Episode of Siroma 3


「キャァァァァ……あ……あれ?」



 勢いよく穴に飛び込んだシロマは、急降下を想像し、悲鳴を上げた。

 しかし、自分が落ちる速度が、不自然に遅いことに気付く。

 そして目の前には、同じように落下しているニッカクウサギがいた。



「あの、私をどこに連れていくんですか?」



 おそるおそる、無駄だと知りながらも、うさぎに声をかけるシロマ。

 しかし、驚く事に、その質問にうさぎは答えたのだ。



「初めまして、巫女さん。まずは、僕を追ってきてくれてありがとう。礼を言うね。まぁ、あそこで僕を追わなければ、誰もいない世界に、死ぬまで閉じ込められていたけどね。」


「え? しゃべった!? いえ、それよりも閉じ込められていたというのは、どういうことですか?」



 無駄と分かりつつも、人形に話しかけるくらいの気持ちで声をかけたシロマは、目の前のうさぎが、自分と同じ人間の言葉を話した事に驚愕する。


 しかし、それよりもその内容の方に、興味……というか恐怖を感じた。



「そのままの意味だよ。もう既に試練は始まっているってことさ。まず最初の試練は、僕を見失わずに追いかけて、この穴に飛び込む勇気を見せることなんだ。当然、それをクリアしなければ、そこから一生でれないってわけ。理解できたよね?」



「は、はい。理解しました。大丈夫です……。」



 そう言いながらも、シロマの体は、小刻みに震えている。

 もしも自分が躊躇していたら、自分はその場で死んでいた。


 それを思うと震えが止まらなかった。



「もう安心していいよ。これからは、もう少し楽になるから。それにしても君は、運がいいね。」


「運? どうしてですか?」


「見たところ、グリム世界に入るのは初めてでしょ? 初めてで、この本を選んだのは運がいいよ。」


「え? どうしてわかったんですか!?」



 いきなり、自分の状況を言い当てたうさぎに、またも驚きを隠せない。



「ははは、君の事を見れば、僕じゃなくたってわかるよ。それでね、君には選んで貰いたいんだ。」



 突然、話が進みだし、シロマの明晰な頭でも、理解が追いつかない。



「すいません。話がわかりません。よろしければ、まず運がいいといった理由から教えてもらってもいいですか?」



 故に聞いた。



「あ、ごめんね。僕ってせっかちだからさ。そうそう、運がいいよ。このグリムワールはね、君のサポーターを見つける本なんだ。グリムワールにはそれぞれ意味があってね、この本は、そういう本。深いところまでは、教えられないけどね。それでね、僕を選ぶ? それとも他にする?」



 そのうさぎは、グリムワールの事について、かなり詳しく知っている様子だった。

 どうやら、シロマは運が良かったらしい。

 ここで、この世界の事を知っている者を味方につけられるのは、確かに大きい。



「わかりました。ですが、もう一つだけよろしいですか? 選べ、と言われても、私の前にはあなたしかいません。他の選択肢はないように思えるのですが……。」



「あはは。バレた? そうだよね、そりゃバレるよね。うん、実を言うと、もうすぐこの穴が終わるんだ。穴から出た世界は、さっきと別の世界。そこでは、今まで見た事もないような、不思議な生き物が沢山いるんだよね。それで、君の今回の試練は、その中で誰か一人を選んで、この物語をクリアすることなんだ。」



 ニッカクウサギは、当たり前の事のように、淡々と説明する。

 さっきズルい質問をしたことも、悪びれる様子もなく、素直に暴露した。



「そういうことでしたか……わかりました。では、私は選びます。あなたを!」



 力強い声で宣言するシロマ。

 本来、慎重な性格であるため、決断力に乏しいはずが、今の彼女は違った。

 思えば、この本を選んだ事も、この本に入ることも、全て本来のシロマの行動ではない。



 この世界に来る前に、シロマは誓った。



 試練で力を得て、必ず生きて帰ることを。

 しかし、自分にその自信はない。

 

 だから考えた。

 それならば、少しだけ力を借りてみようと。

 そう、サクセスの力を……。



 サクセスは、一見、何も考えないで行動しているようで、それらは全ていい方に繋がっていた。

 だから、困った時や悩んだ時、サクセスならどうするかを選べばいいと思ったのである。

 今まで、ずっとひそかに見続けていた、サクセスの行動。

 間違えるはずもない。



 実は、こう見えてストーカー気質のシロマ。

 普段、無関心な顔をしているシロマであったが、いつの頃からか、その視線は、ずっとサクセスを追っていた。

 


 食事をするサクセス、仲間と色んな表情で話すサクセス、トイレにいきたいのを我慢しているサクセス。

 

 それらの行動は、常にシロマに見られて……いや、観察されていた。

 サクセスがそれ知ったならば、驚いて逆立ちバク転でもしてしまいそうである。



 シロマは知識欲が強すぎるため、興味をもったものに対して、貪欲だった。 

 根底にあるのが恋愛の情であっても、それは変わらない。

 しかし、人に興味をもったのは初めてである。

 そして、それが人に対するものと変わると、その行動はストーカーと呼べるレベルにまで発展していた。



 そんなシロマにも、一つだけわからないことがあった。

 サクセスが、一人で部屋にこもっている時の行動である。



【回想】



 サクセスの全てを知りたいシロマは、当然、サクセスが部屋に入った時、何をしているのか気になった。


 

 人のプライバシーを覗くのは道義に反している。



と、自分を戒めるシロマであったが、やはりその好奇心は抑えきれなかった。



 見ないで聞くだけならばと、自己肯定し始めるのである。



 ある日、サクセスが一人で部屋に篭った時、遂に決心したシロマは、そのドアに耳をあてて、様子を探った。

 しばらくすると、不思議な音が聞こえてくる。

 


 シュッシュッシュ……



 それは、何かを小刻みに摩っているような、テンポのいい音。

 そして、最後に……



「ハゥアッ!」



という小さな叫び声と共に、その音がおさまった。



 その一連の音と声に、謎は深まる。

 だからこそ、気になって仕方がなかった。



「一体、中で何を……?」



 シロマは、そのままドアの前で考え込んでいると、サクセスがスッキリした顔で出てきた。



「おわっ! シ、シロマ!? なんでドアの前にいるんだよ。」


「あ、いえ。たまたま通りかかっただけです。サクセスさんは、何をしていたんですか?」



 白々しく嘘を平然とつくシロマ。

 その顔は無表情であったが、内心ではビクついていた。



「え? ナニって……。いや、訓練、トレーニングだよ。(イメトレだけど)」



 サクセスは、今日のおかず……いや、訓練相手が、いきなりドアの前にいたものだから驚いたのだった。



「そうだったんですか! 今度是非、私にも、そのトレーニングを教えて下さい!」



 キラキラした期待の目で、サクセスを見つめるシロマ。

 罪悪感から、その目を合わせられないサクセス……。



「あ、あぁ。いや、これはちょっと……すまんシロマ! いつか必ず教えるから! そん時は……一緒にヤろうな! それまで待っててくれ!」


 そういって、新しいおかず(妄想)を手にしたサクセスは、その場から走って立ち去る。

 それ以上、詳しい事を追求されたくなかったのだ。


 結局シロマは、どんなトレーニングだったか教えてもらえなかった。

 その後、森の中や、馬車に一人で入った時も、同じ音が聞こえたが、覗いたり、聞き耳は立てない。



 いつか教えてくれると、約束してくれたから信じる事にした。



 と、なぜかそんな事を思い出すシロマ。



 そう、今まで散々、サクセスを見続けてきたのだ。

 自分は信じられないけど、サクセスならば信じられる。

 だから、自分の信じるサクセスと、同じ行動をすることに決めたのだった。



「君、見た目と違って、随分度胸があるね。そんなに簡単に、決めちゃって大丈夫? 本当に僕でいいの?」



 そのうさぎは笑ったような表情で、いたずらっぽく聞いて来る。



「はい、問題ありません。これが私達の決めた答えです。」



 あえて、私達と表現するシロマ。

 その言葉に、不思議そうな表情をするニッカクウサギ。



「ふ~ん、まぁいいや。じゃあ今から僕は、君のサポーターね。それは、もしもこの世界をクリアしても、ずっと変えられないからね? 本当にいいんだね、それで?」



 シロマの決定に、念を押して確認するウサギ。

 だが、シロマの決意は変わらない。



「はい、よろしくお願いします、うさぎさん。私の名前はシロマです。」


「そっかぁ、僕はラビッツだよ。じゃあ、これから末永くよろしくね! 君が理を解き明かすか、死ぬまで一緒だよ。」



 不吉な言葉を吐く、ラビッツ。

 しかし、シロマは恐れない。

 なぜならば、心の中に、仲間達……そしてサクセスがいるからだ。



「わかりました。色々ご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。」



「うんうん、いいよ。僕はシロマが気に入ったよ。あ、もうすぐ出口だね! 二人で頑張って、この物語をクリアしようね!」



 ラビッツがそう言うと、シロマの視線の先にも、光り輝く出口が見えてくる。

 遂に、シロマとラビッツによるグリムワール攻略が始まるのであった。

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