第31話 地下での時間【★改稿済】
訓練場を後にした俺の足取りは少しばかり荒い。肩にかけた服を着る気にもなれず、ただ頭の中には苛立ちだけが燻っていた。
「くだらねぇことしやがって……」
誰に聞かせるわけもなく吐き捨てた言葉はドルドとフィルガの二人に向けたものでもあったが、苛立ちそのものは俺自身にも向いていた。
シャルがあんな風に罵倒されることしか出来なかったのは、俺にも責任の一端がある。
何を言われても耐えていたのは、下手に動けば俺の不利になるからだ。それは俺自身に力がないから。身内を守ってやれるだけの力がないから。
……俺に身内を守ってやれるだけの力がないのは、俺自身のこれまでの行いの結果でもある。
「あー、くそっ」
俺は、これまでの行いが間違っているとは思っていない。
レオ兄の王としての地位と栄光を盤石のものとするために。レオ兄の光をより強くするために、影に徹する。――――それが間違っていたとは、思わない。今でもだ。
後悔はない。悔いもない。少なくとも俺が正しいと思うことを全力でやったつもりだ。
だけど、
どうすることも出来ないもやもやとした気持ちだけが燻り続けていて、どうにも気分が晴れない。
「……いっそ気晴らしに、もう少し剣でも振ってくか」
ここのところバタバタとしていたせいで集中して剣を振る時間が減っていた。これも良い機会だと思い、自然と俺の足はいつもの道を歩いていた。
王宮の華々しい庭園。片隅の地面には、周囲にはあまり知られていない秘密の地下空間なるものがある。かつて夜の魔女が世界に厄災を振りまいていた時代に造られたものらしく、かなり古い。が、魔法による造りはかなり頑丈に出来ており、多少暴れてもビクともしないぐらいだ。
王家の記録にも残っていないこの秘密の地下空間を俺が見つけたのは偶然であり、見つけたのをいいことに俺はここを鍛錬場として利用していた。
表立って鍛錬している様子なんか目撃されようものなら俺が陰に徹するために作り上げてきたイメージに綻びが生じるかもしれないという懸念からである。
この地下空間は一人になりたい時や、『影』の面々を集める時、鍛錬にも利用したりと、かなり重宝している。
地面に刻まれた小さな陣に魔力を流し、地下への入口を開く。そのまま中へと潜り込み、階段を下りて広間のような空間に出た。地上に比べると多少空気は悪いだろうが、日頃から利用しているだけあって埃っぽくもなく、本格的に利用するにあたり魔道具を使って設備も整えたので快適だ。冬なんか火属性魔法を応用して空気を温めることだって出来るのだ。
「さて。まずは素振りから始め……」
「………………」
「……よう、かな…………?」
まさにばったりといった様子で、シャルがこの地下空間に先客として佇んでいた。
「あ、アルくん?」
「うおっ!? シャル!? なんでここに……」
「あ……えと……マキナさんが教えてくれて。ここなら邪魔されず剣を振れますよって」
訓練場で振っていたらあんなことがあったばかりだからな。
それに、シャルにここのことを教えていなかったということも思い出した。
「邪魔しちまったか」
「そんなことありません。ちょうど一息つこうとしてたところですし」
言われてみれば確かに。シャルがその長い金色の髪を束ねたことによって見えるうなじにはうっすらと汗が流れていた。
「…………あの。アルくん……?」
「ん?」
「…………そう見つめられると、私も緊張してしまいます」
しまった。どうやら自分が思っていた以上にシャルを見つめてしまっていたらしい。
「わ、悪い! いや、別に変な意味で見てたわけじゃなくて……!」
待て待て待て。これじゃあまるで言い訳だ。
言い訳がましいと、それこそ本当に『変な意味で見てた』ように思われても仕方がない。
もしそんな風に思われたら……。
『何ですかそのいやらしい目は……変態ですね』
とか言われかねない! 蔑むような眼で、見下す感じの角度で言われてしまうかもしれない! むしろ俺の
だが落ち着け。落ち着くんだアルフレッド。今の段階なら発言の修正は効くはずだ。そう。補足。補足として言葉を付け加えるんだ!
「変な意味で見てたわけじゃなくて……?」
きょとん、とシャルが首を傾げる。
時間は残されていない……いや。こういう時にこそ落ち着くんだ。考えろ。捻りだせ。頭をフル回転させろ。
変に取り繕おうとすれば逆効果になる。やましいことがあるから嘘をつく。だが考えてもみろ。俺にやましいところはない。……そうだ。ただ素直に自分のことばを話せばいいだけじゃないか。
伝えよう……言い訳なんかじゃない。やましいこともなにもない、俺の素直な気持ちを!
「変な意味で見てたわけじゃなくて……シャルのうなじに興奮してただけだ!!」
「……………………」
「……………………」
しまった。素直に言い過ぎた。
頭をフル回転させた結果、オブラートというものを置き去りにしてしまったのはどういうことか。
だが待て、諦めるな。俺の頭脳ならばきっと、ここから起死回生の一手を叩き出すはず……冷静に。慌てず。落ち着いて。さあ、俺の頭脳よ。今の俺にとれる選択肢は……何がある? 教えてくれ!
①謝罪する。
②殴られる。
③罵倒される。
俺の頭脳使えねぇ――――!!!
「……………………ごめんなさい。
ここは観念するしかない。どうやらこの地下空間が俺の棺桶らしいな。
「そ、そんなことしませんよっ!」
「……『変態ですね』とか言わない?」
「特に言うつもりもありませんが……」
シャルがめちゃくちゃ困惑している。よかった。俺の
「すみません。別に咎めるつもりなんてなかったんです。ただ、どうして見つめられていたのか分からなくて……」
どうやら俺を咎めるつもりのないらしいシャルは束ねた髪を指で軽くいじりながら、
「剣を振るのに邪魔なので束ねてみたんですけど……アルくんに喜んでもらえたなら、良かったです」
それだとまるで俺がポニーテール大好きみたいなので訂正しておこうと思ったが、余計な口を滑らせそうなのでやめた。
「……………………」
フル回転させても余計な言葉しか捻りだせない頭なので黙っていたら、むしろ今度は俺がシャルからの視線を感じる。何も言わないでおこうと思ったが……どこか視線がいつもより熱がこもっているような気がしたので流石に気になってきた。
「…………ど、どうした? 急にじろじろ見て」
「……はっ! ご、ごめんなさい!」
「いや。むしろ俺の方が『ごめんなさい』だからいいんだけど」
「えっと…………」
シャルにしては珍しく言い淀んでいる。なんだ。ますます気になってきたぞ。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「いえ。体調は優れています」
だとすれば精神的なものだろうか。……ドルドたちに罵倒された時のショックを引きずっているとか?
「その……言っても、いいですか?」
「別にいいよ。むしろ俺の方がとんでもないこと言っちゃったから」
それに比べれば何が来ても一緒だ。むしろ恥をかいた分、動じなくなったといってもいい。
「…………アルくんの身体が……気になってしまって」
「えっ?」
俺の身体。なんで……いや。待て。
思えば俺の着ていた服は今、手に持っていて。上半身はまるまる肌を晒している状態に……あり大抵にいってしまえば、半裸なわけで。
「きゃ――――!!」
今になって気づいたせいか、それともシャルの前でのうのうと半裸を晒していたせいか、思わず悲鳴が出てしまった……いやむしろ逆だろ! お風呂でビックリドッキリご対面が王道パターンだろうに! 何が悲しくて俺の半裸なぞシャルに見せなきゃならんのだ!
「わ、悪い! みっともないもんを……!」
「みっともなくなんかありませんっ!」
「うおっ!?」
な、なんだ……シャルにしては妙に強く否定してきたぞ……?
「むしろ……良いと思います。その……逞しくて」
「そ、そうなの……?」
なんだろう。シャルの妙に熱のこもった視線が上半身に向けられているような……。
「すみません。男性の方の上半身を見る機会があまりなかったので、なかなか新鮮で……」
「はぁ……まぁ、そうだろうな……」
むしろ
「――――っ……」
ふと、温かく柔らかい感触が肌に触れた。
シャルの指先が、俺の身体の傷を撫でるように素肌を滑る。
「…………よく見ると、傷が多いですね」
「ま、色々とあってな」
「無茶なことをしてきたんじゃないですか?」
なんか、服を着るタイミングを逃してしまった気がするな。
「……俺には人から避けられるようなもの以外、何にもなかったからな。せめて実力ぐらいつけとかないと、本当に何もない人間になっちまう。多少の無茶をするぐらいが丁度いいんだよ」
「……今後はもう無茶しないでくださいね」
「……善処する」
「はい。善処してください」
そう笑うシャルは、俺の傷を優しく撫でて――――、
「シャル様ぁ~。差し入れ持ってきましたよー……っと?」
「「…………あっ」」
地下に入ってきたのは、差し入れの入ったバスケットを持ったマキナだ。
俺とシャルの目と、マキナの目がバッチリと合う。
……さて。ここでマキナの視点に立ってみよう。
地下空間。半裸となっている俺の肌を、シャルが触っていて……。
「「…………」」
「…………あー……つい燃え上がっちゃって、早くもお世継ぎを作られる的なあれですか?」
「違う!!」
「違います!!」
「またまたぁ~。大丈夫ですよ。空気が読めるマキナちゃんは、ここで退散させていただきますので。……あ、人払いはしておきますので気兼ねなくどうぞ」
「だから違うって言ってんだろうが!!」
「私たちの話を聞いてください!?」
その後、マキナの誤解を解くのに俺とシャルが言葉を尽くしたことは語るまでもない。
☆
大地を揺らさんばかりの振動と共に、十メートル以上はあろうかという巨体が力なく崩れ落ちる。国王の目の前に在るのは、蜥蜴の形をした超巨大な『ラグメント』の死骸。
その頭部は強力な一撃によって切り落とされており、肉体は魔力の欠片となって崩壊を始めていた。
「見事だ。腕は鈍ってないようだね」
学生の頃より行動を共にし、今や旧知の仲となっている宮廷魔法使いは、巨体を眺めながらため息を吐いた。
「まったく自分が情けない。僕にも力があれば、わざわざ国王自ら出向くことも無かったのだけれど」
「『ラグメント』の討伐は王家の使命だ。お前が気に病むな」
「けど、今は時期が時期だろう? レオルがあんなことをしでかした後に、君を王都から離れさせたくはなかった」
「仕方があるまい。この
「良い機会?」
「レオルにしてもアルフレッドにしても、これまで衝突らしい衝突がなかったからな。色々と溜まってるものがあるはずだ。ならばいっそ、兄弟喧嘩でもしてくれた方が健全かもしれん」
「……大変だねぇ、君も」
「お互い様だ。……どちらにしろ、まだ帰れそうにはないがな」
身体が崩壊してゆく蜥蜴の巨体。その尾を、王の目は見逃さなかった。
「……見ろ。尾が切れている。私が奴と戦い始めた時には、既に尻尾は切れていた」
「……自切か。千切れた尻尾の捜索が必要だね」
「至急頼む。あの巨体に手ごたえがなかったのも気になる」
あの巨体を仕留めた時、他の『ラグメント』に比べて明らかに感触が違った。
「…………嫌な予感がするな」
☆
暗い――――奈落の底のような、暗がりの森。その洞窟の中で。
ソレは、脈打っていた。
心臓のように一定のリズムで鼓動を打つそれは、さながら巨大な肉の繭といったところか。されど、肉の繭からは無数の手足が乱雑に生えており、歪なオブジェのようにも見える。
そんな肉の繭の前に佇む何者かがいた。
全身をマントで包み込み、頭はすっぽりとフードを被っているため表情は窺えない。
「んー……こんなものでしょうか。途中で何匹か倒されてしまいましたし……そろそろ見つかってしまいそうですしね」
視線の先には、洞窟の中に入り込んできた蜥蜴の異形――――『ラグメント』。
人型蜥蜴の『ラグメント』は、フラフラと魅入られたように肉の繭へと歩いく。その手が肉の繭に触れた瞬間、蜥蜴の異形は繭の中へと溶け合うようにして一体化した。
「指輪壊しのデオフィル……まさかあそこまで使えない男だったなんて。まあ、そんなに期待してませんでしたけど」
マントの隙間から覗かせた手には、漆黒の指輪が鈍い光を放っている。
「……ま、あの魔法石とは相性が悪いことが分かっただけよしとしましょう。第三王子の介入は予想外でしたが……」
漆黒の指輪から邪悪なオーラが溢れ出し、肉の繭へと注がれてゆく。
「所詮はこれも、本命前の余興……せいぜい役に立ってくれればいいんですけど」
禍々しい力を得て鼓動が徐々に激しさを増し、肉の塊が奏でる歪な旋律が、洞窟の中に響き渡る――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
エピソード改修の記録です
【改稿点】
・変更を加えた話にはサブタイトルに【★改稿済】という文字を付け加えています。
・御前試合までの期間を「二ヶ月」から「二週間」に変更しました。
・第19話でエリーヌが仲間入りする流れに変更。それに伴ってサブタイトルを変更しました。
・上記のエリーヌ加入の流れに合わせて第23話と第24話も内容を修正。エリーヌとのやりとりを追加。この部分は基本的に、新しいシーンを加筆する形となっております。
・第26話は全て変更。まるまる一話、新エピソードとして作成しました。ギャグです。
・第27話、第28話は微調整。
・第30話は騎士たちの描写をカットしつつ、団長だけに。
・第30話以降を削除。30話以降にあった一部シーンを第30話に組み込んでいます。
・前回のお知らせの際に村での騒動のシーンに繋げる予定……と書いてありましたが、繋がりませんでした。すみません。
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