第&話
一瞬真っ赤になって動揺していた叶も、すぐに落ち着きを取り戻した。時折颯の方を向いて嬉しそうに小さく顔をほころばせるのはどうも心臓に悪かったが、あのまま気まずい空気にならなくて良かったのだと思う。
「叶は何かしたいことある?」
「ない」
「即答だな。それはそれで困るんだが」
「……ちょっと二人でぼーっとしてようよ」
「それでもいいか」
ちょうどよさげな切り株を見つけ出し、叶が
いくら大きい切り株とはいえ一緒に座るには少し狭すぎたので颯は立っていることにした。おいでよーと太ももをぺしぺし叩く叶に「無理だろ」と突っ込みを入れ、不満そうな叶の様子に思わず苦笑する。
少しの間遠くを眺めていると、下から視線を感じた。
「どうした?」
「どうもしてないけど、……なんかゆーまの横顔っていいよね」
「そうか?」
「うん。私は好き」
そうですか、と答えてそっぽを向くことしかできず、思わず顔をそむけてしまった自分に歯噛みする。もう少し堂々としていられればいいものを。
颯は、博人の言葉が頭の中で巡り巡っているのを感じた。「好きな人を諦めたら辛いよ」と言ったときの博人の表情を。
もう覚悟したつもりでいた。夏祭りで叶に告げられ、家に帰って一人落ち込んだ時に。………それでも、まだ足りなかったのかもしれない。どこか期待している部分があったのかもしれない。
人に好きになってもらおうとするのは、ここまで難しいのだろうか。ましてや、叶は、好きなのことを話しているときにいつも顔を染めるほどに惚れているのだ。
ここから先の未来に、憂鬱になるのを感じた。
だが、前よりはましだ。
ただただ避けられない未来をうつむいて受け入れるのではなく、自分が望む未来をつかむために前を向いているのだから。
「ねえ、ゆーま」
「どした?」
物思いにふけっていると、叶に声を掛けられる。熟考中に閉じかけてた瞼を開いて、叶の優しく輝く目をまっすぐ見つめた。
「……楽しいねって」
「どうした急に。……そんな不安そうな顔すんなって。俺も楽しいよ」
「えへへ、やった」
叶が小さく笑う。彼女のその穏やかな笑みに、心臓が早鐘を打つ。じんわりと頬を内側から染めようとする羞恥をごまかし、息を吐く。
「いつもはさ、二人でいるけどさ。こうやってみんなで遊ぶのも本当に楽しいよね。……智さんも真美さんも私より年上だけど、話しやすくて楽しいし」
「……父さんはともかく、母さんはテンションが高いだけだと思う」
あの勢いだけを見れば、そこらの女子高生には負けずとも劣らずだろう。
その部分が静か平穏に暮らしたい自分にとっては少し鬱陶しくもあるのだが。ただそれは颯の感想であり、好きで惚れている智はともかく、叶から見ても好ましい性格であるらしい。
「まあ、それは置いといて。……本当に、幸せだよね」
「幸せ、か」
「あれ?ゆーまにとっては違った?」
そうだとしたらちょっと恥ずかしいこと言っちゃった、と少しうつむきがちに言う叶に首を振った。
「俺にとっての幸せって何が基準なんだろうなって思ってさ」
「そうだねー。幸せの基準、か」
「案外、家族が大事だったりするんだよな」
「そうだよね。……友達とかも大切だけどさ。結局お父さんお母さんとか、ゆーまとかなんだよね」
いつの間にか家族としてカウントされていることに、嬉しさと恥ずかしさが混ざった気恥ずかしい感情が沸き上がってくる。くすぐったい思いを隠すために強く手を握った。
ふう、と息を吐き出す。柔らかい風が叶の髪を揺らす。
「よっしゃ、なんかして遊ぼうぜ」
「おっけ。フリスビーやりたい」
「りょ」
玩具類が入ったバッグのなかから青色のフリスビーを取り出し、叶に軽く放る。叶が楽しそうに満面の笑みを浮かべ、それにつられて颯も表情を緩めた。
一時間ほど遊び続けたのだろうか、疲れが体を襲い始めたころに、智と真美が二人手をつなぎながら広場に来た。
「あ、いた。ハヤちゃーん!」
「どうした、母さん」
「遊びに来たのー!何してるの?」
颯は無言で真美にフリスビーを投げる。無駄にはしゃいで楽しそうに智と遊び始めた。さすがに疲れたようでぐにぐにと頬をいじっている叶に声をかけ、そろそろ休憩しようということで話が収まった。
「俺らは少し休んでるから遊んでていいよ」
「ありがとう!」
わいわいきゃっきゃと智を巻き込みつつ遊ぶ真美を遠くに見つつ、叶と二人体を休める。叶はさっきのように切り株に座り込み、颯はそこにあった木に寄り掛かる。
さすがに疲れがひどく、足がぼんやりとしているのを感じた。久しぶりに外で遊んだからはしゃぎ過ぎたのだろうか。
「楽しかったね」
「そうだな。……叶があんなに投げるの下手だとは思わなかったよ」
「うぐ……」
「まあ、できないほどじゃなかったけどな」
フォローに成っているのか成っていないのか自分でもわからないような言葉を叶に掛ける。未だにダメージを受けて沈んでいる彼女の頭を優しく撫でた。
うりゃー、と頭をすり寄せてくる叶がかわいくて、胸の奥がつかまれるような感触に襲われる。叶のことは自分が隣に居られるときは大事にしようと、心の中で強く思った。
「なんか嬉しいこと考えてるでしょ」
「鋭いと言えばいいのかどうかだな。叶にとってはどうかわからないけどな」
もしかしたら想い人と引きはがされることになるかもしれない、と。お前のことを俺しか見れないようにしてやる、と。言葉には出さずに胸に刻み込んだ。
手を彼女の頭から話すと、叶は一気に寂しそうな表情を作る。
思わず笑みが浮かんだ。
「……ゆーまって優しいよね」
「そうか?別にそんなことないと思うけどな」
「自覚なしで優しいから困るんだよねぇ」
「そんなこと言われても」
幼少期に智に言われた「誰かを大切にできる人になりなさい」という言葉が浮かんでくる。その教えが、活きているのだろう。
「ゆーま。ずっとそのままでいてね?」
その言葉が胸に染み渡っていく。心臓が早鐘を打っている。
ごまかすように頬を掻いた。
「これ以上人間として成長しなくていいのか?」
「これ以上魅力的になったら困りますー」
「……なぜ」
「いいの。私だけの秘密」
ふっと視線をそらした叶の頭にもう一度手を伸ばす。柔らかい髪を優しく撫でた。
……もしかしたら、変わろうとし過ぎたのかもしれない。
叶のため叶のため、と。叶にとって一番身近だった自分でなくなろうとしていたのではないだろうか。
別に、今の自分のままでもいい。そう思うと心が軽くなった。
さらさらな髪を撫でていた手を、叶の頬に持ってくる。ふにふにとその肌をいじると、擽ったそうに叶が笑った。そのまま頬を撫で続ける。
このままの自分でいいから。
このままでいいから、彼女ともっと近づきたい。もっともっと近くに居たい。
彼女に好きな人が出来たと告げられ、颯の意識は変わった。ずっとずっと意識していた感情がさらに強くなった。その溢れそうな思いが今はどこか心地いい。
大好きだ、と心の中で呟いた。
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