第16話 リーチュンとイーゼ

「あ~あ、完全に塞がっちゃったねぇ~」



 小山が崩れ、入口が完全に潰れたのを見てリーチュンが呟くと、丁度その時、上空から鷹が2匹舞い降りてくる。


 リーチュンはその鷹の足の色を見て、一瞬にして表情が険しくなった。



「珍しいですわね、あなたが動物に好かれるなんて。」



 リーチュンの両肩の上にとまった鷹を見てそう皮肉を口にするも、その耳にはまるで届いていない。


 その明らかに変わった雰囲気に、イーゼはその鷹がただの鷹ではない事を悟る。



「イーゼ。アタイ……行くわ!」


「待ちなさい。あなたはなんで毎回衝動的に動くんですの! 説明くらいしなさい!」


「お願い、時間がないの。」 


「手短でいいから話して下さる? あなたがそんだけ焦っているのですから、わたくしも付き合いますわ。」



 そこまで言われてリーチュンは少しだけ落ち着きを取り戻した。



「あのね、この鷹は冒険者がピンチの時にアタイを呼びに来てくれるの。だけど、こっちの鷹は違う。この足が赤色の鷹はね……既に多くの人が死んでいる合図なの! だから!」


 今回、リーチュンの下に来た鷹は黄色の足の鷹と、赤色の足の鷹。


 通常、応援を求める時に飛んでくる鷹の足は黄色であり、その足色の鷹が来た場合は、急げば助ける事に間に合う可能性が高いのだが、この赤足は違う。


 事前に聞いていた内容が間違いないならば、赤足は既にかなりの人数が亡くなっており、かつ、今尚相当ヤバイ状況である事を告げる合図であった。


 そして赤足にはもう一つの意味がある。


 通常の鷹は応援を求めるものだが、赤足はリーチュンに戻ってこない……つまりは逃げる事を伝える為のもの。


 ギルドが用意した鷹は通常の鷹で、こっちの鷹はザンダーが用意した緊急用であり、今回は多分ギルド側が通常の鷹を、そして、赤足はザンダーが送った鷹だ。


 二匹が同じタイミングで来たのは偶然ではない。


 おそらく通常の鷹の方が先にここに来ていたが、リーチュン達が洞窟に入っていたため、辿りつけなかったのだろう。


 そしてその後、ザンダーが赤足の方を飛ばした。


 それは「もうどうにもならなくて危険だから来るんじゃない」というメッセージととれる。


 命を救ってくれたリーチュンに対するせめてもの報いだろう。


 それをリーチュンは既に察している。


 しかし、それで逃げるリーチュンではなかった。


 むしろ、今まで以上に急いで助けに向かわなければならないと思っている。


 そうなると問題はイーゼであり、彼女をそんな危険な場所に連れて行く訳にはいかないし、そもそも二人では移動速度が遅くなってしまう。


 だからこそ、何も告げずに救援に向かおうとしていたのだが……



「なんとなくわかりましたわ。では行きましょう」



 リーチュンのそれだけの言葉で、イーゼはある程度理解しそう答える。


 だが……



「ごめんイーゼ。イーゼと一緒じゃ多分間に合わない。だからアタイを信じてここで待ってて!」



 リーチュンはそう言って断るも、イーゼは、フンと鼻で笑い飛ばした。



「馬鹿にしないで下さる? わたくしがあなたの足で纏いになると? いいですか、リーチュン。わたくしが本気を出せばあなた以上の速度で目的地にたどり着けますわ」


「どうやって!!」



 リーチュンはそれをイーゼの強がりだと思った。


 そしてそんなやり取りを悠長にしている暇はないため、少しだけ声を荒げてしまうも……



「いいから見てなさい。」



 リーチュンと違ってイーゼは冷静にそう返すと、手に持った鞭を地面にピシンピシンと叩きつけながら魔法を唱える。



  【アースエレメント・メタルボート】



 すると大地が銀色に輝き始め、目の前に二人程乗れそうなボートが現れた。


 それは金属製の小型船。


 これはイーゼが試練の世界で随分とお世話になった乗り物であり、それをこの場において即席で作ったのである。


 幸いこの場所はメタルモンスターが多く生息していたからなのか、金属の粒子が多く存在しており、今回はオールメタルのボートを作る事ができた。


 いくら天魔賢導師であっても、素材のない場所で何かを創生することは不可能。


 そう言う意味でもこの場所は都合がよく、それもあって先ほどリーチュンに対し自信をもって断言したのだ。


 しかしながらリーチュンからすれば、確かにいきなり目の前に小舟が現れたのだから驚きはしたが、そもそも船とは水の中で動く物であり、こんな地上に出されても仕方がないと戸惑ってしまう。



 その様子を見て、イーゼは急かした。



「早く乗りなさい。急ぐんでしょ? これならあなたの足より速く進みまわすわ。」


「え? だってここは地上だよ? こんなもの……」


「いいから乗りなさい! 乗ってダメなら走っていくなりなんなりすればいいですわ!」



 イーゼがそう豪語すると、リーチュンは半信半疑のまま乗り込む。


 そしてその後ろにさっとイーゼが座ると、魔法を唱えた。



  【フレアバースト・エアロ】



 次の瞬間、爆音と同時にメタルボートの後部に取り付けられた円形の筒が火を噴くと、飛ぶような勢いでメタルボートが発車した。


 金属で頑丈に作られたそれは、目の前の木々を全てなぎ倒し、まるで阻むものなど何一つないかの如く、森の中を爆走していく。



 その速度は間違いなくリーチュンの本気のダッシュより速かった……。



 一方、その先頭に乗っているリーチュンは……



「あばばばばばばば……いたっ!」


 

 激しい風圧をモロに受け、更に飛んでくる木の破片等が顔にぶつかってきて悲惨な状況。


 そしてその後ろで、リーチュンを盾にして影響を感じていないイーゼ。



「さっきのお返しですわ。」



 どうやらお姫様抱っこを未だに根に持っていたらしい。


 それに対してリーチュンは少し涙目になりながらも言い返す。



「覚えてなさい、イーゼ!」



 そうしている内にもメタルボートは目的地に向かって爆走を続ける。



「あなたが何も言わないから多分大丈夫だとは思いますが、マーダ神殿でいいんですわよね?」



 目的地について聞いていなかったが、十中八区マーダ神殿に戻ればいいと判断したイーゼは進路をマーダ神殿に向けていた。



「そうよ。この速度なら間もなく着くわね。それにしても本当にこんな早く移動できるなんて……」



 リーチュンの想像を遥かに超えた移動方法。


 最初こそ疑ってしまったが、これは間違いなく自分の全力よりも速い。


 そして大分この乗り物にも慣れたリーチュンは落ち着きを取り戻していた。



「だからできるって言ったですわよ。」


「悔しいけど、アタイの負けね。」



 そのまま二人はあっという間に後少しで樹海を抜けるといった場所まで来ると、嫌な臭いを感じる。


 それは……血の匂いだった。



「一体何が起こっているの……」


「行ってみればわかりそうですが、嫌な予感はしますわね」



 樹海まで届く血の臭い。


 その臭いは、おそらくまだかなり遠く離れた場所からここまで届いたものだろう。


 なぜならば、まだ付近で誰かが戦っている音や声までは届いていないからだ。


 ということは……二人が想像するより遥かに多くの血が流れているのかもしれない。


 焦燥感に駆られながらも、ようやく樹海を抜けることができると、二人は最悪なものを目にした。


 それは余りにも多すぎる、魔物の大軍勢。


 自分達がいるマーダ神殿の南側はなぜか多くはないが、西と東は遠目からでもわかるほどの大軍勢が押し寄せているのが見える。


 あれほどの軍勢、それも全てが凶悪化された魔物であれば、どれだけ有能な指揮官がいようとも止める事はできないだろう。


 実際、はっきりとは見えないが押し寄せる魔物達が一時的に止まる時があるが、それはきっと冒険者や兵士が足止めとして戦っているためと思われるが……ほとんど時間稼ぎにもなっていない。


 一体どれ程の命が失われてしまったのだろうか。


 そして、あの戦場に自分達が加わったところでどれだけ救えるだろうか。


 ザンダーが逃げろと知らせた理由を、今はっきりとリーチュンは理解する。



 既にイーゼはメタルボートを停め、リーチュンと共にその大虐殺ともとれる状況を確認するも、意外な事にリーチュンが飛び出していかない。


 不思議に思ってその顔を覗き込むと、リーチュンは涙を流していた。



「アタイ……アタイどうすればいいの?」



 流石にあの大軍勢に突撃すればリーチュンとて無事では済まないとわかる為、踏み込めずにいたのだ。


 だが目の前で多くの人が死に続けている。


 それを止める力が自分にはない。


 その想いが涙となって流れ落ちていた。


 そしてその想いはイーゼも同じ。


 できるなら助けたいと思うが、レベルアップで大幅に増えて回復した魔力も、小山の維持と今回のメタルボートで大きく消費してしまっている。


 もしも万全であれば、リーチュンと力を合わせれば多少はどうにかなりそうだが現状では難しい……というよりかは、あそこに行ったら間違いなく二人とも死ぬ。


 そう冷静に判断していた。


 だからこそ、あえて口にする。



「少しばかり……遅かったですわね。この状況では……」


「まだ遅く……ない! イーゼ、あなたはここに残って!」



 リーチュンは覚悟を決めた。



「あなた、自分が何を言っているかわかってますの? ここで死ぬつもりですの?」


「ううん。死にたくない! サクセスに会うまで絶対死にたくない!」


「なら諦めなさい! 生きていれば次がありますわ!」


「だからってこのまま見てるだけなんてできないわ!」



 二人はそのまま黙って睨み合っていると、突然街の北側から蒼い光が昇るのが見えた。


 それを見て、再びリーチュンの瞳から涙が零れ落ちる。


 その光が何であるのか、二人は知っていた。


 そしてそれこそが、二人がずっと待ち焦がれていた者がそこにいる証。



「サクセス……サクセスだわ! イーゼ!」


「えぇ、間違いないですわね。あれはサクセス様の光」



 その蒼き光は、幾度となく自分達を救ってきた、サクセスの必殺技ディバインチャージ。


 それを目にしただけで、二人の体の奥底から力と勇気が沸きあがり、絶望の色が払拭される。



「イーゼ……」


「わかっていますわ。合流……いえ、わたくしたちはわたくしたちでできる事をして、援護をしますわよ。」



 今すぐにでも会いに行きたい


 この胸の高鳴りが止まることはないだろう。


 しかしそれではダメだ。


 もう間違えない。


 サクセスの力になる為に戻ってきたんだから、やるべき事をやる。


 イーゼは拳をギュッと拳を握りしめた。



「西と東の魔物が南に迂回してきていますわね。まずはそれを片付けますわよ」


「わかったわ! サクセスに成長したところをみせないとね!」



 遂に長い時を経て、二人はサクセスとの邂逅を果たす事となるのであった。



 特別編 完


 

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