閑話 最近俺の妹がなんかおかしい
前書き
今回はアーヴァイン視点です
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最近俺の妹がなんかおかしい。
俺――アーヴァイン・アイアネッタは、このアリスト大陸の中堅国家であるスタントン西方王国、その名家アイアネッタ公爵家の嫡男として生まれた。
はっきり言って恵まれた立場だ。俺はそんな恵まれた環境に慢心せず、また名家の名を汚さないようにがんばってきた。今では多くの友人にも恵まれ、ひとかどの立場を築いていると自負している。
そんな俺には三歳年下の妹がいる。名をイザベル・アイアネッタという。
イザベルは小さなころから両親に甘やかされて育った。もちろん俺もよくなついてくれる妹の事を大切に思い、よく可愛がった。
――結果、イザベルはとんでもないワガママ令嬢に育ってしまった。
使用人や領民に対して尊大に振舞い、格下の貴族令嬢に対しては嫌がらせ。好みの菓子がないと聞けば泣きわめき、ドレスが気に入らないと言っては使用人にあたる。およそ令嬢としての慎ましさとか高貴なる者の立ち振る舞いというのが、そっくりそのまま抜け落ちたような人間だ。
使用人からどうにかしてほしいと泣きつかれたことや、他家から苦言を呈されたことなんて一度や二度ではきかない。いや、俺もどうにかしないとなとは思っていたのだ。イザベルを大切に思っているからこそ、注意をしてきた。
「イザベル、使用人を大切にしないといけないよ?」
「わかりましたわお兄様」
この「わかりました」はわかってない時の「わかりました」だ。俺が言うと一応は聞いてくれるが、三歩あるけば忘れるのか、僅か数分後にはメイドに嫌味を言っている。我が妹の脳みその容量は恐ろしく低い。
ダメだ。けれどそんなイザベルを突き放せるかと問われればできないと答える。両親もそうだが、俺もイザベルの事は可愛くて見捨てられないのだ。
そんなイザベルには幼いころからの婚約者がいる。同じ年齢のスチュアート・スタントン第三王子だ。スチュアート殿下は、実った稲穂の様な金髪が美しい容姿の整ったお方で、少々……いや、かなり女々しいことを除けば才覚が備わり優秀だとして有名だ。
イザベルはスチュアート様を大変気に入り、婚約が決まったころからずっとベッタリだ。何か用を見つけてはスチュアート様の下を訪ね、パーティーの際はピタリと引っ付いて離れない。スチュアート様に言い寄る女がいようものなら、全力をもって嫌がらせをする。正直、スチュアート様はそんなイザベルの事を鬱陶しく思っているようだった。まあ、無理もない。
そんな中、妹に一つの転機が訪れた。いや、正確にはわからないが、あの日がターニングポイントであったのは間違いないだろう。起こった事実だけを話すなら、あの日パーティー会場で妹がスチュアート殿下を殴って取り押さえられたらしい。
殴った理由は婚約の破棄を言い渡されたから。本当ならとんでもない事件だ。婚約破棄どころかアイアネッタ公爵家の存続問題にすら関わってくるだろう。
だが、そうはならなかった。
理由の一つは、妹が高熱を出していたことだった。
家に運ばれてきた妹は、高熱で意識を失っていた。両親なんてイザベルが王子を殴ったらしいことを棚に上げて、取り押さえ方法が悪かったのではないかと抗議したくらいに妹は衰弱していた。
かくいう俺も、事態の情報を収集しながら妹の無事を神に祈った。イザベルは一週間眠り続けて、そして
目覚めて最初に話した時、少しの違和感があった。妙に素直だなと思った事だ。
まあさすがのイザベルも、とんでもない事を起こした自覚はあったんだろうと思う。婚約破棄は仕方ないとして、俺は妹がこれを機会に悔い改めて、それなりにまっとうに生きてくれればいいくらいに考えていた。
異変が起き始めたのはそれから少し後だ。
まず、それまで運動不足で丸々と太り始めていた妹がトレーニングを始めた。
ダイエットでも始めたのか? 妹は美人で評判の母上に顔の造りは似ているのだから、痩せれば人気も出るだろう。健康的にも良いことだと思うし、気にも留めなかった。
次に、スチュアート殿下の執事を殴り飛ばした。
改めて婚約破棄を伝えにきたスチュアート殿下の執事、トリスタンを殴り飛ばした。泣いてすがるわけでもなく、言い訳するわけでもなく、ただ殴り飛ばした。
まあ振られた相手に未練がましく生きるよりはいいだろう。しかしトリスタンはかなりの使い手と記憶しているが、それを殴り飛ばした?
そして、闘技場に乱入して生身で
もはや意味がわからない。最初は噂に尾ひれがついたものと思っていたが、どうやら本当らしい。妹は確かにアイネスの街の祭りの日、円形闘技場での魔導鎧の戦いに生身で乱入し、そして引き分けた。
おかしい。俺の妹は武闘派の類ではなかったはずだが……。
いや、いくら武闘派でも生身で魔導鎧とは戦わないだろう……。
そんな肉体派かつ武闘派になってしまった妹だが、評判はすこぶる良くなった。
家庭教師の授業は逃げ出さなくなったし、使用人にも優しい。専属メイドのセシリーにいたっては、以前とは打って変わって理想的な主従関係のようだ。結局何が原因で妹がこうなったのかはわからないが、良い変化だろう。
そんな妹が、お願いがあると頼みに来た。
なんでも自分専用の魔導鎧が欲しいらしい。
その頼みを聞いた時、俺はふと考えた。大切な妹が戦場という危険な環境に立つのは好ましくないが、これはチャンスなんじゃないかと。
トリスタンとやりあい、生身で魔導鎧と戦った妹は、間違いなく戦闘のセンスがある。そんな妹に戦場で功をあげてもらって、俺は将来アイアネッタ当主としてサポートする。
元来アイアネッタ家は武の面で心もとない。やりようによっては、第三王子から婚約破棄されたマイナス分以上の利益を我がアイアネッタ家にもたらすだろう。
そういった利益を感じ、俺は妹の申し出を受け入れた。
それになんだかんだ理由を連ねたが、結局俺も可愛い妹に甘いのだ。
「ありがとう兄ちゃん、か……」
そうフランクに呼んでくれた妹の顔が脳内に焼き付く。
最近俺の妹がなんかおかしい。そしてやっぱり可愛い。おかしくていいじゃないか。可愛いんだから。
「この手紙をローレンスの工房に届けてくれ」
俺は使用人にしたためた書状を渡す。可愛い妹が望むのだ。最高の物を用意してやろう。ああ、イザベルの喜ぶ顔が楽しみだ。
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