5話 入学式

『で、あるからして――』


 学園長の話が長い。生徒のみならず、教師陣までもがそう感じたようで、顔を見合わせてから教頭がマイクを入れて咳払いをする。


『――であります。……ということは―――』


 それでも止まらず、今度は副長が咳払いをしたところでようやく話が終わりに向かった。


「知ってるか、あの学園長ってカツラらしいぜ」


 隣の席に座る男子生徒が耳打ちしてきた。


「へぇ、そんな情報をすでに持っているのか」


「まあな。あ、俺は広世ひろせ裕紀ゆうきだ。よろしく。キミの名前は?」


「名乗るほどの者ではないよ」


「指名手配でもされてる?」


 広世が突っ込みを入れたところで、見回りの先生に小突かれた。そのままそこに立たれた為、会話は続かず終了。同じクラスのはずなので、話す機会はまた多くあるだろう。


 そんな退屈だった入学式も終了して教室に戻ると、教師の紹介が始まった。


「さて、みなさん初めまして。この1年2組を受け持った光橋みつはしべにです! 紅先生って気軽に呼んでね~」


 俺のクラスの担任は、若々しさのあるフィジカルが強そうな女性教師だった。


「それじゃあ自己紹介から始めましょう。出席番号の1番からよろしく!」


 決定事項というべきか、避けることはでき無いイベントが始まった。俺にとってこのイベントこそ今日一番の懸念だった。


 席の位置からして、俺の順番は中盤あたりだ。出席番号はあいうえお順ではないようで、現状では規則性も見いだせない。受験時の成績順で決まっていたりするのだろうか。完全にランダムで決まっている可能性すら感じる並びだ。


「それじゃあ、次、冠城くんね!」


「……冠城学と言います。学って下の名前で呼んでくれると嬉しいです」


 適当な自己紹介を済ませて席に座る。ある程度予想していた、変なツッコミは特になかった。


 仮に地元の高校を選んでいたら、冠城の名前に教室がざわついたことだろう。まあ冠城なんて苗字を持つ人は世の中沢山いる。実家を遠く離れたこの地で、なんてことには入学初日にはそうそうならないか。


「――犬星珠李です。よろしくお願いします」


 いつの間にか珠李の番が来ていたと思ったら、俺よりも短い自己紹介をして席に座った。


 クラスの男子たちがコッソリと会話を始める。何事かと聞き耳を立てると「可愛い」「すげえ美人じゃん」「ぐふふ、狙っちゃいましょ♡」などと珠李がクラスの男たちの欲望の掃溜めとなっていた。


 彼らの言う通り、珠李はテレビにでも出ていそうな美人ではある。チヤホヤ言いたくなる気持ちは分かる。


 だが、珠李のことを性的な目で見られることに何だか怒りを覚える自分がいる。この感情は正しいことなのか。嫉妬? でもそれは独占欲の裏返しであって――。


 ……深く考えることは止めにしよう。


 そんなことよりも、珠李と俺の関係性がバレてしまうことが問題だ。冠城の名が関係ないところで、珠李に良くない噂が流れてしまうのは絶対に良くない。同棲バレなんてもってのほかだ。それだけは絶対に避けなければならない。


「自己紹介も一通り終えたところで学級委員長を決めちゃうわね~」


 脳内会議をしていたら、すでに自己紹介が終了して、あれよあれよと時間が過ぎて様々なことが決定していく。


 学級委員長には左の席に座る結賀崎ゆいがさき彩華さやかが選任された。


 黒縁の眼鏡、整えられた黒髪ショートカット、校則通りの膝上スカートが如何にも委員長と言ったところだ。


「改めまして、学級委員長になりました結賀崎です。よろしくお願いします」


「じゃ、後は彼女が主体で色々決めていくね」


 紅先生は決めるべきことを次々と結賀崎へ伝えていく。彼女は良く言えば生徒の自主性を重んじているようだ。悪く言えばただのサボタージュにも思える。


 その後は結賀崎が進行の元、委員会やら掃除当番やらが決まって行った。勿論、俺はどの委員会にも所属することはない。放課後はのんびり過ごしたいのだ。


 だが、ここでふと疑問に思った。珠李にはやりたいことが無いのだろうか。俺を優先するあまり、高校生活という名の一度きりの青春をふいにするつもりなのか。


 隣の席で、澄ました顔をして座る彼女を小突いてみる。


「なぁ何かやりたい委員会とかないのか?」


「学様こそ、どうなのですか?」


「俺はいいんだよ」


「私はご主人様の近くにいる時間が大切なので、そのようなものに時間を取られたくありません」


「気にしなくていいんだぞ」


「お気遣い感謝します。ですが、私にとって最優先はご主人様なのです」


「……そうか」


 彼女の理由に納得がいかない。俺なんか無視してもいいのに。


 かと言って、俺がやりたいことなんてない。珠李には俺という障害物があったとしても学生らしい生活をして欲しいのだ。


 ……そうだ。いいモノがあったじゃないか。


 机の中に手を伸ばして今日配られた大量の資料から、ホチキスでまとめられた厚みある紙を探り当てた。学校紹介の資料だ。ページを何枚か捲ると、沢山の部活が5ページにかけて紹介されていた。この学園は部活に力を入れているらしく、驚くほど部活の数があった。


 あとで部活見学にでも行くとしよう。委員会なんかよりは、彼女の興味を惹く何かがあるかもしれない。




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