第九話「居残り指導(9)」

「ただいま」

「あら、お帰り、隅」

 スミが家に帰ると、スミの母親である美愛みあが、笑顔で出迎えた。

 ストレートのショートヘアが良く似合う美愛は、専業主婦だ。

 美愛は、ぱっちりとした綺麗な目をした美人で、スミの目は父親似だが、髪質は母親譲りだ(父親は天然パーマだ)。

 二階に行って、自室にランドセルを置いてから一階に戻ると、スミは、ある部屋の扉をノックした。

「どうぞ」

 という声が聞こえた後、スミは扉を開けて、中に入った。

 そこは、漫画家である父親の書斎兼仕事場だった。

 壁にはびっしりと、大量の本や資料が並んでいる。

「おお、どうした、隅?」

 椅子をクルリと回転させて、父親がそう聞く。

 チラリと見えるその手元には、書きかけのネームがあった。

「父さん、教えて欲しい事があるんだ。今、良いかな?」

 と、スミは切り出した。

「ん? 別に良いぞ」

 と、父親は答えた。完全に自分のペースで仕事をしているため、父親は、時間の使い方に融通が利くようだった。

 ちなみに、父親は、〝隠れ無双ハイド〟が使えない代わりに、大抵の事は知っており、尚且つ出来てしまう。

 そのため、今までにも、何か知りたい事がある時や、困った事がある時には、スミは父親に聞いて来た。〝隠れ無双ハイド〟など使えずとも、スミにとって、父親は最も頼れる存在であり、心から尊敬していた。

「で、何が知りたいんだ?」

 と訊ねる父親に対して、スミは、

「実は……」

 と、具体的な内容を説明した。


 その夜。

 舞子は、自室のベッドの中で、一人、震えていた。

「……明日なんて、来なければ良いんですわ……」

 そう呟いた後、

「……学校……休みたいですわ……」

 と、ぽつりと言った。

 ――が。

「でも、そんな事、許されませんわ! 由緒正しき、東枇杷島家の者として! それに、私は別に、風邪を引いた訳でも何でもないですわ! 至って健康ですわ!」

 と、自分で自分の願望を否定する。

「そうですわ! ただ……ちょっと……ああいう事をされるだけですわ!」

 と、呟き、何とか自分自身を鼓舞しようとする舞子だったが――

「……ああいう事を……ああいう……事……を……」

 と言う内に、昨日された悍ましい仕打ちを思い出してしまった。

 そして――

「……嫌ですわ……もう、嫌ですわ……! ……お願い……! ……誰か……助けて……!」

 小さな、しかし悲痛な叫び声は――

 ――誰にも届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る