滅びの都を案内します

さいはて旅行社

0章 滅びの都を説明します ※予備知識です。

0-0 案内人とモフモフ

 俺が冒険者として、オウトル大公国ガゼ辺境伯領の「滅びの都」にはじめて足を踏み入れたときだった。

 門から入った途端、強風とともにいきなり黒い毛玉が俺の目の前に飛んできた。


「へっ、顔面にぶち当たるつもりだったのに」


 この黒い毛玉は何を言っているのか。

 見知らぬ黒い毛玉に、顔を汚される筋合いはない。

 顔面に当たる前に捕まえていた。

 俺は毛玉を右手の親指と人差し指で摘まみ上げている。この黒い毛玉は黒い毛でおおわれているのではなく、炭で汚れているのである。捕まえている俺の指ももれなく汚れた。


「話せるなら話が早い。都市部には魔獣は出ないと聞いていたが、お前も魔獣だな」


「誇り高き魔獣様に逢えるなんて運が良いだろう」


 胸とわからない胸をはって毛玉は偉そうな態度でモノを言う。


「ああ、魔獣は退治しないとな。お前の毛玉はいくらで売れるんだろうな」


 短剣を首元?にあてる。毛玉なので本当に首なのか判断つかないが、肉の部分が二つに分かれれば絶命するだろう。


「ぶっ、物騒なことは言うなよ。お前は運のいいヤツだからな。この街に詳しい俺様がガイドしてやるって言うんだ。お前はこの街初心者の冒険者だろ。顔に当たろうとしたのも実力をはかる俺様なりの試験だ」


 見なくてもわかる。


「あ、そう」


 嘘が多いな、コイツ。毛でも刈っておくか。

 顔に当たろうとしたのは、単なる嫌がらせだ。


「いや、待て待て。都市部には魔獣が出ないとは言っても、ここは迷宮だぜ。俺様の案内があった方が何かと役に立つぞ」


 俺を選んでしまった毛玉も運がない。ちょっかい出すのは誰でも良かったんだろうが、ちょうど運良く俺が門から入ってきてしまったわけだ。

 この世界で一番ガイドが必要ないのが、この俺だ。

 門の詰所の横にある水飲み場、手洗い場を見つけた。ちろちろと蛇口から流れる水が下の桶にたまっている。


「おい、まさか。アレは地下水なんだ。超絶冷たいんだ。アレに触れたら俺様は死ぬ。滅する」


 俺はあの水よりも冷ややかな視線で黒い毛玉を見る。

 洗われたくないなら、なぜ汚した。

 毛玉の戯言にはかまわず、桶の水に毛玉をぶち込む。


「ギャーッ、人殺しぃぃ。凍死するぅぅ」


 人じゃねーし、死なねーし、元気いっぱいじゃねーか。氷でも足してやろうか。冷たい水は汚れを落とすのには不向きだから、本当には足さないけど。

 俺は屈んで、ジャブジャブと洗う。詰所にいた門番の一人が頑固な汚れに小さい石鹸をくれた。ありがたい。毛玉で泡立てて、綺麗に手を洗う。おおっと違った、毛玉を綺麗にした。

 水に濡れた毛玉はすっかりしょぼくれモードだ。

 しばらく毛玉は無言で佇んでいたが、何かに気づくと体を震わせ水を飛ばした。


「テメーッ、何ガードしてやがる。俺様の水飛沫を浴びやがれ」


 何でこの毛玉は「俺様の」を付けるんだろう。少々イカガワシイ言葉に聞こえてしまうのは俺がひねくれているからなのか、大人だからなのか、はてさて。

 俺はガードしていたタオルで毛玉をワシワシと拭く。これでもかと念入りに。



 滅びの都は温暖な地域である。

 あの真っ黒な毛玉もあら不思議、綺麗に乾くとふっくら、まるで柔軟剤を使ったかのような仕上がりに。

 モッフリーン。

 効果音が聞こえた。いったいどこからだ。迷宮仕様か。


「モフリンか」


 名はモフリン。そのままじゃねーかとつっこむ気すらなくすわ。

 手のひら大の白い毛玉に、小さな四つの毛玉が手足、手足より少々大きい尻尾の毛玉がくっついている。目は小さいが丸っとキラキラしている。


 モフリンがプルプルと震えている。


「?」


「なぜその名を。なぜお前が俺様の真名を知っているのだ」


 あー、砂吐きそう。かわいい毛玉は口が悪いだけでなく厨二病患者でもあったのか。本名を知られてしまったら操られるという芸当は、この世界にない。皆、仮の名で生きている、なんてわけがない。「真名」なんて制度、この世界にはないのだ。


 やっぱり関わらずに捨てていこうかな。


「待て待て。そう急ぐな。貢物をよこせば、モフモフさせてやってもいいんだぞ」


 モフリンは期待のキラキラ眼差しで俺を見ている。

 そういう目で見られるとね。


 ここに来る途中の街で買った、焼き菓子をモフリンに咥えさせる。

 もっちゃもっちゃと音を出して咀嚼しゴクンと飲み込むと、ものすごーく嫌そうな顔を俺に向ける。かわいい毛玉がもったいない表情だ。


「わかってて、コレ出しただろ、お前。いや、食べるけどな、食べるんだけどな。違うだろう、かぐわしい香りの元はコレじゃないだろう」


 さすが魔獣。さすがモフリン。

 鼻はきくのだな。

 俺は鞄から魔獣肉のジャーキーを取り出す。隣国のレガド王国特産の美味しいと評判の干し肉だ。魔獣の種類が違うので、共食いにはならないだろう。

 小さい欠片をモフリンの目の前に出すと、毛玉のヨダレがすごい。ダバーという効果音が聞こえてきそう。おや?これの効果音は出ないな。


「引っ込めてもいい?」 


「んな殺生なっ。お前は鬼か悪魔かっ。はっ、さては魔王だなっ」


「モフリン?」


「はっ、よし。お前には俺様を呼びたいように呼ぶ権利をやろう。モフリンというのは真名なので、不用意に呼んではならぬのだ」


 モフリンは俺の冷ややかな声と態度をしっかりと正確に受け取ったようだが、語る言葉が解せぬ。


「じゃあ、毛玉」


「もう少しひとひねりはないのかのぅ」


「じゃあ、毛玉ん」


「もう一声」


 漫才みたくなってきたので、候補を羅列することにする。


「モフモフ、モッフー、」


 あ、コレ、俺がこの名で毛玉を呼ばなければいけないのか。そのまま別れる予定だったのに。別れても付きまとわれる可能性が大だな。

 変な名前を付けると、俺が地獄になるのか。今、気づいて良かった良かった。


「シロ、マル、マリモ、、、」


「マリモ」


 目がキランと輝いた。感情豊かな目だな、ホント。輝いても毛玉の目は大きくはならないよ、小さなままのつぶらな瞳を俺に向けている。


「マリモか」


 ついつい形から連想ゲームしてしまっただけなんだけどね。モフリンはマリモが何だか知らない。丸い緑藻のことなんだけど、この世界にマリモは存在していないから。マリモは緑で、毛玉は真っ白なんだけどね。

 マリモという響きから気に入ったと思われる。


「まあ、いいか」


 マリモにジャーキーを与える。キュ、とかわいい声で鳴くと食べはじめる。瞳のキラキラ感が半端ない。餌付けが完了してしまったようだ。それだけこのジャーキーはうまい。俺がわざわざ母国から持って来てしまったくらいの味だ。



 ところで注意しておくが、マリモはキュだけはかわいい声で鳴くが、話す言葉はすべてバリトンボイス。イケボだ。姿を見ながら声を聴くと、違和感が半端ないことは記しておこう。

 もっとないの?という目でマリモが俺を見ている。

 残念ながら、この滅びの都限定の相棒ができてしまったようだ。

 仕方ないから、マリモを撫でまわしておいた。

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