2泊目 エル・フランシス

「こ、こんにちはー……」


 カラン、と控えめになったベルと共にドアの隙間から小さい顔が覗いた。

 そしておずおずと玄関ホールの中に入り、口を開く。


「あ、あのー……。ユキチハウス、ってここであっていますか?」


 学校の制服のような服装に紺色のマントを羽織った少女は、腰あたりまである白髪の先を指でくるくると弄びながら上目使いで聞いてきた。


「ようこそ! 君が、エル・フランシスかい?見ての通り小さなゲストハウスだけど、ゆっくりしていってくれ」


「はい! ありがとうございます! よろしくお願いしますっ!!」


 彼女をハウスに迎え入れると、さっきまでのおどおどとした態度は消え、明るい笑顔を見せてくれた。


「それじゃあ、ハウス内を案内しよう。ミュウ! ニュウ!」


「はーい!」


「はい」


「彼女を部屋まで案内してあげてくれ。荷物を置いてもらったらみんなで軽くお茶でも飲もう!」


「りょうかーい! じゃあエルちゃん、あたしたちがお部屋にご案内するね! こっちだよ〜」


「荷物は僕に任せてくださいね。あ、大丈夫ですよ。こう見えても筋力はあるのです。」


 エルの手を引くミュウと、大きな荷物を軽々と運ぶニュウ。


 俺はお喋りをしながら階段を上っていく3人を横目に、テーブルを挟んで向かいのチェアに腰掛けているオイゲンに話しかける。


「オイゲン、ホットミルクを5ついれてくれ。シナモンたっぷりのやつで!」


「おう、任せとけ!」


 大きな足音を立ててキッチンへ移動するオイゲンを見送り、手元に置いた書類に目を移した。


「魔法学校生かぁ……。なんであんなに危険なものを学ぶんだろ……。便利なのはわかるけど、その分リスクも大きいよなぁ」


 魔法を嫌うのは俺のエゴだってことはわかってる。

 だけど、魔法暴走の恐ろしさを体験した身としてはどうしても人間が使うべき力じゃないな、って思ってしまうんだ。


「ただいま〜美味しいフルーツ採ってきたで〜」


 ぼんやりと考え事をしていたら、いきなりの間延びした声に見舞われた。


「あ、ユート! 見て見て〜クロノスアイス、採取してきたんよ〜」


「おっ! このみずみずしさが残る青い薄皮、指で摘めば程良い弾力、完璧なダイヤ型に芳醇な香り……! これは上質なクロノスアイスだ……!」


「せや、ユートはクロノスアイス大好きやん? 群生してる場所見つけてしもた〜」


「群生……!? なんということだ!! 教えてくれ!! どこにあるんだ!?」


「それは秘密やよぉ、言ってくれればいつでも採ってくるさかい〜。ま、その度まかないのご飯3合分はいただきますけど〜♪」


「相変わらずクロエは食い意地が張ってるなぁ……」


 さっき紹介しそびれたユキチハウスの4人目のメンバー。

 それが今、大量のフルーツを抱えて帰ってきたクロエ・マルレーンだ。

 ここよりずっと西にある国からやってきたようで、独特で間延びした喋り方をする不思議な人だ。

 彼女はいつだったか……7ヶ月前くらいからずっとユキチハウスに入り浸っている。

 はじめは客としてやってきたのだが、


「ここ、居心地がええから好きや〜」


とか


「ウチが出て行っちゃったら寂しいやろ〜?」


とか言って一向に出て行こうとしない。

 泊まっているうちに資金も尽きたのか、


「ここで働かせて〜? な、これこの通り、お願いや〜」


と押されに押されて、住み込みで働いてもらうことになった。

 ミュウと共にゲストハウスでの雑用や食材の採取などを主にやってもらっているが、かなりの大食らいのため、クロエ自身は外に採取に出ていることが多い。

 クロエが来てからというものの、食材の消費量が激増してしまった……。

 20歳でアルコールも飲める年齢であるため、オイゲンと一緒によく酒盛りをしている。

 ピンクのセミロングヘアーとかなり幼く見える童顔から、年齢を下に見られることが多いらしい。街で幼く見られるたびに、決まって自慢をしてくる。

 俺だったら幼く見られるなんて絶対嫌だけどな…。

 けれど最近は、


「大人の魅力も必要や〜」


とか言って、露出の高い踊り子の舞台衣装を着ていたりする。

 女の考えていることはよくわからないな。

 ゲストハウスに来る前までは巡礼の僧侶をしていたらしいが、


「なーんか飽きてしもたんよぉ〜。ウチ、きっちり働くのって向いてないみたいや〜」


とのことから辞めてしまったらしい。

 いや、それ、絶対破門されただろ!?……なーんてことを言ったら、怒りの鉄拳が飛んできそうだから口が裂けても言えないんだけどさ。


「あ、そういえば今日お客様来るやんなあ? このクロノスアイス出してあげよ〜」


「お客様ならもう来てるぞ。今ミュウニュウに案内をお願いしてる」


「そうなんやぁ、んじゃ、ウチはいっちょフルーツを切ってウェルカムフルーツとしましょうかね〜」


 そう言ってクロエはキッチンへのんびりとした足取りで向かっていった。


「ユートー!エルちゃんご案内してきましたー!」


「……してきましたー」


 ミュウニュウと共に、エルが階段から降りてくる。


「とても綺麗なお部屋をご用意してくださって、ありがとうございますっ!」


「狭いところだけどゆっくりしていってくれ! じゃあ、一度みんなでお茶にしよう。エル、君のことを聞かせてくれ」


「……はいっ! よろしくお願いします!」

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