第23話 婚約
「変わらないな、ソレイユは。見た目以外……。」
「カリーこそ全く変わってないでがんす。」
ソレイユの話が終わると、カリーはソレイユの顔をじっと見つめる。
当然昔の面影は残っているが、やはり加齢に伴ってか、顔つきもそうだが随分老け込んで見えた。
「つうかさ、もうその言葉遣いはいいんじゃねぇか? 今のお前だと、違和感半端ねぇぞ。」
元々ソレイユの可笑しな言葉遣いは、勇者と旅をする際に王子と思われない為にしていた事。
今は隠す必要もなければ、向こうの世界でいう王様なのだから使う必要はない。
というよりかは、そもそもそんな言葉を周りの者に聞かれたら、遂にボケたと思われてしまうのではないかと不安にすらなる。
そう考えたからこそ、カリーは言ってみたのだが、ソレイユは首を横に振った。
「俺っちにとって、この言葉遣いは誇りでげす。」
ソレイユからしたら、その言葉遣いこそ、唯一何十年もの間消える事のないカリー達の絆。
そしてカリーと昔と同じ様に話す事で、その心もまたあの当時に戻る事ができた。
当然カリーの前以外でこういう風に話すことはないが、やはり今だけはあの当時と同じ様に話したいという思いが強かったのである。
「……そうか。そうだよな。」
カリーもまたソレイユの想いを察して、それ以上は言わないつもりだったが……。
「カリーがそう言うなら……まぁそうするかのう。ふぉっふぉっふぉ。」
「ブッ! いきなりジジイになんなよ!!」
「実際、もう爺さんじゃからのう。」
突然お爺ちゃんモードに入るソレイユ。
いきなりすぎて、カリーは思わず吹いてしまう。
その様子を見てソレイユは年相応に笑い出した。
「いや、なんかそれも違和感が……まぁいいや。それよりも、まだ何か話す事あるんだろ?」
「気付いておったか……率直に聞くがよいか?」
「あぁ、なんでも聞いてくれ。」
カリーがそう言うと、ひと呼吸開けて尋ねる。
「ロゼの事をどう思う?」
「はっ? いや、どう思うって、ローズに似てるし、性格も気立ても良さそうな子じゃないか?」
どう思うといきなり聞かれても、カリーは答えあぐねてしまう。
正直、ロゼの事については未だに整理しきれていないかった。
なので、あたりさわりのない客観的な事しか口にすることはできない。
しかし、その返答に満足そうに頷くソレイユ。
「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシの自慢の孫じゃ。ならどうじゃ? ロゼと一緒になるつもりはないか?」
「ブハッ!! いきなりすぎるだろ!」
突然過ぎる婚約話に、カリーは飲んでいたお茶を吹き出した。
「カリーが変わっていないのを見て、ワシは運命じゃと思った。この国は息子ではなくカリーに譲る。そしてロゼと一緒になって、ワシらの夢を叶えないか?」
そう語るソレイユの瞳は真剣であり、冗談で言っている感じではない。
だからこそ、カリーもまたその言葉を真剣に受け止めつつ、ゆっくりと口を開いた。
「弱者が守られる世界……だったな。何度も語り合ったからな、お前とは。」
「そうじゃ! どうじゃ悪くない話じゃろ?」
不安そうな顔を浮かべていたソレイユであったが、カリーの言葉を聞き、喜色を浮かべる。
……だが
「そうだな。それもいいな……と言いたいところだが、ダメだ。」
「なぜじゃ!! どうしてじゃ! ロゼとワシとカリーで夢を叶えることができるのじゃぞ!」
「……ソレイユ。ロゼはローズじゃない。それに俺の……いや俺達の夢はそんな小さなものじゃなかっただろ?」
「どういう事じゃ?」
「今、世界は危機に瀕している。その中でこの国だけを守るなんて無理な話だ。だから俺はサクセスと共に世界を救わなければならない。前の世界ではあと一歩のところで届かなかったが、この世界では必ず救ってみせる。じゃないと……俺は夢の先には進めない。」
カリーは、あの時……フェイルに逃がされた時の事を思い出したのか、辛そうな表情を浮かべていた。
そしてソレイユもまた、あの時の事を思い出し、カリーの答えの意味を理解する。
「……残念じゃが、カリーの言う通りじゃな。この大陸外の事はわからぬが、この大陸もまた危機に瀕しているのも事実。自分達だけの事を考えるなんて、どうかしていたのじゃ。すまぬ、カリー。」
「いや、それが普通だと思うぞ。それに、ソレイユは自分の事だけを考えている訳じゃないだろ? お前はいつだって、広い視野で物事を考えて動く奴だ。さっきの事だって、この国の事を思っての事だってわかってるさ。」
「そう言われるとむず痒いのう。そうじゃな、ワシは焦り過ぎていたようじゃ。これだけ歳をとると、いつ迎えがくるかわからなくなっていたからのう。じゃが、それとは別にロゼと一緒になるのは構わないという事かのう?」
還暦を過ぎたソレイユは、確かにいつ死んでもおかしくはない。
だが哀愁漂わせて話しているにもかかわらず、最後にサラッとぶち込んでくるのも相変わらずだった。
しかし、カリーの答えは早い。
「悪りぃ。それも無理だ。別にロゼが嫌いとかじゃない。だけどな、ローズに似ているからって、ローズの代わりみたいに思っていたら、ロゼちゃんが可哀そうだろ。だから今は無理だ。悪いな、ソレイユ。」
今でもカリーの中でローズへの想いは色褪せてはいない。
だからこそ似ているからといって、ロゼを見る自分の視線の先にローズがいるのではあまりに酷だ。
そう思うからこそ、中途半端な気持ちで一緒になるなど言えるはずもなかったのである。
「そうか……そうじゃな。なんだか、ワシばかり浮かれてしまって馬鹿みたいじゃな。」
カリーの返答を聞いたソレイユは、残念そうに自虐的に笑うが、カリーはその顔に違和感を感じた。
「いや、そんな事ねぇよ。俺だって複雑なんだ。それよりも……まだ何か隠していることがあるだろ? というか本当の事話せや。」
カリーは、ソレイユが隠しているであろうことについて追及すると、ソレイユはハッと顔を上げて驚く。
「……そんなにワシはわかりやすいか?」
「あぁ、つうかお前だからわかるんだよ。どんだけ一緒にいたと思ってるんだよ。お前が急いでいた理由、それはお前の年齢じゃなく、ロゼの病気の事じゃないのか?」
カリーはある程度予想していた。
ロゼが今朝血を吐いた事、そして、鬼気迫る勢いで部屋に入ってきたソレイユ。
それを見れば、ロゼの状態が普通でない事など容易に予想できる。
……にもかかわらず、自分との婚約を迫ってきたのだ、そう考えればソレイユがいきなり婚約の話を進めてきたのも納得だ。
「その通りじゃ。ロゼは不治の病にかかっておる。今でこそ安定しているが、いつ命を落とすかわからないのじゃ。ワシは……二度も失いたくない。何もできぬまま……また……。」
悲痛な面持ちを隠すように、両手で顔を覆うソレイユ。
ローズが死んだとき、何もできなかった事に心を苦しめていたのはカリーだけではない。
ソレイユもまた、何十年経とうともあの当時の悲惨な思いは消えていなかったのだ。
「やっぱりな。そんな事だろうと思ったぜ。でも安心しな。俺の仲間に一人、ロゼの体を治せるかもしれない奴がいる。そういう状況なら一度サクセス達と合流して、その人を連れてくるぜ。」
「ほ、本当か!? 治せるのか!!」
「わかんねぇ。だけど、その子の回復魔法はケタ違いだ。それに、知識も半端ねぇ。魔法で無理だとしても何かしら手掛かりは得られるはずだ。期待してていいぞ。だから一人で抱え込むな、ソレイユ。もうお前は一人じゃねぇ。」
その言葉にソレイユは、大粒の涙を静かに流す。
これほど安心したことなど、この世界に来てから一度もなかった。
そのくらい、カリーがいるという事実がソレイユにとって大きな事であったのである。
「……カリー。すまんのう、歳をとって涙腺が緩くなったようじゃ。本当に信じてよいか? カリー。」
「当たり前だろ! 俺とお前の仲で嘘はねぇ。今度こそ必ず救うぞ。ソレイユ。」
あの時と同じようにカリーがソレイユに手を差し伸べると、ソレイユはその手を取って強く握る。
その手を握った瞬間、全身から力が湧きあがった。
初めて二人が心を交わしたあの時、その当時の想いがフラッシュバックする。
「そうじゃな。今度こそ、必ずじゃ! ワシにできる事はなんでもするぞ。」
「あぁ、期待しているぜ。じゃあ俺は一度戻ってサクセスに話してくる。直ぐ戻るから待っててくれよ。」
カリーはそう告げると、急ぎ、サクセスが泊まる宿に戻るのであった。
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