第12話 吹き荒れるハリケーン

「――言いたいことはわかった。つまりイザベルは、貴族令嬢として礼儀作法や縁談の道を歩むのではなく、戦いの道を歩むことで貴族としての責任を果たしたいと」

「はい。その通りですお父様」


 あれから即刻、アイアネッタ公爵家緊急家族会議が始まった。一度ショックを受けたお父様はともかく、お母様は顔を青くしたり赤くしたり、二回ほど気を失ったりして会議の進行は難航した。


 最初は衝撃を受けたけどそこは大貴族の当主ということか、すぐに立ち直ったイアンお父様の私の進路に対するスタンスは否定的だ。


 私にこの大貴族の当主の頭を縦に振らす知恵はない。けれどアーヴァイン兄ちゃんは違う。二一已が味方をして話を進めてくれたことにより、会議は五分と五分で膠着した。


 前世では孤児だった私は、こういう家族会議みたいなのに憧れていたところがあった。なので正直少し楽しい。でもまあ話し合いが長く続くと頭がこんがらがってくるので、必死に要望を訴える。


「はあ……、どうしてこうなったんだ。少し前までイザベルはこんなんじゃなくてもっとお淑やか――でもなかったか。はあ……」


 開始時よりも溜息をつく回数が増えている。お父様の中にはいろいろ葛藤があるようだ。


 そもそも単にダメだと切り捨てればいいのに、会議という場を設けてくれた以上、娘の話をちゃんと聞いてやりたいと言う愛情の表れなんだと思う。


「父上、あのイザベルが自ら貴族の義務を果たしたいと言っているのです。聞いてあげるべきではありませんか?」

「はあ……、アーヴァイン。私も我が子のやりたいことは尊重してあげたいけれど、さすがにこれはねえ……」


 一歩押しては一歩引く問答が繰り広げられる。

 そしてついに、お父様が「わかった」と手を叩いた。


「イザベル、君は本当に戦いこそが自分の向いている道、進みたい道と思うんだね?」

「はい、お父様。礼儀作法よりも武をもってお家に貢献したいと思います」

「わかった。そこまで言うのなら私にしてみなさい」

「証明……?」

「その道を歩むに足るという精神と肉体を、で証明するんだ。そうだね……、一週間後にしよう」



 ☆☆☆☆☆



 そして一週間後――。

 お父様に言い渡されたとは、お父様の用意する凄腕の魔導鎧乗りと戦うことだった。この上なくわかりやすい。私は勝って私の未来をつかみ取る。


「お嬢様、ご武運を……」

「ありがとうセシリー」


 この一週間、私は〈アイアネリオン〉を完全に自分の手足とするためにみっちりと鍛錬してきた。魔導鎧という機械は不思議なもので、魔力という血液を注ぎ込み魔導コアという名の心臓を動かすと、本当に自分の肉体のような気がしてくる。目指す先はグレゴリーの言っていた人機一体じんきいったいだ。


「イザベル、がんばれよ」

「僕は完璧な魔導鎧を用意した。負けたら君の実力不足だね」

「ありがとう兄ちゃん。ローレンスもな」


 いろいろと助けてくれたアーヴァイン兄ちゃんもそうだが、ローレンスもこの一週間〈アイアネリオン〉の微調整をしてくれた。変な奴だけど良い奴だ。あーだこーだ言う技術的な話はわけわからんけど。


 試験の場所はアイアネッタ公爵領の中心都市、アイネスの闘技場。そう、私がグレゴリーと闘った例の闘技場だ。


 当然観客なんて入れていないので、妙に広く静かに感じる。私が〈アイアネリオン〉に乗ってグラウンドに出ると、客席にお父様の姿があった。


 その傍らにはお母様。今にも卒倒しそうな顔だけれど、この場にいてくれている。私、大事にされてるな……。


「来たねイザベル。言った通り、君には今から腕の良い魔導鎧乗りと戦ってもらう」

「はい、お父様」

「魔法も使用していいが、相手を殺してはダメだ。その……、危なくなったらすぐに逃げなさい」


 やはり娘を戦わせることに葛藤があるのか、お父様は苦い顔をしながら言葉を選ぶ。冷徹に娘を突き放せない。かと言って安易にこの道に進めさせたくない。そんな感じだ。


「さあ紹介しよう。君と戦うのは――」


 お父様が手をあげると、反対側の入場口から魔導鎧が入ってくる。その魔導鎧は、紫色の武骨なフォルムでマッシブなデザイン。あれは――、


「この闘技場の昨季のチャンピョン。“ハリケーン”グレゴリーだ!」


 ――グレゴリー。私がこの場所で闘って、引き分けた相手。でもあの時、相手は全然本気じゃなかった。まさかこんなに早く魔導鎧同士で再戦できるなんて……!


「まさかあんたが相手なんてね」

「お、その声あの時の嬢ちゃんか。やっぱりな。アイアネッタ公爵の依頼と聞いて受けてよかったぜ」


 相変わらずの重く低い声。

 でもこれはたぶん、グレゴリーも歓喜している

 私も嬉しいよ。あんたと戦いたかった。


「どうするイザベル? 降参するかい?」

「戦わずに降伏するなんてありえません、お父様」


 なるほど。闘技場での一件を噂程度でしか聞いていないお父様は、私が“チャンピョン”の名を聞いて諦めるとでも思っていたのか。


 だけど逆効果だよ。今の私は血が沸騰しそうなくらい熱く燃え上がっている。


「そうか……。それでは試験開始!」

「先手必勝! 《光の加護》よ!」


 グレゴリーの〈ロックザロック〉は大柄で重装甲。それならスピードでかく乱して連撃を叩き込む!


 私は魔法で運動能力を強化すると、放たれた矢のようにつっこむ。


「食らえええッ!」

「効かん!」


 飛び蹴りを入れるが防がれる。だけどそれも計算の内だ。私は敵を蹴り上げながら、上空へ大きくジャンプする。


「オラあああッ! 《光子拳》!」


 拳に魔力を注ぎこみ、《光子拳》を発動。

 高く昇った太陽を背にして、落下速度も加わる一撃だ。


「同じ手は二度も通じんぞ! 《暴風壁ぼうふうへき》!」

「これは魔法!? クソっ……!」


 私の一撃は、巻き起こった風のバリアに防がれる。

 軌道がそれ、風で拳の威力が弱まり、撥ね退けられた。


「あんたもそういう小細工を使うなんてね……!」

「馬鹿言うな。あの手この手で自分の有利な状況を造り出す。戦闘の基本だ」

「それもそうか」


 卑怯ってのは弱い奴の言い訳だ。本当の強者ならその小細工ごとぶち抜く。


「さあ、来い!」

「言われなくても!」


 右から攻め……いいやフェイント。左の拳を出すも防がれる。回し蹴りをかますが掴まれて投げられる。即座に受け身をとって連撃。お互いに隙を見せない攻防が続くけど、手数の差で私がリードし始める。よし、このまま――、


「――このままいけると思ったか?」

「――何!?」


 叩き込んだ右手が受け止められる。それならと左手を出すけれど、それも受け止められる。力比べをするつもりはないので蹴り上げて間を取ろうとしたら、両足も掴まれた。


「四本腕――!? いや――、六本腕か!?」


 焦りながら確認すると、〈ロックザロック〉の装甲だと思っていた部分が展開し、腕が四本増えて六本腕になっていた。その六本の腕が〈アイアネリオン〉の両手両足を封じている。クソっ、こんな隠し玉を用意していやがったなんて……!


「そうだ。この六本腕こそが〈ロックザロック〉の真の姿だ! そして!」


 身動きの取れない〈アイアネリオン〉が空中に放り投げられた。私は懸命に体勢を立て直そうとするけれど、グレゴリーの追撃の方が早い。


「食らえ必殺! 《暴風連撃拳ハリケーンパンチ》!」

「ぐおおおおおおおッ!?」


 グレゴリーの〈ロックザロック〉が、その六本の腕を打ち込んでくる。一本一本が鋭く、重い一撃だ。魔力も込められている。


 私は懸命にガード体勢を取るけれど、それでも相当な衝撃が襲ってくる。凄まじいダメージを受けた私と〈アイアネリオン〉は、何とか地上へと着地した。


「見たか。俺の名はグレゴリー。“ハリケーン”グレゴリー・サンチェス。その二つ名は伊達じゃないぜ」

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