第79話 モブ王女と悪役令嬢のデビュタント 2

 お茶をしていたバルコニーから、部屋の中に入るとロイ兄様とライルがソファーに座って待っていた。

 もちろん従者のロビンとアッシュも一緒だ。


「ごきげんよう、兄様、ライル、もう少し待ってもらえる?」

「やあ、ルティア。久しぶりだね。えーっと……アリシア嬢は相変わらずかな?」

「いつも通りと言えば、いつも通りね」


 小さくため息を吐きながら、兄様の問いかけにそう答えるとライルが困った顔をする。

 アリシアに苦手意識を持たれている自覚がある分、どうすればそれをなくしてもらえるのかと思っているに違いない。


 今のライルは暴君だった頃の面影は全くなく、思慮深く、真面目な子なのだが……まさかライル本人に、貴方が将来アリシアを断罪して処刑するかもしれないから仲良くできないのよ、とは言えない。


 たぶん、そんなことは絶対にしない!と怒るだろう。

 私だって今のライルがそんなことをする様には思えない。

 アリシアが不安がるのもわかるのだが、もうちょっと今のライルを見て欲しいな、とも思うのだ。


「そうだ兄様、アカデミーの様子はいかがですか?」


 アリシアの話題から、別の話題に変えるべく兄様に話を振る。

 

 三つ上の兄様は今年十六歳。

 今年から王立アカデミーに進学している。

 私とアリシアも今年からアカデミーの下に位置するカレッジに通っていて、寮生活をしていた。


 まあ、畑の世話があるから私は自分の宮によく戻っているけれど……

 私たちが顔を揃えるのは久々だったりする。


「まあまあかな」

「まあまあですか?」

「うん。ルティアたちといる方がよほど刺激的だね」

「別に刺激的なことはしてませんが!?」


 疑惑の眼差しが四人から向けられたが、最近は私だって王女らしく振る舞えるようになってきたのだ。

 貴族社会のマナーとかルールはものすごく面倒臭いと感じるけれど!!それを顔に出さずに、何とかやり過ごせるまでには成長した。たぶん。


「お、おまたせしました……」


 儚げな声と共に、アリシアがユリアナに連れられてやってくる。


「アリシア嬢、久しぶりだね」

「お久しぶりです、ロイ殿下、ライル殿下」


 綺麗なカーテシーと控えめな微笑み。貴族令嬢らしい細やかな仕草はアリシアの容姿もあわせると、ものすごーく儚くて繊細な女の子に見えた。

 さっきまでバルコニーのテーブルの上で行きたくないと駄々をこねまくっていた子には全く見えない。


 そうか、これが令嬢力……!!


 そんな彼女に感心しつつ、私はアリシアに座るように促すと明日のデビュタントの打ち合わせをすることにした。




 デビュタント、とは————




 良家の子女が一人前のレディーとして、社交界デビューを果たす場である。


 ファティシア王国の成人年齢は十八歳。

 それまでにデビューできていれば問題ないのだが、十三歳でデビューはちょっと早かったりもする。


 王族の一人だから仕方ないと言えば、仕方ないのだが……継承順位の低い私を早く嫁に出してしまいたい『誰か』がいるのだろう。

 個人的にはあと二年ぐらい平気かと思っていたのだが、早まってしまったものは仕方がない。


 まあ、私が社交界デビューすることで友人のアリシアが巻き添えになり、王女と侯爵令嬢がデビューするならば、と社交界デビューを早めた良家の子女たちも増えたので私だけが悪目立ちをすることはないはずだ。


 アリシアのように目立つ容姿なら兎も角、私は瞳の色こそ蒼いけれど、それ以外は至って平凡な容姿。可愛い、とお世辞を言われることはあっても綺麗とか美人とか言われる類の容姿ではない。

 目の色を変えて紛れてしまえば、きっとわからないだろう。


 なんせデビュタントの衣装は皆、白一色だし。


「そう言えば、明日はリュージュ様も出られるんだってね」

「そうなの?お母様が出られるから出られないかと思っていた」

「ある意味俺も社交界デビューするようなものだしな」

「そっか。ライルも明日が初めてなんだっけ」


 ライルは基本的に勉強は宮で、それ以外は畑か騎士団に赴き剣の稽古をしている生活らしく、お茶会やパーティーを自ら開いたり、参加することはない。

 きっとそう言ったものに参加することのないライルをリュージュ妃が心配したのだろう。


 二人の関係も五年前に比べれば、かなり良好な関係になっているようでホッとする。やっぱり家族仲が良い方が断然良い。


 とは言え、私たちとリュージュ妃が仲が良いかと言われると普通である。

 前ほどリュージュ妃の言動が私たちにとって悪いものだと疑わなくて済むぐらいだろうか?


「ライルは今まで招待状もらったことないの?」

「あるけど行ってない」

「どうして?」

「面倒臭いだろ?」


 なので招待状が来たら、女性なら花、男性ならワインを贈って濁しているらしい。

 招待状を送った方も、例え断られても王族から贈り物が来るのだから悪い気はしないだろう。


「私も招待状が来たらその手を使おうかな……」


 ポツリとこぼすと、ユリアナが横を向いて笑っている。そうね!!断るほど来たらの話よね!!


 世間一般の私はファテシア王国の三番目。

 一番目のライルや、二番目の兄様に比べると評価は低い。もっと言えば、ライルの評価が高すぎるのだ。


 社交界にのに。


 なんせ、私が育て始めた薬草に関しても、国中にポーションを広めるきっかけも全部ライルが言い出したことになっている。


 誰かが意図を持って、その噂を広めていることは明白だ。

 しかし訂正をする気はない。


 それを訂正したところで、命を狙われる可能性が上がるだけだ。

 ライルは納得してないようだったが、お父様とも相談して噂をそのままにしている。もちろん聞かれた時は肯定も否定もしない。

 にこりと笑っておけば勝手に誤解してくれるものなのだ。


「じゃあ、明日はお父様とリュージュ様とお母様が出られるのね」

「なかなかない光景だよね」


 デビュタントは母親が付き添うもの。

 でも私を産んでくれたお母様はもういないので、なのでもう一人のお母様……マリアベル様が付き添ってくれることになっていた。


 そうなると、普通ならリュージュ妃は出てこない。妃を二人も伴って、お父様が公の場に出ることはないからだ。

 絶対にダメというわけではないが、昔からの慣習の様なものがあるらしい。


 それでも出てくるのであれば、やっぱりライルが心配なのだろう。


「アレンとカレンにも会いたいなあー」

「流石に明日は無理だろ」

「まあね」


 今年五歳になった双子の弟妹。アレンとカレンはお母様と一緒に別の宮で生活している。

 私が寮生活を始めたことで、双子用の宮を別に用意したのだ。



 そんな話をしつつ、四人で明日のデビュタントの進行予定を確認する。

 特別おかしなところはなく、順調に進めば何事もなく終わるはずだ。


 招待客のリストも見たが、アリシアの反応から特別変な人はいないみたいだし。


 それに……十二歳でデビュタントに参加する子はいない。ヒロインが社交界デビューするのはアカデミーに入ってから。この辺は変わりないようだ。

 カレッジに入学するのは来年だが、学年が違うと学ぶ棟も違うのでヒロインに出くわす可能性も低いだろう。


 ライルと出会う可能性はとても高いけれど……不思議なことに、ヒロインがライルたちと関係を持つのはアカデミーに入ってからなのだ。


 それでも何となく、不安が付き纏うのは今年が疫病が流行る年だから。


 この五年、お父様は健康に過ごされている。

 でも今年が過ぎないと本当に運命が変わった、とは言い切れない。

 兄様もそうだ。


 上級ポーションがあっても、私が聖属性の力を使えても、絶対大丈夫、と言えるほど神経は図太くない。

 ありとあらゆる可能性を排除して、それでも残るほんの少しの可能性が悪いことを引き寄せやしないかと不安になるのだ。


「ルティア」

「なあに?」

「明日のために一度、踊っておいた方がいいんじゃないか?」

「ああ、そうね」


 兄様の提案に頷くと、隣に座っているアリシアから不安げな視線が向けられる。

 今のところ、ライルがアリシアを嫌う兆候はないのでここは慣れるしかない。

 あまりにもライルに苦手意識を持たれても、ライルだって困ってしまうだろう。実際には婚約していないのだし、そこまで苦手意識を持つ必要は本当はないのだから。


「アリシア」

「は、はい!」

「慣れは大事」

「な、慣れ……ですか?」

「そう。慣れないと!」

「そうだよ。慣れておかないと、当日転んだりしたら大変だからね」

「ライルの足を踏んづけるぐらいどうってことないから!ドーンと踏んづけてやんなさい!!」

「それはどうなんだ……?」


 私の言葉にライルがはあ、とため息を吐く。

 でもそれぐらいの気持ちで望まないと、緊張し過ぎて当日失敗するかもしれない。


「さ、頑張りましょう?」

「は、はい……」


 ポンポンと背中を叩き、ダンスの練習ができる場所に四人で移動する。

 何度も繰り返し踊り、アリシアの緊張をほぐしつつこれで明日は失敗しないといいなあと独りごちるのであった。



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