第38話 ごますり男

 道中、やたらとヒロユキがみんなのごまをする。そりゃ勝手だが、いい加減うざい。ついに宿屋にたどり着くも、宿主がおれたちの顔を見るなり門前払いにしようとした。


「ちょっと待ってくださいっ!!」


 そこでヒロユキがスライディング土下座をかます。頭を床にこすりつけたが、すごい音がしたぞ。膝、大丈夫か?


「ドリーさん、このたびはおれのせいで仲違いをさせてしまって、本当にすみませんでしたっ!!!」


 ドリー? そういや、宿の真ん中で酒飲んでいる姿が見えるが、ヒロユキはドリーの姿を最初から認めてたのか?


 すると、ドリーがつかつかとおぼつかない足取りで歩いてきた。


「今の話は本当かい? にいちゃん?」

「はいっ。ゆうべ、おれが盗賊をたきつけて、その罪をドリーさんになすりつけてしまったせいで、このような事態におちいってしまいました。すべてはわたくしのいたらなさの所存。なにとぞ、おゆるしくださいっ!!」


 なつかしいな。こいつ、前世でも場があやうくなると、よくこうやって頭下げてたっけ。


 やがて、爆発したようなドリーの笑い声がおりてきた。


「そいつはにいちゃんに一本取られたな。いいぞ。これまで通りの取引でいいのならな」

「ありがとうございますっ!!!」


 もはや芸の一部と化したヒロユキの態度に、酔っ払いどもがどっとわいた。え? それじゃあ宿に泊まれるのか?


「おっちゃん、この人たち、悪気はなかったみたいだから、泊めてやってよ」

「あいよ。まいどありーっ!!」


 宿主ものんきなもので、そそくさと納屋を案内してくれた。


 ヒロユキはまだ、顔を上げない。その姿に、ドリーのするどい目が刺さる。


「にいちゃんさ、なんのうらみがあるかは知らないけど、盗賊をたきつけるような卑怯なまねだけはするなよ?」

「はいいっ。もういたしません」


 だれにさとされるより、ドリーの一言が大きかった。と、見えた。が。次の瞬間、隙をついておれに振り返るなり、あっかんべーときたもんだ。こいつ、ぬかに鍵かよ。


「じゃあ、まぁ。つかれているだろうからとりあえず座りなよ。にいちゃんは? なんて名前だい?」


 ドリーに案内されて席の真ん中に座らせられるヒロユキ。おいおい、うっかり尻尾を出すんじゃねぇぞ。


「わたくしは、ヒロユキと申します。どうか、お見知り置きを」

「じゃあヒロユキさぁ。あんた、いつもそのしゃべり方なのかい? なんだか変わってるなぁ」


 がははっと笑いながら、ヒロユキの前に今にも泡がこぼれそうなビールジョッキが置かれる。


「これは、店からのおごりだ。くいっとやっちまいな」


 宿主がウィンクすると、ヒロユキはあざーすっと頭を下げて、ジョッキに手をかける。


「ごちそうに預かりますっ!!」


 そう言うと、一気にクイクイビールを飲み干した。おおーっとざわめく店内。さすがは元上司。こういうのには慣れてるんだな。


「にいちゃん、おもしれぇな。じゃあ次はおれのおごりだ」


 ドリーが宿主に合図すると、あたらしいジョッキが運ばれてきた。


 なんだか今日はつかれたので、おれたちはヒロユキを残して部屋に行き、早々に休んだのだった。


 つづく

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