第65話 過大評価

 シャルをロレッタさんに任せ、俺たち陽動班はさっそく動き出すことにした。

 騎士や『影』の者たちを含めれば中々の大所帯だ。陽動としての派手さとしては申し分ないだろう。


 そして、俺たちに求められているのは迅速さだ。

 シャルの不在に相手が気づいても、浄化能力を持つノエルで引き付けることが出来れば作戦の成功率は高まる。


(とりあえず周囲に罠はないみたいだな)


 発動させている『索敵サーチ』に異変はない。この『索敵サーチ』に罠を見抜く能力があるわけではないが、頭の中に叩き込んだ遺跡内部の構造と照らし合わせれば、不審物の有無ぐらいは簡単にだが見分けられる。


 このまますんなり行けばいいが……。


「……ま、そういうわけにはいかねぇよな」


 一本道を抜けると、幾つもの柱で支えられた大きな広間に辿り着いた。

 あとはもう『索敵サーチ』で感知するまでもない。行く手を阻むように立ち塞がっているのは、モーガンと兜女の二人。


「よォ。待ってたぜ、クズ共が」


 全てお見通しだと言わんばかりのニヤついた顔。力に酔った愚者のツラ

 その隣にいる兜の少女は一切の感情を映しておらず――――


「…………ッ……!」


 瞬間。憎悪を煮え滾らせた氷結の王子が飛び出した。誰よりも速く。何者よりも速く。

 息もつかせぬ間に『精霊』を纏うと、荒々しい太刀筋を以て凍てつきし刃を兜女に叩きつけた。その一撃はあまりにも荒々しい。獣が本能的に振り下ろす爪のようでもあり、俺が王都で目にした洗練された動きは影も形もない。

 やはり今のノエルと連携をとることは難しいか。


「どうした? お前は来ないのか」


 モーガンの挑発的な声。それはノエルの必死さを嘲笑っているようでもあって。


「慎重なのは良いコトだ。ああ、そういう意味でお前は利口だよ。そこの氷のガキみたいに、突っ込むだけの能無しになってるわけじゃあないからな」


 特に言葉を返してやることもなく無言でいると、モーガンは悦に浸ったようにまたペラペラと語り始める。


「ガキってのは本当に愚かなもんだな。ここはお前と連携で攻め込むのがセオリーだ。手数の多いオレの『黒狼群ハンティング』と幻術の組み合わせを考慮すれば――――」


「随分とお喋りになったもんだな」


「あァ?」


「力を手にして得意げになって分析ごっこか。お前、復讐が目的だったんだろ。そういった意味じゃノエルの方が正しい反応だと思うけどな」


「……何が言いたい?」


「復讐なんてどうでもよくなってるんじゃないのか?」


 その一言に、場が静寂に包まれた。時間としては一秒にも満たない。傍でノエルが戦っている音が聞こえていたはずだが、それすらも消し去ってしまうほどに――――モーガンの内面に深々と突き刺さったもの。


「今、確信した。お前は力に酔ってるだけだ」


「…………」


「強くなった自分に浸ってるだけだ。復讐なんて面倒なもんは忘れてな」


「貴様……! 言わせておけば!」


「お前が捨て駒にしようとしたネネルは苦しんでたぞ」


 家族を失った悲しみ。理不尽に奪われた苦しみ。それが忘れられないからこそ今も悩んでいる。苦しんでいる。だけどこいつは違う。


「ノエルだってそうだ。忘れられないから。力なんてものじゃどうにもならないから、アイツは苦しんでるんだろ。それを嗤う資格は、お前にはない」


 苦悩を忘れ。力に浸り。楽しんですらいる。


「軽いんだよ。お前は、何もかも。そんな指輪オモチャ一つで満足できるんだからな」


「…………っ……! 黙れッ!」


 漆黒の瘴気が漲る。あの『禁呪魔指輪カースリング』……『黒狼群ハンティング』といったか。


 デオフィルが使っていたような普通の『禁呪魔指輪カースリング』とは違う。アレから生み出される黒狼は、その尽くが瘴気を纏っている。一匹ずつは大した戦闘力はないが、『第五属性』以外の攻撃を受け付けない強固な鎧を身に着けているも同じ。存在としては

『ラグメント』に等しい。それを考慮すると、ルシルから与えられたものであることは間違いないだろう。


 だが、


「もう効かねぇよ。お前の禁呪魔指輪オモチャは」


 猛り迫る漆黒の爪牙。しかし背後から飛び出してきた騎士の盾がそれを拒む。


「っ……! いけます!」


「――――フッ……!」


 盾によって弾かれ、仰け反った黒狼。そこに間髪入れず『影』の者たちが風属性の魔法を叩き込み、四足歩行の獣を押し戻した。


「いける、いけるぞ! 倒せないまでも……騎士われわれでも瘴気を纏う獣と戦える!」

「各自、アルフレッド様の指示通り、陣形を崩すな!」


 引き連れてきた騎士、そして『影』の者たちが連携で周囲の黒狼を弾き飛ばしていく。

 連携の練度も上々。素早い黒狼たちだが、騎士と『影』が互いをカバーし合うことで死角を最小限にし、的確に一匹一匹をいなしている。


 森での戦い。そして、地下でモーガンが操る黒狼と実際に戦った時の経験を踏まえ、即席だが俺が対・黒狼戦の陣形を構築した。

 理屈としては単純。盾で黒狼の攻撃を弾き、風属性の魔法で吹き飛ばす。

 ダメージを与えるためじゃない。あくまでも敵の攻撃をいなし、寄せ付けないためのもの。


 あの黒狼の厄介な点は『素早さ』と『数』。逆に言えばそれ以外は対処ができる範疇だ。

 単体での戦闘力は大したことはなく、身体も軽い。それこそ、風魔法で吹き飛ばせるぐらいには。数が少ない代わりに単体性能の高い蜥蜴人型リザードマンに比べれば対処は容易い。


「くっ……! 無能共が、小賢しいことを……!」


「俺の部下に誰一人として無能はいねぇよ」


 王都での事件がもたらしたものは破壊だけではなかった。

 あの一件がきっかけで騎士と『影』は交わり、『ラグメント』対策の連携や陣形を生み出し、その練度を上げるための訓練を積んできた。


 シャルがその身を賭してまとめた光と影が、シャル自身の強さが、今こうして『ラグメント』を圧倒してみせている。


「ハッ! だからどうした! いくら弾き飛ばしたところで――――」


 奴が言葉を言い終える前に精霊『アルビダ』をまとう。風の魔法で弾き飛ばされ、ひと固まりとなった黒狼共に魔力の銃弾をばら撒き、流れるように風穴を開けていく。


「なっ……!?」


「弾き飛ばして一ヶ所に固まれば、あとはぶち抜くだけだ」


 呆気にとられたようにモーガンの方がもたついている間に魔力を充填。密集している黒狼の群れに向けて狙いを定める。


「『荒波大砲ワイルドキャノン』」


 解き放たれた巨大な魔力弾。まとまって密集していた黒狼たちが一気に消し飛ばされ、魔力による爆発が生じる。


「な……んだと……? そんな……地下室じゃ、圧倒してたはず……!」


「あの時と今じゃ状況も違う。ましてやお前は戦闘に関しちゃ素人だろ。ただの力押しが二度も通じるかよ。……けど、そうだな。正直こうして実際に面を合わせるまでお前のことは脅威として数に入れてたよ。けど……」


 魔力の弾をばら撒き、残存する黒狼を一掃。

 間抜けな面を晒して口を開けているモーガンに、悠然たる歩みを見せつけながら距離を詰めていく。


「お前の復讐心ってやつがそこまで軽いもんだとは思わなかった。ノエルのように、ネネルのように。剥がしたくても剥がせない、消したくても消せない感情ものを抱えてると思ってた」


 一歩。


「俺の間違いだった。ノエルやネネルとお前とじゃ、比べ物にもならねぇよ」


 また、一歩。


「なにを……勝手に! ふざけるな! ガキ如きに何が分かる!」


「お前のことなんざ知らねぇよ。……けどな。お前は得意面晒して俺たちを待ってた。待ってることしかしなかった。背後に仇がいるにも関わらず」


「…………っ!」


 ここまで言ってようやく気付いたらしい。はっとしたように言葉を詰まらせる。


「結局、お前は力に溺れたんだ。家族よりも復讐よりも、弱い自分を変えてくれた力に満足していた」


「…………! 貴様ァッ!」


 瘴気が漲り、今にも黒狼を生み出そうとするが――――遅い。


「一応、謝ってやるよ」


 漆黒の力が獣に換わるよりも速く、無防備なモーガンの腹部に膝蹴りを叩き込んだ。


「ごふっ……! ぁ…………!?」


「お前を過大評価してたこと」


 大して鍛えられてもいない柔い肉の感触。刃を振るうまでもない一撃で、モーガンは崩れ落ちた。


「『禁呪魔指輪カースリング』を没収したのち、拘束しろ」


「了解」


 『影』の者たちに指示を出し、いとも容易く意識を喪失させたモーガンを任せる。


(問題はシャルと…………)


 氷の魔力が渦巻くもう一つの戦いへと視線を送る。


「…………ノエル」



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