死を視る者が繋ぐもの

霧野

第1章 崖の村

第1話 ハスミュラ 13歳の朝


 広場の小屋の雄鶏が朝を報せる少し前から、ハスミュラは目を覚ましていた。彼女はいつも早起きだが、今日は特別な日だから尚更だった。


 13歳の誕生日。

 それは、自分の「性別」を選び、正式に決定する日。


 自分の中では、とっくに決めていた。だが今日、やっと正式に「女性」として認められるのだ。

 幼なじみのエマトールは数週間前、ひと足先に「男性」を選んでいた。だから、というわけでもないけれど……と、ハスミュラは心の中で言い訳した。


 簡素な寝台の上に膝立ちになって小さな木の扉を開け放つと、春先特有の浮き立つようなそよ風が入ってきた。少し肌寒いけれど、朝一番のまっさらな空気を胸一杯に吸い込む。なんていい気持ち。もうすぐ朝靄を透かして、緑深い向こう山のてっぺんから太陽が顔を出すのが見える筈だ。


 相棒マガリコの「メジロ」は、まだ眠っている。

 つる植物を思わせるひょろ長い手足を奔放に投げ出し、少し太っちょなお腹はメジロ鳥によく似た草色の和毛で覆われて、寝息と共に微かに上下を繰り返す。

 つるんとまあるいお顔から飛び出すちょんと尖った鼻がヒクヒク、口元はもぐもぐ。夢でもみているのだろうか。クロスグリみたいなまんまるのつぶらな瞳は、手足と同じ薄緑色の瞼によって今は閉じられている。


 メジロは少し朝寝坊の質だから、朝日が差し込まない場所がお気に入り。なので、ハスミュラの寝台の脇にある小棚の中段へ自分のベッドを持ち込み、ねぐらにしているのだ。

 かつてメジロの宿っていた、マガリの実。その殻でできたベッドは、ハスミュラの両手から少しはみ出すくらい。中に敷き詰められた柔らかな布に包まれてすやすや眠るメジロを起こさぬよう、静かに身支度を済ませる。


 普段はもっと実用的な服に基本的な道具類を身につけるのだが、今日ばかりは特別だ。最低限の物だけを携帯し、礼装する。

 革と布とで作られた長靴の外側ポケットに収納されたナイフ、腕に巻いた布製バンド入りの簡易裁縫セット、懐には薬の小袋。携帯するものはこれだけ。


 シンプルな肌着の上に、柔らかな薄い木綿を重ねた優美なスカートを履く。この日のためにと自ら糸を染め布を織って作った、パリッとした麻の上着を羽織り、腰には母から受け継いだ絹編みのベルトを。

 明るい色のふわふわした長い髪を念入りにまとめ、お手製の竹製髪留めで仕上げる。最後に、鹿角を削り出して作ったかんざしで装う。


 隣の家に住む、幼なじみのエマトールを起こしに行こうとすると、その当人が家から出てきた。肩には彼のマガリコであるヒタキが乗っていて、挨拶がわりにひょろりと細長い手を振ってくれる。


「おはよう。エマトール、ヒタキ。今日は早起きね」


 眠たげに目をこすりながら挨拶を返すエマトールの肩の上で、ヒタキがぴょんぴょん飛び跳ねた。後ろでひとつに括られたエマトールの艶やかな黒髪と、ヒタキの輝くような瑠璃色の体毛。その対比は、相変わらずとても綺麗だ。

 植物と動物、うんと小さな人間を混ぜこぜにしたようなその生き物の和毛にこげが、エマトールの耳や首筋をくすぐるのだろう。エマトールはくすぐったそうに首をすくめ、優しく「こら」と囁いた。


「今日は僕にとっても、特別な日だからね。13歳の誕生日おめでとう。ハスミュラ」


 エマトールが上着の懐から取り出したのは、綺麗な石で作られたペンダントだった。雫型のその石は透き通ったすみれ色なのだが、光の加減で青やピンク色にも見える、不思議な煌めきを湛えている。


 喜びに頬を上気させたハスミュラの首にそれをかけ、エマトールは照れたように笑った。

 その表情は、少し大人びて見えた。エマトールは最近、たまにこんな表情になる。見つめる相手を慈しむような、優しい表情。

 一足先に「男性」を選んだエマトールは、徐々に大人の男性へと近づいているんだ。そう思うとハスミュラの胸の奥が、きゅうっと絞られたようになった。


「朝一番にプレゼントしたくて。川で見つけた石を磨いて作ったんだ。気に入ってくれた?」

「ええ、もちろん。とっても綺麗。ありがとう、エマトール」

「ヒタキも手伝ってくれたんだよ。だからほら、はしゃいじゃって」


 得意げにぴょんぴょんと跳ねるヒタキに、ハスミュラは微笑んだ。

「ヒタキ、ありがとう。似合うかしら?」


 ヒタキは何度も頷き、エマトールの肩の上で宙返りを披露して、ハスミュラを賛美してくれた。自分の相棒マガリコほどではなくとも、大まかな意思の疎通はできるのだ。

 ヒタキがハスミュラの家に行きたがっている様子だ。メジロに会いたいのだろう。ハスミュラとエマトール同様、この2匹も隣どうし、共に育った間柄だ。


「おじさんもおばさんも、日の出前に山に入ったらしいよ。さっきヒタキが言ってた」

「よかった、なら昼過ぎには着くわね。メジロったらお寝坊だから、今朝はまだ話してないのよ」


 ハスミュラは自宅の家の簡素な木の扉を開けた。



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