第38話 シャナクの記憶
マーダ神殿の街より出た、総勢12名もの兵士達が今、西の大森林方向へ馬に乗って駆けている。
街の駐屯地にて警戒待機していたその部隊は、町の者より、一人の男がフラフラと外に出て行ってしまったとの報告を受け、その男の捜索に向かった。
先の勝利により、この辺りの魔物は落ち着いたとは故、未だ予断の許さない状況には変わりない。
そんな中、その先頭を颯爽と走るは、ライブハット最高戦力のブライアン。
その後ろに続く、彼が率いるその部隊は、
【ベンリー特戦隊】
と呼ばれるライブハット国の精鋭部隊であり、当然隊長はブライアンである。
ちなみに部隊は四人一組の三パーティで構成されており、同構成は
パラディン 三名
バトルマスター 三名
賢者 三名
レンジャー 二名
魔法戦士 一名
と、全て上級職業で固められ、かつ、バランスの取れた編成だった。
「隊長! 森から何かが出てきます! 止まって下さい!」
そう声を上げたレンジャーの一人は、索敵スキルの効果範囲に入る為、ブライアンを追い抜くと……次の瞬間に氷漬けにされてしまう。
「アトス!? 全軍止まれ!!」
ブライアンは、全軍を停止させて馬から降りると、森から飛んできた何かが高速で接近してきた。
目の前に降りてきたそれは、今までに出会った事がないモンスター。
人と同じ二足歩行で、人に近い顔。
一見すると人に見えなくもないが、そうでは無い事は直ぐにわかる。
何故なら目の前のそれは、頭に二本の角を生やし、背中には巨大な漆黒の翼があった。
俗にいう、悪魔と呼ばれる強力なモンスターだとブライアンは推測する。
「モロチャ! すぐにアトスに回復魔法をかけて下がるでござる! 各自戦闘態勢! 補助魔法も忘れるな!」
すぐさまブライアンは全パーティに指示を飛ばした。
モロチャと呼ばれた賢者は、直ぐにアトスの下に駆け付けて【エクスヒーリング】をかけると、もう一人の賢者は、直ぐにパーティを強化させる為に補助魔法を唱える。
ブライアン達は精鋭部隊と呼ばれるだけはあり、その行動は早い。
ーーがしかし、何故か補助魔法は発動しない。
発動したのは、最初に唱えたエクスヒーリングだけであった。
その答えはすぐにわかる。
賢者たちが魔法を使おうとしている間、そのモンスターが何もしていないはずがなかったのだ。
そのモンスターは腕を前に差し伸ばすと、ある闇魔法を唱えていたのである。
それは魔族のみが使える闇魔法で、一定エリア内の魔法をかき消す【カースフィールド】と呼ばれる魔法だった。
「馬鹿な! 全員馬に乗れ! マーダ神殿に戻るでござる!」
長年の経験からか、ブライアンの全身が警笛を鳴らしている
ーー目の前の敵と戦ってはならないと。
故にその判断は早かった。
……しかし
「逃がすわけがありませんよ。あなた達の行動は全てわかりますからね。キィェェェェェェ!!」
そのモンスターは、まるで人間のような丁寧な言葉遣いで話し始めると、突然【おたけび】をあげた。
すると、ブライアン達が乗っていた馬が全て気絶して倒れる。
「なに!? お前は一体何者だ? まさか……お前が魔王でござるか?」
その規格外の強さと理知的な話し方から、ブライアンは目の前にいる者を魔王だと推測するも
……それを即座に否定される。
「いえいえ、私などを魔王様と一緒にされるなど恐れ多い事でございます。私の名前はデスバトラー。魔王様の手下に過ぎませんよ。」
その言葉にブライアン達は恐怖した。
魔王とは、今目の前にいるこいつよりも強いのかと……。
だがそんな事よりも、ブライアンは決断をしなければならない。
この情報を持ち帰る為、半分が囮となり、残り半分を逃すか。もしくは、全員で蜘蛛の子を散らす様に逃げていくか。
どちらをとっても、自分だけは足止めをする事になるだろう。
少しでも生存率を上げる為、ブライアンは方針を早く決めなければならない。
だがどういう訳か、目の前の敵は雄叫びをあげた後、一向に攻撃してこず、こちらの質問に丁寧に答えてくれている。
それならば、せめて逃げる前にもう少し情報を探る事に決めた。
そして後にブライアンは後悔する。
この時の判断が大きく間違っていた事に……。
「お前は魔王に命じられて単身でマーダ神殿を襲いにきたでござるか? だが残念だったでごさる。あそこには勇者様率いる最強パーティがいる。吾輩達を倒したところで、お前だけじゃ勇者様には勝てないでござるよ。」
あえて勇者の名前を出しつつ、情報を探るブライアン。
すると意外な事に、デスバトラーはそれを首肯しつつ、欲しい情報を話してくれた。
「わかっていますともそのくらい。私はただ魔王様にあなた達を殺すように言われただけです。あなた達を殺したら、すぐに魔王様のところに戻りますとも。」
その言葉を聞いてブライアンは理解すると同時に、覚悟を決める。
自分がこの場でデスバトラーを抑えている間に、仲間全員を逃すと。
「皆の者きけぇーーい! 全員ここから走って逃げろ! 吾輩が時間を稼ぐでござる!」
ブライアンはそう叫ぶと同時にデスバトラーに襲い掛かるが、それよりも早く、デスバトラーが口から黒いの炎を吐き出した。
その黒い炎は想像を絶する威力であり、付近一帯を一瞬で炭に変えてしまう。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「た、たすけてくれぇーー!」
「燃える! 俺の体が燃えるぅぅ!」
なんとその一撃により、ブライアン以外の全員が一瞬で全滅してしまった。
だがブライアンだけは、ライブハット国の秘宝【フレイムアーマー】のお蔭で軽傷で済む。
この鎧は炎の効果を打ち消し、そのダメージを激減させるのだが、それでもこの黒き炎の前では全てを防ぐ事は叶わなかった。
全身に大火傷を負うブライアン。
だが、それでも姿形を残さず、一瞬で骨まで溶かされた他の仲間に比べれば、軽傷とも言えよう。
「逃がすはずがないでしょう? 先ほど言いましたよね? あなた達を全員殺すと。どうやら一人は殺し損ねましたがね。」
まるで当然の事のように言い放つデスバトラー。
さっきから饒舌に話していたのは、どうせ死ぬ者達とわかっていたからである。
そして唯一生き残ったブライアンは、全身に走る痛みを堪えて立ち上がった。
「きっさまぁ! よくも仲間達を! お前だけは絶対に許さんでござる!」
仲間達の死に、激情に駆られたブライアンは特攻する。
ブリザック斬り!
敵が炎を放った事から、氷が弱点だと判断したブライアンは、氷属性の斬撃を放った。
ーーがしかし、デスバトラーはいとも簡単にその剣を片手で受け止める。
「ふむ、いい判断ですね。しかし、弱い。その程度の攻撃に魔法を使うまでもない。」
そういうと、デスバトラーは右手拳でブライアンの腹部を殴り飛ばした。
「ガッはァァ!」
その一撃で内蔵をやられたブライアンは、口から大量の血を吐き出す。
「弱い。弱いですねぇ。それでもライブハットに名を轟かす魔法戦士ですか? これでは話になりませんね。」
「な、なぜ、それを……。」
突然自分の事を話したデスバトラーに、ブライアンは驚いた。
しかし、どういう訳か話した本人であるデスバトラーが困惑している。
「はて? なぜ私はあなたの事を知っているのでしょうね? うーん。よくわかりませんが、まぁどうでもいい事です。後で魔王様に聞いてみる事にしましょう。」
デスバトラーは自分に人間の頃の記憶が残っている事に気付いていない。
まだシャナクの記憶がその中にあると。
そして困惑している隙に、ブライアンは何かを袋から取り出すと、そっと宙に放つ。
それは、誰もが知るアイテム
【キマイラの翼】
だった。
すると、突然上空にキマイラが現れると、その背にブライアンが飛び乗る。
それを見て初めて焦るデスバトラー。
デスバトラーは知っている。いや、覚えていると言った方が正しい。記憶の中にある、そのアイテムと現れたものが何であるかを。
幽世とこの世界を行き来するその生物は、キマイラと呼ばれる幻獣。
これに乗られると、乗った者もまた幽世に身を置く為、攻撃が届かなくなるのだ。
故にそうなると手出しができない。
まさかここに来て、勇猛なブライアンが逃げるとは夢にも思わなかった。
「しまった! 王国戦士長ともあろう方が、死んだ仲間を置いて逃げるというのですか?」
デスバトラーは叫ぶも、それをブライアンは血の涙を流して睨みつけている。
デスバトラーが言うように、本来ブライアンは死んでしまったとはいえ、仲間を置いて逃げるような男ではない。
だがそれ以上に、この危機をマーダ神殿に伝えなければならないという責任感が、彼に逃げることを選択させた。
ここで自分が死んでは、マーダ神殿……いや、人類にとって大きな脅威となるこの事を伝える事が出来なくなる。
そうなれば死んだ仲間もまた、死んだ事実も知られず、弔われる事もないだろう。
故に、逃げる事を選択したブライアン本人が、一番自分の行動に怒りを覚えていた。
「お前は……お前だけは絶対に吾輩の手で倒すでござる!」
その言葉を残して、キマイラはマーダ神殿の町に飛んで行った。
そして残されたデスバトラーは、まるで人間の様にがっかりと肩を落とす。
「困りましたね……これではまた叱られてしまいます。まぁでも、いつもの事ですね。」
シャナクの頃の記憶から、怒られることには慣れていると感じるデスバトラー。
デスバトラーは生まれたばかりであり、怒られたことはないにも関わらず、その矛盾には気づかない。
こうしてなんとか逃げ延びたブライアンは、マーダ神殿の町の広場に落とされると、その場に倒れ込んで慟哭を上げていた。
「う、うおぉぉぉぉぉ! 吾輩は! 吾輩はぁぁ!」
自分の判断が遅かったばかりに、仲間を全員失ってしまったブライアン……
すまない! すまないでごさるよ!
吾輩が不甲斐ないせいで……お前達は……。
あいつだけは絶対に許さぬ!
この手で必ず、奴だけは倒してみせるでござるよ!
そう強く心に誓うのであった。
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