悍ましき眷属達

主席

全く嫌な事件だった。まさか蜘蛛君が公開羞恥ショーにド嵌まりしてただなんて……俺だってまだげふんげふん。


「だから蜘蛛ちゃんを倒そうって言うあなたの御誘いに興味ないんです。ごめんなさいね」


そうだそうだ生徒会長め! 大人しくその肉体美を僕にも分けて下さいお願いします!


「信じられん……本当に?」


「ええ」


「あれを?」

「そんな馬鹿な……」

「非鬼なんだぞ?」

「やっぱりにんげいたたたたた腹が急に」


だーかーら! クラスの皆さん何で引いてるんですか! 蜘蛛君の顔がちょっと厳ついからって、倒したお姉さままで怖がる必要ないでしょ! 


「学園長本当ですか?」


「うん? ああ、四葉、区別しにくいな。小夜子と呼んでもいいか?」


「ええ。学園長にそう呼んで頂けて光栄ですわ」


「がーくーえーんーちょー! お姉さまをぉぉぉぉぉ!」


なああに呼び捨てにしとんのじゃあああああああ!


「それなら貴明と呼ぶが、お前と結婚したから区別しにくいのだ。男としてむしろ胸を張ったらどうだ?」


「はい学園長先生! 胸を張らさせて頂きます!」


でへ、でへへ。

そうっすよね。僕とお姉さまが結婚したから四葉が2人いるんすもんね。でへへ。

親父に学園長がよくしてくれてるから、直接お礼を言ってくれって頼んでおきますね!


「学園長それで」


「ああ話が逸れたな。特別に一度だけ地下で使用許可を出したが、式符の戦闘記録では1対1の上で式符の敗北になっていた。つまり彼女の言っている事は本当だ」


蜘蛛君どうやって負けたか詳細に記録してたのかな? 自分は仰向けにひっくり返されて公開羞恥プレーをされましたって。いや、地下だから非公開か。


「馬鹿な……」


呆然とする生徒会長。そりゃそうだ。自分がドリームチームを作ってボコろうとした蜘蛛君が、既にお姉さま1人にトリプルスコアどころじゃない大虐殺をされてたのだ。


「それに小夜子は戦闘会に参加するつもりが無いようだ。心変わりしたか?」


「いいえ」


「とのことだ」


「はあ」


その後皆さんは、リストアップしてたのだろう、橘お姉さまと佐伯お姉さまなどに熱心に声を掛けたあと帰ってしまわれた。あれ? 俺に声掛けは? お姉さまが一番なのは当然だけど、学年主席の僕になんも無し? いやあ、僕も戦闘会参加しないんすよ。ははは。はは。


「では諸君、訓練場に移動しよう」


「あの先生、非鬼はいませんよね……?」


「うむ勿論だとも。あれが一般の生徒達も参加する訓練場にいれば、例え隅の端にいても訓練どころでなくなる。安心してくれ。ただし、集中力という点では非鬼を見に行った時と同じように発揮して欲しい」


「はい!」


さて、僕達も行きましょうかお姉さま。おおおおおおお手をどうぞ!





伊能学園学園長 竹崎重吾



「祓い給い清め給い」

「この屋内練習場で火炎放射機みたいな炎出すなよ! 酸欠になるからな!」

「木火土金水の理!」

「不動明王不動明王不動明王不動産王」

「臨兵闘者皆陣列在前!」

「水金地火木土天海冥!」

「誰だ今の?」

「冥はもう……」

「サボるんじゃない!」

「グエッ!?」


「諸君、邪魔にならないなら近くで見学してよろしい。聞かれれば私が許可を出したと言いなさい」


「はい!」


私の言葉と共に、超巨大な第一屋内練習場に散らばっていく生徒達。うむ、向上心の塊のような生徒達だ。学園が出来てから年に数回しか教壇に立っていなかったが、彼等となら私も共に成長できるだろう。


さて、そもそも教壇に立つことになった原因は……。


「はえー。僕ちょっと箱に金掛け過ぎて、中身用のが足りなくなっちゃたんじゃとか思っちゃいました」


「そうねえ。私もこの箱だったら箱入り娘でもそう窮屈しなかったかしら」


そう、箱物は非常に立派なのだ。ここが最大だが似たような物がほかにも複数ある他、妖異が住み着きやすい廃ビルを模したものや、更には屋外練習場には樹海を模したものまである。だが教材の方は……ではなかった原因だ原因……そもそも異能の教材となると、その希少性から金で片付かなくなるからな。


だから貴明が解呪の授業用に、呪った壺を幾つも作成してくれて本当に助かった。呪いや汚れを祓う系統の生徒達の授業に必要不可欠なのに、世に出ている善良な呪術師は皆無に等しいのだ。当然浄化し終わった物を再利用なんて出来ない。だが新しく呪われた物品を持ってこようとしても無かったり、由来不明の物で生徒に無駄なリスクを背負わせることは避けたかった。


しかしそれが一気に解決した。学年毎に相応しいと思えるような難易度の物と、極一部の例外とも言えるような力量の生徒達用に、特別仕様の物も複数作ってくれたのだ。しかも再利用可能ときた。はっきり言って、あの壺のお陰でもう数年後には、神道や祓い清める系統を学ぶならこの学園とまで言われるだろう。なにせ事実上無限に練習できるのだ。いや待て、そうなると一神教系の学生も多く来るかもしれんな。ウチはその方面はちょっと弱い。新しい教員を……っていかんまた思考が逸れた! 俺が教壇に立っている原因だ!


「やっぱりダメね、興味がわかない。学院にいる特殊とか例外って言われてる先輩達に期待しましょうか」


「流石ですお姉さま!」


入口から壁によって話をしている2人。いや、正確には1人か。桔梗小夜子、今は四葉小夜子も、確かに危うい。他者を有象無象と断じて無価値と評しているのだ。それに常識を超えた霊力が結びついて、彼女は非常に危険な人物だと判断されている。彼女が学園に入学する事が決定した時、彼女が何かをした時の抑え役として俺の名前が挙がった時もあるのだ。だが今現在はそれほど心配する事はない。自分を真っ直ぐ見てくれて、いいところと悪いところの両方を愛してくれる男に出会ったのだ。今なら戯れに何か起こす可能性はほぼないだろう。


しかしそれが分からない者もいる。学園の単独者や名家の連中はせめて力の封印をと求めている。まあ彼等の危惧も頭ごなしに否定はできない。多分今でも彼女は、興味が無い者が目の前でバラバラに弾けて死んでも眉1つ動かさないだろう。全くめんどくさい……せめて隠してくれればなあ……だが本人が好んで露悪的に振る舞うからなあ……それが力も踏まえて危険視されてる原因なのに楽しんでるんだよなあ……はあ、男とイチャイチャしてる方が大事だからほっとけと言えればどんなに楽か……。


「あ、対人に特化してる人の訓練をこっそり見るとかどうですか?」


「こら貴明。私の近くで堂々と言うとはいい度胸をしている」


「学園長すんませんした!」


そう、イチャイチャしている方の男、四葉貴明が原因なのだ。


唯一名も無き神、邪神の一人息子。彼こそが私が教壇に立つことになった原因だ。私がそうしたのは正解だったと思っている。事情を知らない者なら、主席でありながら力をわざと抑えている彼を劣等生扱いして、雑な扱いをしていただろう。どうやら生徒達や学園に非常に気を使ってくれている様で、式符との模擬戦や授業で、決して力を行使せずに何とか乗り切ってくれている。今回の戦闘会への不参加も、他の者に陽が当たるようにした配慮なのだろう。


最初は腹を括っていたが、彼が理性的で本当によかった。それどころか学園と生徒の事を思って、式符や教材まで提供してくれるくらいなのだ。下手したら学園中の生徒が呪われると思っていた自分が恥ずかしい。


となると、目下の悩みは単独者達の実戦不足か。全く人のことを言えないが、やはり実戦から遠ざかるとどうしても鈍る。だが単に教職員として招いてるのではなく、単独者の教職員として招いているのだ。それでは困る。それと四葉小夜子に関わるなと釘も刺さねばな。恐らく貴明の唯一の逆鱗だ。それさえ気を付ければ彼は単なる生徒として生活してくれるだろう。

そういえば単独者用に作ると言っていた式符はどうなったかな?


「貴明、例の式符はどんな感じだ? そろそろと言ってたと思うが」


「あ、そのことですけど猿君もいい感じに馴染んだみたいですから、多分今日から行けると思いますよ」


「それは素晴らしい。ありがとう貴明」


「いえいえ」


早速自分で試さねば。学園長であり単独者たるものとして、そして単独者達に挑めと言う以上、自分が範を示さねばならない。だが特危か。現役時に非公式でだが一人で倒したが……いや、始める前から考える奴があるか。学園長が最初の一歩を踏み出さんでどうするのだ。


「それでなんですけど、生徒用じゃないんだったら、すこーしある設定を変えたくてですね。ほら、実戦に参加してる人前提の訓練でしょ?」


「内容は?」


「それはですね…………」


うむ。全く持ってその通りだ。やはり彼は分かっている。よし、放課後は予定が空いているはずだ。気合を入れて挑まねば。




















『ああ竹崎君! なんでも息子がお世話になってるみたいだからお礼を言おうと思ってね! いやあ、君が担任になってくれてよかったよかった! ありがとう!』


伊能学園学園長竹崎重吾、その日の放課後は予定を変え、胃薬を飲んだ後すぐに寝た。

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