第58話 治癒魔法

「それでは、引導を渡そうか?」


 魔王が手をあげる。これまで出てきたナイフなんかよりも大きな剣が数本、漂っていた。しかもこれって、ダイヤの原石じゃん。盾、通用しないよな。


 おれはおとなしく盾を投げ捨てた。


「マローン!!」


 ミミー、大丈夫だ。おまえは、生きるんだ。おれが絶対に守ると誓ったのだから。


「これでしまいだ」

「うらぁっ!!」


 ダイヤモンドの大剣がおれの体を貫く。


「ぐおっ」


 痛いな。でも、魔王だって今は苦しいだろう? なんたって、さっきの灰を魔王の目にめがけて投げつけたんだからな。


「どおりぁっ!!」


 痛みよりも早く、おれの体は魔王へとのしかかっていた。その頑丈そうな皮膚の首元へ、ダイヤモンドの剣がふるふるとあてがわれている。


「おれの勝ちだな。魔王、負けを認めな」

「うわあっ!!」


 勝ったと思った瞬間が、たぶん一番油断している。その隙をついて、魔王がおれの背にナイフを投げた。


「ぐはっ」


 くっそ。ここまでか。首を斬られてまでおれ、がんばってきた。それなのに、ここまでなのか。


「ヒール!! マローン、あきらめないでっ!!」


 完全に意識が遠くなる前に、ミミーのヒールで生かされる。縄、切れたんだな。


「おのれ、小娘め」

「きゃっ」


 パンという乾いた音と共に、ミミーが力なく倒れふす。頰を叩かれたのだとすぐに気づいた。


「や、めろ」

「おまえのような娘、もはや用はないわ」


 魔王の剣がミミーをとらえる。


「やめろぉー!!」


 おれは魔王ともみあってまた刺された。くっそ。何回でも生き延びてみせる。


「マローン!? ヒール!!」

「おのれ、しつこいっ!!」


 魔王がおれの手からのがれようともがくが、今離すわけにはいかない。ミミーのことだけは、なんとしても守るんだ。


 必死の形相のおれに、紫色の鬼が笑いかける。


「無駄だな。おまえにおれは殺せん。おれは、その娘の父親なのだからな。それに、おれには大魔王の加護がついている。長年の研究で得た知恵が」

「くぅっ」


 万事休すか!? あきらめかけていたその時、おれが出てきた暖炉からワッシャンが飛び出してきた。


「ワッシャン!? なんで!?」

「その者を殺すことはそなたにはできん。ならば、せめてわたしが引導を渡そう」

「おのれ!! うろちょろと!」


 魔王はいらだち、おれたちを振り払った。そうして怒りの矛先をミミーへと再び向ける。


「もうおよしなさい、あなた」


 みずみずしい高音の響きが、魔王をやさしく包み込む。女神様があらわれたんだ。


「あなたが悪魔崇拝だと見抜けなかった、すべてはわたくしの責任です。わたくしが、力を貸しましょう。ヒール!!」


 女神様が声高らかに唱えれば、魔王を包んでいた紫色の気配が薄らいで行く。だが、角は消えない。


「ぐぁああっ。おのれっ。おのれ、おのれ、おのれっ!!」


 苦しそうにのたうち回る魔王の体を、女神様がやさしくさする。まるでむずがる赤ん坊にするみたいにやさしい。


「さぁ、わたくしといっしょにまいりましょう? 苦しみのない、清らかな世界へ」


 大理石の床を転げ回る魔王は、赤くなったり、青くなったりしながら苦しそうにもんどりうっている。だが、女神様は、たしかにそこへ導いていた。


 そう、魔法陣の真ん中へと。


 つづく









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