第20話今川の宴

結局、三河は義信が飯富虎昌、三枝昌貞と共に守備に残り、俺達と信繁、信豊、真田信綱は手勢を率いて甲斐へ帰路につく。

内藤昌豊、多田満頼は現在長篠城の攻略をしており、陥落後の帰還の予定だった。


道中、今川から今川館に寄って欲しいとの事で信繁さまを含め、俺達は今川館に寄ることとなった。

前回と違い、活躍したせいなのか、人がいないせいなのか、

俺も宴席に呼ばれる事となっていた。


しかし、参加したとはいえ陪臣の俺に話しかけて来るものはいなかった。

そんな中、孕石元泰が声をかけてきた・・・


「おや、陪臣程度の輩が宴席に現れるとは、武田も家臣がいないのですかね?」

嫌みたらしく俺に絡んでくる。


「そうですね、遠征軍の1部が帰還しているだけですから、多くは同行しておりませんが、陪臣の私でも貴方よりは活躍してきましたよ。」


「なっ!ぐぬぬ・・・この私が誰にも相手にされないお前を哀れに思って声をかけてやったのに、なんだその態度は!」


「・・・宴席に参加を求めたのは今川方でしたのにそれを侮辱するとは・・・これが今川式の歓待の仕方なのですね。

いや~田舎者ゆえ、そのような歓待の仕方があるとは知りませんでした。」


「なっ!そんな歓待があるわけが無いだろう!」


「えっ、となると、まさか、今川家を救うために援軍に来た将の1人を侮辱するのですな。

これは貴方の独断か今川家の総意かで話は変わりそうですが如何に?」

「ぐっ!うるさい!陪臣ごときが!お前等手打ちにしてくれるわ!」

元泰は刀に手をかける。


「私の部下に何をしようとしているのか?」

もめている事に気付いた信繁がやってきた。

信繁を見て元泰は頭を下げ、


「こ、これは信繁さま、無礼者がいましたので手打ちにするところにございます。」

「この者は当家の者だが、何故貴殿が処罰をしようとしている。」

「このような無礼者を連れておられると信繁さまの品位が疑われてしまいますぞ。早いうちに処罰するのが幸いかと。」

「当家の者を他家に処罰される謂れは無いわ!これが今川のやり方か!」

信繁が叫んだ事で場が静まりかえる。


「信繁殿、落ち着きを・・・」

元泰が落ち着かせようとするが・・・

「当家の者を害しようとする所にいるつもりはない!皆、帰るぞ!」

「お待ちを・・・」

朝比奈泰朝は騒ぎに気付きいち早くやって来たが・・・


「泰朝殿、この件は問題とさせていただく、正式な謝罪が行われないと武田が敵になることも考えられよ!」

「お、お待ちを!今川家としてはそのようなつもりはなく、この愚か者が勝手にやった事にございます。」

「ほう、ではこの者の処罰は如何になされる!」

「切腹させます。」

「泰朝殿、どうか、お許しを!」

元泰は泰朝に頭を下げ、命乞いを行う。


「まだ、謝る相手をわからぬのか!」

泰朝に言われて信繁に向きなおし、頭を下げた。

「ど、どうかお許しを・・・二度とこのような真似は致しませんので、酒の上での失態と思い、どうかお見のがしを・・・」

信繁に頭を下げた様子を見て泰朝は頭を抱える、謝る相手はそっちじゃないと。


「この期に及んでまだわかってない御様子、非常に不愉快だ、皆、帰るぞ。」

信繁は全員を連れて今川館をあとにした。


残された今川家では・・・

「元泰!なんて事をしてくれたんだ!」

氏真が元泰を怒鳴り付ける、


「しかし、名門今川家に相応しくない客かと!」

「そんなことがあるか!しかも、我等が招いておいて、あの仕打ち、如何にする気だ!」

「そ、それは・・・」

「孕石殿、腹を召されよ。」


「なっ!」

泰朝は冷酷に告げる。

「今、武田とやりあう訳にはいかん、その為の宴席だったのに台無しにしおって、氏真様、よろしいですか?」

「かまわん、元泰よ腹を切って責任を取るがよい。」

「ぐぬぬ・・・」

元泰は不満そうだったがそのまま処罰される。


そして、出立前の俺達の前に泰朝が首桶と共にやって来た。

「先日は失礼致した、当家としては貴殿を軽んじたわけではない、どうかおさめてくれんか?」

泰朝は俺に頭を下げた。


「頭をおあげください。私の事で両家が争うのは望むところではございません。

それに酒の席で私も悪いところがあったのでしょう、どうかお互いに水に流しましょう。」

「かたじけない。」

泰朝は再び頭を下げ、俺達は今川館を後にする。


少し離れたころ信繁が聞いてくる。

「ヒロユキ、何故あの時、皮肉を返したのだ?」

「信繁さま、騒動を起こしてすみません。でも、元泰が武田家に人がいないと言ったのが思ったより腹に据えかねたのです。」

「そうか、それ程に武田家の事を思ってくれて嬉しいぞ。さあ、甲斐に帰ろう。」

信繁は嬉しいそうに微笑んでいた。

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