食べるとは、口だけでなく心でも味わうことと心得よ!


「あのな、北大路きたおおじ。食べるっていうのは、口や腹だけじゃなくて心も満たす行為なんだ。だからお前がやってることは、大食いなんかじゃない。言うなれば……大飲み? いや違うな、大通り? なんかまぁそんな感じだ」



 理解しているのかいないのか、北大路は曖昧に頷いた。



「しかぁーし! お前には才能があるっ! それは『美味しいものを美味しく味わえる』才能だ! お前が作った唐揚げを食べて、俺にはわかった。こいつは只者ではない、と!」


「は、はぁ……ありがとう……?」


「礼を言うのはまだ早いっ!」



 適当に感謝を述べた北大路を一喝し、俺は続けた。



「お前は、ちゃんと美味しいものを美味しく味わえるはずなんだ。なのに、食欲が先行してそれができていないと見た。となると、どうしたらいいか? 答えは一つだ。わかるかな?」



 北大路は静かに、首を横に振った。フフン、天才も自分のこととなると無知らしい。



「答えは、美味しいものをたくさん食べて舌を養う、だ!!」



 北大路から手を離し、俺は万歳して元気良く告げた。


 北大路はポカーンという言葉を絵に描いたような顔で俺を見ていた。さすがの美青年様でも、目と口が開きっぱなしになれば間抜け面……でもないな。ポカーンとしててもイケメンはイケメンだわ。



「これから特訓として、俺のオススメの店にいろいろと連れて行ってやる。安心しろ、いくらお前でも食べきれない量が出てくるし、味も俺が保証する。それにさ」



 きちんと座り直して、俺はポカーンな北大路に笑いかけた。



「北大路って、大食いなのを恥ずかしいと思ってるんだろ? だからいつも隠れて飯食ってたんだよな? 美味しいってちゃんと思えるようになったら、食べる量も減るかもしれない。逆にハマって俺みたいな食道楽になっても、食べることを自信持って好きだと言えるようになれば、恥ずかしいとは思わなくなるんじゃないかな」



 北大路が口を閉じる。


 うお、真顔のイケメンってマジイケメンだな。イケメンすぎると怖く感じるのか……初めて知ったかも。



「でも……いいの? みなみくんに時間を取らせることになっちゃうよ?」



 やっとのことで口を開いた北大路は、細い声で言葉を漏らした。



「そんなの全然気にしなくていいって。どうせ飯屋にはいつも一人で行ってたし……あ、でももしお礼したいって考えてるなら、唐揚げで返してくれよ。俺、お前の唐揚げとなら付き合える。むしろ結婚できる。永遠とわに愛を誓える!」


「へえ…………南くん、俺に愛を誓うんだ?」



 すると北大路が真顔のまま、冷ややかな目を俺に向けた。


 そ、そうだった! こいつの名前、トワなんだっけ!



「いや待って違う、永遠はトワでもトワ違いだから! そういうんじゃないから!」



 恐ろしいほどの美フェイスによるガン付けから逃れるように、俺はむっちりヒップで器用に後退しながらあたふたと説明した。



「あの……冗談、のつもりだったんだけど。何か、ごめんね? 俺、あんまり友達いたことないから、こういうの下手で」



 しゅんと北大路が項垂れる。



「あ、ああ……冗談! うんうん、知ってたー! あっははー、北大路って面白い奴だなー!」



 ものすごく棒読みになった言葉を大声で誤魔化しながら、俺は引き攣り笑いで返した。下手の度合い超えてるわ、ふざけるなら真面目にふざけやがれ! なんて言うのはちと憚られたので。



「でも冗談とはいえ、あんなに拒絶されるとやっぱり傷付くな…………そうだよね。俺になんて、愛を誓いたくないよね……」



 しかし必死にフォローしたにもかかわらず、北大路は俯いた状態で低く呟いた。


 心なしか、肩が震えてるように見える。も、もしや……泣いてる? 俺、北大路を泣かせちゃった!?



「いやいやいや、んなことねーよ!? 拒絶したんじゃないし!? ほら、俺らまだ出会って間もないじゃん!? まだ北大路の料理は唐揚げしか知らないし、いろいろ作れるとわかったらこれからワンチャンなくもないかもしれなくもないかもよ!?」



 慌てふためきながら、俺は言い訳になってるんだかなってないんだか自分でもよくわからないことを喚き散らした。



「…………これも冗談だよ? 南くんって、意外と冗談通じないんだね。にしてもワンチャンって……ダメ、ウケる! 料理上手なら俺でもオッケーなの? 南くん、ストライクゾーン広すぎだよ!」



 なのに顔を上げるや、北大路はすぐに吹き出し、お腹を抱えて笑い転げた。


 北大路の笑顔を見るのは、初めてだ。普段は綺麗とか美しいとか麗しいとかいった表現が似合うけれど、笑うとちょっと幼くなって可愛い。俺的には、こっちの北大路の方が親しみやすくていいと思う。


 それは、さておきだ。



「ふざけんな、このやろー! 俺が冗談通じないんじゃなくて、北大路の冗談のセンスがないせいだろうが! 笑ってないで謝れやーー!」



 もう気を遣う必要はないと判断し、俺は本音を隠さず北大路に遠慮なく怒声を浴びせた。怒られても北大路はどこ吹く風で、ゲラゲラといつまでも笑い続けた。『南くん、面白ーい! うんうん、知ってたー!』と、俺の棒読み言い訳をそっくりそのまま返してもくれたよ。腹立つわー!



 どうやら北大路という奴は、なかなかいい性格していらっしゃるようだ。

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