺を、ナイスガイな男と呼……ばないけど、まあこういったチンピラ崩れみたいな連中の中では頭が回るのもあって、一目置かれている。


「なあジャン、あいつなんだったんだろうね」

「俺が知るかよカルロ」


 この小太りの男はカルロ。カルロ・ハップだ。

 どんくさそうな見た目に反して割と機敏で、メカにも強い。俺とはいつもつるんでいる相棒だ。


 俺たちはチンピラ崩れを従えるだけあって、そこそこケンカは強い方だ。だが昨日、頭のおかしい女をナンパしていたところ、謎の人物に襲われて結構なケガを負わされた。


 襲撃者は顔の整った女だった気もするが、なにぶんメッタメタにやられて、記憶があいまいだ。もしかしたらか何かに遭遇したのかもしれねえ。


「まあ心配するなよカルロ。あんな猛獣みたいなやつ、二度と会うこともないだろうさ」

「そうだねジャン。そう言えば今日はが来るんだってさ」

「ほう、新しい隊長様ね……」


 チンピラ崩れの集団に“新しい隊長様”ってミスマッチな言葉だと思ったか?

 悪いが俺たちはチンピラ崩れであって、チンピラじゃねえ。これでも立派な王国騎士団の一員だ。端くれだがな。


 スタントン西方王国は、常に隣国のロメディアス中央帝国から軍事的な圧迫を受けている。小競り合いなんて日常茶飯事だ。


 戦うには数がいる。諸侯がバンバン徴兵をかけてちゃ畑がおろそかになるし、専任の騎士様たちは数が足りねえ。そこで俺たちの出番ってわけさ。


 俺たちはみんな農家の三男や四男、田舎じゃ食いっぱぐれたはみ出し者さ。そういう連中を集めて帝国にぶつける。ろくに魔法も使えない俺達は単なる数合わせの弾避け。言ってしまえば肉壁だ。ま、その肉壁の仕事のおかげでこうやって飯は食えてんだけどな。


「わかってんなカルロ?」

「ああ、前の隊長様みたいに生意気に命令できなくさせてやろうか」

「そうとも。どっちが偉いか教えてやるぜ。それに昨日の憂さ晴らしもしてえ」

「そいつはいいね。そう言えば眉唾だけど、新しい隊長は貴族の女だって……」

「女ァ!? ハハハ、この部隊にそんなのありえねえよ!」


 まったくカルロもアホな事を言うもんだ。この部隊の隊長が、お貴族様のしかも女になるだなんて。


「だから眉唾だって……」

「わかってるよ。もし本当ならせいぜい可愛がってやるか。『ごめんなさい、私もう無理です!』って泣き叫ぶまでな」

「「「ゲヘへへへへ」」」


 俺達の話を聞いていた周囲の奴らが、下衆げすに笑う。おいおい、ここは山賊のねぐらじゃなくて栄光の王国騎士団なんだぜ? もっとお上品にいかねえと。


「ん? 来たぞ!」

「おいおい、ほんとに女だぜ……!」

「ひゅー、そんなに尻を振って誘ってんのか姉ちゃん?」


 後ろにいた奴らが騒ぎ立てる。おいおい、本当に女なのかよ?


 見えた。人事官のおっさん一緒に来たのは、本当に女みたいだ。それも美人。たまんねえな……いや待て、あいつは――、あの女は――、


「なあ、ジャン……。あれってもしかして……?」

「あ、ああ……」


 見た目のいかにも令嬢然とした麗しい雰囲気に反して、歩き方はドスドスと山賊みたいに乱暴だ。ショートカットのプラチナブロンドや長いまつ毛が、着ているモスグリーンの軍服とミスマッチに感じる。


 このツラ、見たことがある――いや、見たことあるなんてもんじゃねえ。俺は絶句して相棒のカルロと顔を見合わせる。


「総員傾注! ほら、総員傾注と言っているだろう!」


 俺と相棒以外の奴らは、人事官のおっさんの言葉を無視して汚い野次を飛ばしている。

 おいおいやめとけって……。女に見えるけれどそいつはなんだって……。


 女は居並ぶ強面にまったく物怖じせず、妙に堂々とした態度で人事官のおっさんを退かせると、壇上の真ん中に立って口を開いた。


「聞きやがれ野郎ども! 私が今日からお前たちの隊長になるイザベル・アイアネッタだ! てめえらの心太ところてんみたいにナヨっとした身体を鍛えなおしてやるから、覚悟しやがれ!」


 ごめんなさい、俺もう無理です!

 泣き叫んで謝るから許して!



 ☆☆☆☆☆



 私は壇上から、下衆な野次を飛ばす野郎どもの顔を見る。どいつもこいつも山賊と言われた方が納得できる風貌ツラだ。これが本当に騎士団か?


 ……まあいい。お飾り騎士団はやめろと言ったのは私だ。それにこっちの方が変に礼儀とか気にしなくていい。


「聞きやがれ野郎ども! 私が今日からお前たちの隊長になるイザベル・アイアネッタだ! てめえらの心太みたいにナヨっとした身体を鍛えなおしてやるから、覚悟しやがれ!」


 ――しんと静まり返った。野郎どもはあっけにとられてような顔をしている。私は壇上から飛び降りると、野郎どもに近づく。


「お前、名前は?」

「あアン? 小娘がなに生意気――グラブッ!?」

「マーカス!?」


 とりあえず殴り飛ばす。

 回りが「マーカス」って言っていたから、マーカスなんだろうな。


「おい、お前の名前は?」

「はい! ジャンです! ジャン・チャップマン!」

「隣のお前は?」

「カルロです! カルロ・ハップ!」


 一発目にビビらせたおかげか、ジャンとか言う痩身の男と、カルロとかいう小太りの男は素直にハキハキと答えた。……あれ、でもこいつら?


「なあ、ジャンにカルロ。お前らをどこかで見た気がするんだけれど、私と会ったことあるか?」

「「ないです隊長!」」

「そうか、ならいい」


 思い過ごしか。まあこんな三下チンピラ面そこら中に溢れている。


「私が隊長になったからには、私のルールに従ってもらう。文句があるやつはいるか? 理解するまで誠心誠意してやる」


 返事はない。まあ様子見してるんだろうな。


「沈黙は肯定と受け取った。まあ、よろしくな。今日は以上か?」

「あの……、補充の新兵が来ているのですが……」


 人事官のおっさんがおずおずと言ってくる。まだいたのか。


「そうか。なら連れて来てくれ」

「は、はい!」


 人事官のおっさんが走って呼びに行くと、すぐに入れ替わりで何人かの男女がやってきた。


「新兵のアンナ・アンドゥハー以下四名です! お姉様――いえ隊長、よろしくお願いします!」

「おう、よろしくな」


 なんかこいつも見たことある気がする。どこだっけか?


「わー! ジャンの兄貴!? カルロの兄貴!?」


 私の横にいたジャンとカルロの二人が、殴ってもいないのに倒れた。

 貧血か? 飯はしっかり食えよ?

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