幼馴染に好きな男子が出来たらしい

二歳児

夏休み 前編

第!話

有間ありまはやとは夏祭り初日、ちょうどその日に開催される夏祭りで、夜空に浮かぶ明るい火花を眺めていた。


こういうイベントというのはどうも苦手だ。

嫌いというわけではないのだが、気分が高揚して自分が自分でないみたいになる。ただ、そんな気分も今は複雑なものに塗り替えられていた。


『わ、私ね………。好きな人ができたの』


ずっと一緒にいた、幼馴染。

小さいころから、ずっと。


だからその言葉を聞いたときは、どう反応すればいいのかわからなかった。応援すればいいのか、嫉妬すればいいのか。

どちらにせよ、一番近くにいた人が遠くに行ってしまった気がして寂しかった。


これからどうすればいいのか、なんて重いことを考えるわけではないけれど、これから先の未来すべてが崩れてなくなった気がした。


空の上で花火が軽薄に鳴り響いている。






翌日、彼女はいつものように颯の家のインターフォンを押していた。


正直悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。思い返してみれば、昨日の一言二言で崩れるような浅い関係ではないし、そもそも彼女は不器用だし。ため息をつきながら扉を開ける。


「おはー」

「入れー」


二人とも気の抜けた挨拶を交わした。毎年毎年夏休みになると颯の家に入り浸っている彼女は、手慣れた様子で靴を脱いだ。


夏仕様なのか青色のワンピースに同系色のバッグを持っている。すらっと滑らかで健康的な腕には、いつか颯が買ったシルバーブルーのブレスレッドが巻かれていた。


そして、その顔立ちは美人そのものだ。明るく朗らかな笑みをいつも絶やさず、いつも上がった口角から学校では癒しキャラと名高いほど。にしし、とでも言いたげな元気のいい笑みを浮かべる彼女だが、その見た目に合わず人を裏切ることなんてできないほど素直で優しい。


颯の自慢の幼馴染だった。


かなえ、飲みもんは何がいい?」


リビングに荷物を置いて早速さっそくくつろぎ始めた紅葉もみじ叶を置いて、自分はキッチンに立つ。夏休みは始まったばかりとは言え、夏はもう盛りだ。何か飲み物があった方がいいだろう。


「麦茶で」

「りょ」


とくとくと心地い音が響いて、コップに麦茶が注がれていく。叶たっての望みで、この家には麦茶が用意されるようになっていた。逆に叶の家には颯用の紅茶が用意されるようになっているが。

小さいころ、それこそ幼稚園児のころから親の付き合いで一緒にいた颯たちは、互いの家を何の抵抗もなく行き来する。だからそうした理想的な環境が出来上がっているのだ。


「で、今日叶が家に来た目的は?」

「節電」


叶に問いかけると、即答で明け透けな回答が返ってきた。大した目的がなくとも、夏休みの間一緒に居るだろうが。


「身もふたもないことを言う………。希子きこさんたちは?」


希子とは叶のお母さんだ。ちなみに叶のお父さんは博人ひろとさん、颯の両親は真美まみさとるだ。


「今日は家にいないんだよね。仕事だとかなんだとか。大変ですなー」

「それで養ってもらってるんだから感謝せねばだろ」

「あーめん」

「それは祈り。感謝じゃねえ」


適当の見繕ったお菓子と共に、叶の前の机に麦茶を置く。妙に横暴な様子で彼女は頷いた。


「ありがとう、ゆーま」


足を組んだ叶の隣に座る。彼女はこのソファが痛く気に入っていて、颯が目を離すと大体はソファの上で寝転がっていることが多い。


ゆーまという呼び方は、中学生に入ってから定着した呼び方だ。何にも同級生から名前呼びを揶揄われたらしく、名字をもじったゆーまというあだ名をつけられた。親しく見えるという点では、大して変わりないと思うのだが。

そういう時に少し抜けているところは、彼女らしいというべきなのか。そういうところは彼女の魅力でもあるのだが。


「すっげえ偉そうじゃねえか。教頭かよ」

「あー、うちの高校の教頭偉そうだよねー」


颯の突っ込みに、うんうんとうなずく叶。

叶と颯の通っている高校、まあ当然のように同じ高校なのだが、そこには名物教頭がいる。それはそれは面白い存在なのだが、語ると長くなるので割愛する。

一言にまとめるとしたら禿はげだ。


「で、勉強は?」


颯の家に来るときには勉強道具を持ってくるように取り決めてあった。そうでもしないと叶はぐでぐでしてばかりで勉強など手を出さないからだ。

颯たちが通っているのは一応進学校のため、勉強をさぼり始めると無事に置いていかれてしまうのだ。

そんな叶の姿は見たくはない。


「へえへえ、持ってきましたとも」

「えらい」

「もっとほーめーてー」


ぐいぐいと頭を押し付けてくる彼女を適当にいなし、自分も麦茶に手を伸ばした。こういう暑い日には麦茶もいいものだ。

カフェインの味が喉に染み込んでいく感じがする。………前に同じ感想を口に出した時に叶にかなり不評だったのはいい思い出だ。


「ゲームやりたい」

「別に許可なんて取らなくていいだろ」

「え、一緒にやろ」

「りょ。でもまず勉強からな」


颯が想像していた通り叶は勉強から逃げようとしていたらしく、ぎく、と動きを固まらせる。そのまま逃げ出そうとするので、後ろからつかんで捕まえ机の前に座らせた。


今日は嫌に従順だな、と思いつつも捕まえるために叶の腰元を抱きしめていた右手を引く。


「勉強だからな。ちょっと目覚まし時計タイマー持ってくるから」

「……わかった」


そう答える叶の耳は赤く染まっているように見えた。エアコンも何もつけていない家の中は暑かったのだろうか。リビングからテラスにつながる扉を大きく開放し、反対側の窓も開けて風が抜けるようにする。

強すぎたらプリント類が散乱するから閉じざるを得ないが、心地よいちょうどいい風が頬を撫でた。


二階に時計を取りに行って戻ってくると、彼女はもうすでに体の力を抜いて軟体動物のように床に転がっている。


「ほら起きろアメフラシ」

「……軟体動物って言いたい?」

「よく伝わったな。その読解力を勉強の集中力に生かしてくれ」

「りょーかい。善処する」

「それ実行しないやつやん」


人間の休憩時間がどうのこうのという話を聞いたことがあるが、とうに忘れてしまった。とりあえず一時間にタイマーをかけて勉強道具をひろげる。


「一時間ちゃんと頑張ったらアイス一個な」


しゅば、と颯の言葉に反応して叶が起き上がる。

もともとの力はちゃんとあるというのに真面目に勉強しないことが祟って勉強面では中堅を漂っているのだ。こうして集中して取り組んでくれるのであれば御の字、そうでなくても少しは頑張ってほしいのだが。


まあ今は良い。




一時間が経った。家に常備してある個包装の小さいアイスを渡すと、叶は嬉しそうにすり寄ってきた。

暑い暑いと思いつつも、彼女を突き放そうとは思えない。冷たい飲み物と、流れ込んでくる爽やかな風で体温を落ち着かせた。


「どうする?少し休憩してからにするか?」

「んー。ちょっと疲れたー」


颯はソファの上に座る。叶は颯の膝の上に頭を乗せた。


「重いんですが」

「セクハラー。女子の体重に口出しちゃいけないんだよ」

「いや、頭の重みについての言及だからいいだろ」


お前の体重が軽いのは知ってるからな、と颯もソファに体重を預ける。


思わず、長いため息を吐いた。

まだ高校一年生で新しい環境に慣れていないこともあってか、最近は疲れていることが多い気がする。それが一番癒されるのは、もちろん叶と一緒に居るときだ。


ふと昨日言われたことが脳裏によみがえる。いつか叶は颯のもとからいなくなるかもしれないのだ。


「………昨日、好きな男子ができたってな」

「忘れてくれや」

「無理やて」


叶をまっすぐ見て話しかける。心なしか、叶が視線を合わせてくれない。


「応援してるからな」


これだけは伝えておきたかった。叶にとって大切なのは颯じゃないかもしれないが、俺にとって叶は大切だ。

友人として、幼馴染としてずっと応援していたい。それが昨日の夜、颯が決心したことだった。


彼女はその言葉を聞いて嬉しいのかそれとも気恥ずかしいのか、前髪をいじいじと指先で巻きながら下を向いていた。


「なんだ?照れてるなよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃねえか」


頭を撫でようとするとするっと避けられる。


「ありがと。応援してくれて」

「おうよ。お前は俺にとって大切だからな」

「はいはい。そういうことを軽々しく言わない」

「………?」


首を傾げた颯の方を見て叶がこれ見よがしにため息を吐く。

納得がいかない。


「私の好きな人はさ、すっごい鈍いんだよね。私も友達に恋してるんじゃないって言われて気が付いたから、人のこと言えないんだけどさ。その人は恋愛に対して価値観が少しおかしいっていうか」


そう言う彼女の表情は、……しとやかで可憐かれんだった。

恋はどうしてこうも人を美しく見せるのだろう。少し紅潮した表情で微笑みを浮かべている、その表情が妙に心臓に悪い。いつもの元気な様子ではなく、その大人びた微笑みに視線が引き込まれて外れない。


「だからさ、わからせてあげないといけないんだ。私がその人のこと大好きなんだって」


にしし、と叶は笑った。

自分に言われたわけでもないのに彼女の様子にてられて、照れ隠しで彼女の頭を乱暴に撫でる。あひゃー、と逃げ出すかなえを捕まえて、満足いくまで撫でる。

叶が遠くに行ってしまうのは悲しいけれど、出来る限りの手助けはしたい。


あとは………。

少しだけ、この時間を楽しませてもらいたい。いつかは叶も俺も、それぞれが幸せになるときが来るのだから。


そうして一人感慨に浸っていたからか、颯は気が付かなかった。


「お前のことだよ、………ばか」


叶が耳を真っ赤に染め上げながら呟いたその言葉に。

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