序章 勇者誕生

 その日、小さな村で一人の女の子が生まれた。

 

 村の中では比較的裕福な夫婦の間に生まれた念願の女の子。


 両親は、初めて授かった我が子の誕生に涙を流して歓喜している。


 そんな幸せな家の前に1台の馬車が停まると、馬車から降りてきた男は家の扉をノックした。



「私はアリエヘン王の使いで参った賢者シャナクである。家長はおるか?」



 アリエヘンの王の使いと聞いた父親は慌てて、その扉を開ける。


 当然、自国の王の使いとあれば、身分の差は言うまでもないだろう。


 故に、突然の来訪であっても無下にする事はできない。



「こ、これは、こんなところまでよくお越しになりました。汚いところでございますが、中にお入り下さい。ただ、先ほど娘が生まれたばかりでして、騒がしいのはご容赦いただけるとありがたく思います。」



 父親の目に映るは、見るからに身分が高そうな魔術師風の男。


 万が一にも失礼があれば大変だと感じ、できるだけ丁寧に応対した。



「構わぬ。しかし、中に入る必要はない。貴殿に一つ大事な事を伝えにきただけである。」


「はっ!」



 父親は家に入らないと聞きホッとするも、礼儀正しく頭を下げる。


 すると男は話を続けた。



「今日、ここで生まれた者は、魔王と戦う宿命を背負いし勇者である。その子が成人するまで、大事に育てるのだ。これは王命である。」



 その言葉に驚きを隠せない父親



「そ、それはどういう事でしょうか!?」


「詳しくは言えぬ。だが、直ぐにわかるだろう。お主の子が普通ではないとな……。それでは頼んだぞ、勇者の父よ。」



 男はそう言い残すと、父親の疑問に答える事なく馬車に乗ると立ち去った。


 その場で茫然と立ち尽くす父親。



「なぜ……なぜ娘が勇者に……。」



 父親は娘が生まれたら、可愛くお淑やかに育てていこうと妻と誓い合ったばかりだ。



 それが魔王と戦う? 

 冗談じゃない! 

 俺の娘にそんな危険な事させられるか!



 そう思った父親は、賢者に言われた事を胸にしまい、娘にはこのことを絶対に話さないと決意した。



 両親は娘を【ビビアン】と名付けた。


 ビビアンは優しい両親の愛情を受けて、すくすくと元気に育っていく。

 

 しかし、両親が願ったお淑やかな性格には程遠く、男勝りでヤンチャな女の子になってしまったが、それでも素直で可愛らしいビビアン。


 輝くブロンドの髪に、透き通る程美しい美白な素肌。 


 まだ子供とはいえ、大人になった時、どれ程の美人になるのか両親も楽しみな程の美しい容姿である。


 だが、そんな娘にも一つだけ気がかりがある。


 それは、ビビアンの幼馴染サクセスをいじめている事だ。



 両親が何度注意しても、ビビアンは聞かない。



「いじめてなんかいないわ! アタシ、サクセス大好きだもん!」



 そう、ビビアンは一度としてサクセスをいじめているつもりはなかった。


 ただビビアンは勇者であるが故に、小さき頃より力が強く、周りには無理矢理サクセスを連れまわっているように見えただけだったのである。


 ビビアンの方がサクセスよりも1ヵ月遅く生まれているが、体の成長は女性の方が早く、パッと見はビビアンの方がお姉さんだ。


 そして力関係も当然ビビアンの方が上。


 純粋な力もそうだが、立場上の力関係もそう。


 可愛い女の子に弱いサクセスは、もはやビビアンの従順なシモベに近い為、ビビアンの言う事は何でもきいてあげた。

 

 とはいえ、当人のサクセスは、むしろそれを喜んでいたのだから問題はあるはずもなく、それ故に二人はいつも一緒だった。


 しかし、そんな二人の関係にも終わりは訪れる。



 それは農家の三男であるサクセスが、家から追放される日だった。



「ビビアン、俺はそれでも行くよ。強くなりたいんだ。強くなって立派な冒険者になったら、また会いに来るよ。」



 それが彼の最後の言葉だった。



 サクセスは昔からとても弱く、一緒にプチ冒険しては、いつもアタシの後ろに隠れている臆病者。


 だから強いアタシは、彼を一生守ると決めていた。



 そう、あの日から……。

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