第79話 衛兵、カレンの場合 〈一〉
ぼくは、エルフとして生まれてきたけれど、ミミー様に出会った瞬間、恋に落ちていた。それはさながら、雷に打たれたようにあざやかで、とてもやさしい気持ちに包まれた。
きっと、この方の役に立つために生まれてきたのかもしれない、とまで思いつめるほどに、完璧な片想いだった。
ミミー様は、衛兵のぼくにもやさしくしてくれるけれど、お姫様なのだ。そのお立場を時に忘れかけてしまうのを止めるのが、ぼくの役目。
ある日、マリンがとてもうつくしいピアスをつけているのを見かけた。マリンとは昔、恋人関係にあったけれど、今ではすっかり解消して、なんの未練もない。
ねぇ、そのピアス、とても素敵だね。どこで買ったのか、教えてくれないかい?
ぼくが聞くと、マリンはあははと豪快に笑った。
「あなた、いつからアクセサリーに興味を持つようになったの? それとも、どなたかへのプレゼント?」
頭の中に、ミミー様の顔が浮かんだ。
「べつに。ただ、きれいだなと思って」
「あなたもついに、アクセサリーのうつくしさに目覚めたのかしら? いいわよ。ジョージからのプレゼントだから、場所を聞いておくわ」
ジョージとは、とても仲が良さそうで、いい人と巡り会えてよかったねと言ってしまったくらいだ。
「そう、あの人絶対に浮気しないのよ。って、こういう言い方をしたら、カレンが浮気をしたみたいに聞こえちゃうかしら?」
あはは、とマリンが笑う。かつて、ぼくたちが恋人同士だった時、新人の料理番につきまとわれてこまっていたことがある。マリンはそれを見て、ぼくが浮気したと勘違いして大暴れ。あわや、城を追い出されんばかりの勢いだったのだ。
「もう昔のことさ。それより、よろしくたのむよ」
ミミー様によく似合うアクセサリーを作ってもらいたい。そう、できればティアラなんかどうかな? 頭の中に浮かんだティアラを絵に描き起こす。
うん、われながら上手にスケッチが描けた。この絵と、ミミー様のうつくしさを伝えてティアラを作ってもらおう。
ちょうど午後から休みになっているし、久しぶりに隣町に行くのも悪くない。
ぼくは、ミミー様へのティアラのことで頭がいっぱいで、とてもしあわせな気持ちに包まれていた。
ミミー様。だれにでも平等にやさしくて、よく笑って、でも時々すねてみせて。それでいて、芯の通ったところがある、完璧な方だ。ミミー様とどうなりたいとはおこがましいから考えることもないけれど、どうかしあわせになって欲しいと願っている。
そしてこのティアラは、必ず、そのしあわせを運んでくれるという謎の確信があった。
ぼくは、馬の背に乗り隣町まで走った。午後からは休みだけど、気持ちがせいていたのだ。
ミミー様をよろこばせたい。笑顔が見たい。ただ、それだけでよかった。
途中、馬を休ませながら、ぼくも休憩を取る。皮袋の水筒で口を潤し、ミントの葉を噛む。口内に広がるさわやかな香りに満足しながら、これまで来ることもなかった隣町を見渡した。
本当に田舎だな。
そしてふたたび馬上に戻ると、マリンに教えてもらった工房が目に入った。
平屋建てに『マローンのアクセサリー工房』と看板がかかっている。不器用な文字で記されたその場所へ、ゆっくりと進んで行く。
「さすがに汚いな……」
おもわず口から出てしまうほど薄汚れた店舗だ。本当に大丈夫だろうか?
迷っていると、タレ目の男がガラス越しににやにやしながら扉を開けた。
「わが工房へようこそ。おれはこの工房の事務係のヒロユキです」
この男の顔を見て、なんだかとても不安になったのだった。
つづく
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