第10話 恋する勇者
アタシ達は今、船の上にいる。
これから向かうのは、ライブハットというお城。
そこまで行けば、目的のマーダ神殿まで後少しみたい。
早く会いたい。
今何をしているの?
ねぇ……サクセス……。
結局、ノアニールの町でサクセスの情報は無かった。
マーダ神殿に行くには、ノアニールから船を使ってライブハットに行くしかない。
つまり、サクセスは必ずこのルートを通っているのは間違いないはず。
それなのにノアニールに情報が無かったって事は、
何か急ぎの理由があって、町に着いてからギルドに寄らずに船に乗ったのだと思うの。
いずれにせよ、まだ急げば間に合うはずだわ。
でも船旅は初めてだし、20日間も船に乗っているなんて考えると、気が滅入ってきてしまう。
だけど、サクセスも同じ様にこの船に乗って旅をしていたのだと思うと、不思議と温かい気持ちになる。
ここにサクセスはいないけど、同じ道をたどっているという事実が、まるで一緒に旅をしているように感じるわ。
ここにサクセスがいたら、20日間何して過ごしたのかなぁ?
愛を語りあっていたのかなぁ?
それとも昔話に花を咲かせていたかなぁ?
お互いの両親の話でもしてたかなぁ?
そんな事ばかり妄想してしまう。
もしかしたら、ここでお互いの初めても……
キャ! サクセスのエッチ。
でも、会えたら絶対ぱふぱふしてあげるんだから!
私のぱふぱふで骨抜きにしてみせるわ!
ビビアンは甲板にた佇みながら、ホッペを両手で押さえると、「もー!もー!」と言った風に首を振り、身悶えている。
アタシがこんな事ばかり考えてしまうのには、理由があるの。
そう、暇なのよ。
とっても暇なの。
一人の船旅がこんなに暇だとは思わなかったわ。
注※ シャナクは、同伴しています。
ちなみに、船の周りには聖水が撒かれているため、モンスターに襲われることはない。
「あ~あ、こんなに暇なら、空からモンスターでも襲ってこないかなぁ……。」
そんな事を呟くビビアン。
それを聞いて青ざめているシャナク。
「勇者様は大丈夫かもしれませんが、船が壊れたらみんな死んでしまいます。当然ライブハットにも行けませんよ。」
ビビアンの呟きにシャナクが反応した。
「わかってるわよ、そんな事。ただ一人旅が暇なだけよ。気にしないで。」
「あの……一応、私もいるのですが……。」
「あぁん? なんか言った?」
突然の般若モード!
「いえ、なんでもありません。私は空気です。私は空気、私は空気……。」
自分でそう言いながら、悲しくなってくるシャナク……。
そんなシャナクを気にする事もなく、ビビアンは鬱蒼とした気持ちを吐き出す。
「あ~、もう! いつになったらサクセスに会えるのよ。サクセスだって、今頃私に会いたくてたまらないはずだわ!」
そこでビビアンは、ある事に気がついた。
急いで旅に出たから、サクセスに会った時に着る服がないという事に。
「そうだ! 久しぶりに会った時の為に、可愛い服を買わないと! もちろん、大人な下着もね……うふふ。サクセスの驚く顔が浮かんでくるわ。あ~! もう! 早く会いたいわ。」
シャナクが隣にいるにもかかわらず、ビビアンの妄想は止まらない。
ビビアンは、サクセスの事を考えている時、完全に乙女モードであった。
いつも一緒にいた時は、ここまで思う事は無かったのだが、やはり離れてから分かるものもある。
ビビアンにとっては、それがサクセスだったのだ。
シャナクは、そんな乙女モードのビビアンを見て、ずっとこのままでいてくれたらと思う。
この可憐で、物憂げな顔
……が
般若に変わるんだから、たまったもんじゃない!
船旅は順調だった。
このまま進んで行けば、後一週間もすれば着くだろう。
戦闘もなく、無理に急ぐ事もできない船旅……。
シャナクは感激していた。
船旅が、こんなにいいものだとは思わなかった。
ここでは、どんなに慌てても結果が変わらないため、ビビアンが鬼気迫る勢いで焦らないのである。
つまり、何かあれば鉄拳制裁といったことが一切ない。
もうこのまま、ずっと船旅でいいのでは?
ビビアンは時間を持て余しているせいか、終始、サクセスの事を考えては乙女モードに入っている。
当然、それはシャナクの援護も関係していた。
シャナクは時折、ビビアンから語られるサクセスの思い出話に相槌を打つだけではなく、その妄想を膨らませるような事を言ってはビビアンを喜ばせている。
お蔭でシャナクへの対応も、柔らかくなった。
今では、
あの鬼のような怖い勇者は、夢だったのでは?
と思うほどである。
そんな穏やかな日々が続いていった。
今日も朝からビビアンが寝る客室からは、
「あぁ、サクセスだめよ!」
という何とも色っぽい艶かしい声が聞こえてくる。
シャナクは、その声を時折オカズにしつつも、ビビアンの精神状態を心配していた。
大丈夫だろうか、勇者様の精神状態は。
これでまた会えなかったら……私の命は無いな。
久しく忘れていた寒気が、シャナクの背中を走る。
シャナクはビビアンと違い、日が経つにつれて焦ってきていた。
この夢の時間が間もなく終わる。
そして悪夢がまた始まる……。
そう考えると身震いが止まらない。
どうか、サクセスとやらに会えますように……。
それは、シャナクにとって切実な願いであった。
そんなある日、ライブハットまで後三日といったところで、それは突然現れる。
これまでの船旅は順調すぎたのだ……
迫りくる魔の手が、今まさにビビアン達に襲いかかろうとしていた。
残り三日……何かが起きる!!
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