第73話 信玄家督を譲る

俺が湯治でのんびりしている間も周辺は時が流れている。


信玄はついに今川を降す。

上杉が撤退したことが決め手となったが、マサムネに駿府の西を押さえられ、信玄に東から攻め込まれている状況では粘った方だった。


降伏した今川氏真を信玄は北条に引き渡す。

氏真の奥方の北条の姫が必死に信玄を説得して、追放で済むように働きかけたのだ。


落ち着いた頃、信玄は信繁からの報告書を読む。

上杉との停戦は使者が来たので知っていたが、被害については此処で知る事となる。

「苦戦だったようだな、かなりの死傷者が出ておるな・・・なに、ヒロユキが重症だと!!

景虎に足を矢で射貫かれたか!

ふむ、命に別状はないが、温泉での湯治を命じたか。

流石、信繁よい判断だ、ヒロユキを失う訳にはいかんからな。」


そして、信玄は別の報告を読み顔をしかめる。

「勝頼とヒロユキが仲良くなっているだと?」

勝頼とヒロユキの仲が良いのは良い事なのだが、先日の一件より嫡男たる義信との仲が良くない。

今、勝頼と仲が良くなると今後、家督の問題が発生しかねなかった。


「さて、どうしたものか・・・」


信玄は悩んだ結果、家督を譲り甲斐を義信に任せる事にする。

実質の権限は信玄が持っているが、家督を譲った事により家督の問題は片付くと考えた。


そう考えると、信玄は甲斐に戻り重臣達を集める。

「皆の活躍のお陰で三河、遠江、駿河を手に入れる事が出来た。

皆の頑張りに感謝致す。」

「はっ、我等も粉骨砕身した甲斐がございました。」

家臣の表情も明るい、これからの論功行賞を楽しみにしているのであろう。


信玄は譜代の家臣から順に加増を言い渡していく。

大小の差はあれど多くの者が恩賞にありつく。

恩賞を配り終え、家臣たちに伝える。


「ワシは隠居し、家督を義信に継がせる。」

「お館様!」

家臣に動揺が走る。


「案ずるな、政務はワシが取る、義信に家督を渡すが、今すぐに全てを任せるわけではない。

まあ、ゆくゆくは全てをして貰わねばならぬが全ては段階的な話よ、

義信、ひとまず甲斐を治めてみよ。

武田の当主としての器をワシに示せ。」


「はっ、慎んで拝命致します。」


「ワシは駿河に移り上洛の準備を致す。

武田菱を京に掲げるのだ、皆そのつもりで準備致せ。

なお、配置は後日伝える。皆励めよ。」


「「ははっ!」」

家臣一同、一度は動揺したが、政務を信玄が取ると聞いて一先ず安心した。

そして、ゆくゆくは必要な処置だと考え、新たな当主義信を盛り立てていくよう話し合っていた。


「兄上、隠居なさらずともよろしかったのでは?」

信繁は信玄と二人きりで話していた。


「こうでもせねば、勝頼を担ぐ者も現れよう。」

「勝頼に当主を狙う野心は無いと思われますが・・・」


「それでもだ、義信の周りには譜代の家臣が多い、外様の者としては面白くないであろう。

そのせいで武田を二分しかねん。

ワシが管理しながら徐々に義信に譲っていけば、外様も付け入れまい。」


「ヒロユキは如何にしますか?義信と揉めた一件がございます。」


「あの件は義信が悪いからな、ワシの方からしかと伝えたし、反省もしておった。

義信から蒸し返したりはしないであろう。

ヒロユキも野心が無い男だからな、時間が立てば落ち着くであろう。」


信玄は親の欲目か、義信の口先の反省を受け入れていた。

しかし、信繁からしてみれば不安要素であった。

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