もっと猫の手も借りる!! 世界大戦2 〜黒髪の剣術娘、奮闘する! 戦略、戦術、戦闘術で、世界をひっくり返します〜

司之々

空と海と人と猫

 リントはもうすぐ3歳になる、薄灰色うすはいいろ雄猫おすねこだ。大柄おおがら毛並けなみも良く、同族、人間を問わず、他者への親和性しんわせいが非常に高い。


 あえて私と定義する、この意識の主体しゅたいは、搭乗型の人型機動兵器だ。外部行動端末がいぶこうどうたんまつとして認識に便乗びんじょうするには、リントは理想的と言えた。


 どのような場面に遭遇そうぐうしても、それなりに馴染なじむ。


「い、いい加減にしろ、この海月くらげ! 恥知らずにもほどがあるぞ!」


山猿相手やまざるあいてに恥なんてありませんわ! そちらこそ、少しは品性というものをお知りなさいな!」


 肩にかかる黒髪に赤銅色しゃくどういろの肌、15歳のマリリは、大陸の高山地域にあるイスハバート王国の王女だ。かざのない砂色すないろの軍服を着て、今にも飛びかからんばかりに、まゆをつり上げている。


 対するルシェルティは16歳、南海の楽園と言われたここマリネシア皇国こうこく皇女おうじょで、膝裏ひざうらに届く黒髪に浅黒い肌、小柄こがらな身体に何枚もの白い薄布うすぬのを重ねた衣装を着て、広がったすそが言われてみれば海月くらげに似ている。


 明るい陽射ひざしにあふれた宮殿で、お互い、なかなかの形相ぎょうそうだ。


「お兄様の正妻せいさいの座はおゆずりして、私は側妻そくさいで良いと言っているのですわ! こうべれて、涙ながらに感謝の一つもべて下さいまし!」


「おまえにゆずられる筋合すじあいじゃない! せ、正妻せいさい側妻そくさいもあるか! 兄妹のくせに、のぼせ上がった妄想は魚にでも食わせておけ!」


「高貴な血統を守るのは、歴史上に多く前例のある、誇らしい行為ですわ! 皇帝ともなれば国家国民の共有財産! 愛情と子種こだねまえくらい、けちけちしないで欲しいですわ!」


「どこの海賊だ! 品性が聞いてあきれるぞ、色ぼけ海月くらげっ!」


「お兄様をかっさらった山賊はそっちですわ、はぐれ山猿やまざるっ!」


 もうそろそろ、手が出そうな勢いだ。


 少し離れたところで、メルルが、にゃ、と鳴いた。メルルは1歳になったばかりの茶色縞ちゃいろじまめすで、子猫ながらにちゃっかりとして、要領ようりょうが良い。


 見ると、当の騒ぎの元凶げんきょうであるナドルシャーン皇帝の、深く座った膝の上で、満足そうに甘えていた。


 ルシェルティ皇女と同じ長い黒髪と浅黒い肌、目じりの化粧けしょうえる精悍せいかんな26歳のナドルシャーン皇帝は、発酵茶はっこうちゃと茶菓子の並んだ円卓えんたくひじをついて、苦悩のきざまれた眉間みけんのしわをもみほぐしていた。



********************



 大型輸送飛行艇おおがたゆそうひこうていは、東海岸に停泊ていはくしている。紺碧こんぺき浅瀬あさせに浮かび、南国の陽射ひざしに照らされて、格納庫の温度は外気温より、かなり高い。


きないわねえ、二人とも。まあ、他人事ひとごとな分には、おもしろくて良いけどね」


 マリリ達の状況を報告すると、ユッティがのんきに笑いながら、麦酒むぎしゅの大きな硝子杯がらすはいを飲み干した。びんはもう、三本がからになっていた。


 この意識が主体しゅたいとして内在している人型兵器リベルギントと、同型2番機メルデキントの、離陸りりくに向けた最終固定は、先刻終了したところだ。


 最悪はつぶれても、後はなんとかなるだろう。


 ユッティは、乳房にゅうぼう腰回こしまわりをわずかにおおった水着姿で、いそいそと四本目を開けている。短い金髪の28歳、才色兼備さいしょくけんびに分類できる技術者だが、近年は生殖行為せいしょくこうい縁遠えんどおいとなげいていた。


「ユッティ、リントから伝言がある。外では、丈夫じょうぶそうなおすを多く見かける。発情期はつじょうきならおす近辺きんぺんで行動するべきだろう、とのことだ」


「お、大きなお世話よ!」


「私が言うのもおかしいですが、世話を焼かれている内がはな、ですわよ」


 ユッティは声帯せいたいから発声しているが、こちらからユッティへは、思考過程しこうかていを直接信号化、指向性の送信をしている。そこにするりと割って入って、ヤハクィーネが、ユッティの四本目のびんを横取りした。


「ネーさんまで、そんなこと言います? あたしは別に、どんないもでもつるでも良いってわけじゃないですよ!」


「まあ、そういうことにしておきましょう」


 ヤハクィーネは銀灰色ぎんかいしょくの短い髪といかつい顔の男だが、言葉遣ことばづかいと抑揚よくようは、たおやかな女性のそれだ。この暑い中でも外套がいとうのような白衣はくいを着て、すずしい顔で、麦酒むぎしゅびんに口をつける。


 ユッティはため息をついて、五本目のびんを取り出した。


「あんた達ね、それこそ、あたしじゃなくてジゼルの世話を焼きなさいよ。どこほっつき歩いてんのかしらね、まったく」


「ちょうどリントが移動、確認した。宮殿近くの礼拝堂だ」


「礼拝堂?」


「精霊信仰の祭司さいしがいる、宗教施設だ。フェルネラント本国で言えば、神霊しんれいまつやしろ近似きんじする」


「……またなんか、頓狂とんきょうなこと、思いついたみたいね」


 ユッティが、もう一度ため息をつきながら、それでもとにかく五本目を開けた。



********************



 リントをつかまえて、胸にきながら、ジゼルは真剣な顔で祭司さいしに向き合っていた。


「ジゼリエル=フリード、17歳、フェルネラント帝国陸軍大尉で、爵位しゃくい侯爵こうしゃくです。新婦しんぷは私、新郎しんろうはとりあえずこの子です」


 風通しの良い、ほの明るい礼拝堂で、祭司さいしあせを浮かべていた。国賓待遇こくひんたいぐうの外国の軍人に、無理難題を言われているのだから、仕様がない。


 わざわざ持参したのか、ジゼルは引き締まった長身に、白い将校用しょうこうよう礼装れいそうを着用していた。


 まっすぐな黒髪が届く腰の左側に、風切かざきばねと名づけた小太刀こだちと、水薙みずなどりと名づけた大太刀おおだちを、並べていている。


 初対面で、冗談と笑える雰囲気ではないだろう。


「ジゼル、近代国家では、宗教も法治ほうち従属じゅうぞくする。祭司さいし民法みんぽう超越ちょうえつした判断を要求するのは、適切ではない」


 リントをかいして、意見する。ジゼルの口の両端りょうはしが下がった。


「なしくずしに既成事実きせいじじつを持ち帰る作戦だったのですが、残念です」


「フェルネラント帝国民法における婚姻こんいんの規定は」


「言わなくて結構です」


 リントが発声しているわけではないので、第三者にはジゼルの奇異きいひとごとになっているが、それでも状況の変化は伝わったようだ。


 祭司さいしが、安堵あんどの息をつく。渋面じゅうめんのジゼルの後ろで、ようやく無遠慮ぶえんりょな、あきれたような笑い声が上がった。


「なんとまあ! 頓狂とんきょうなこと考えるな、おまえさん達は!」


「達、をつけるなよ。大将たいしょう頓狂とんきょうは、今に始まったことじゃねえさ」


 大笑いしている老人は、背は低くても、鉄のたるのような筋肉のかたまりだ。


 苦笑した隣の男も、柔軟じゅうなんそうな筋肉で赤銅色しゃくどういろの肌が盛り上がっている。


 気が合ったのか、どちらも同じような、鮮やかなマリネシアの民族衣装を着ていた。


「心外です」


 ジゼルが、二人をじろりとにらむ。


「ヒューゲルデン様もクジロイ様も、他人のことを笑える素行そこうではありませんでしょう。特に、クジロイ様」


「なんで俺だよ?」


「マリリから聞きましたよ。奥様が六人もいらっしゃるそうで」


「子供を産んだ女が六人、だ。俺達チルキス族は、漂泊民族ひょうはくみんぞくだからな。男も女も、行き合ったその場で気に入れば、子供を作る。子育ては部族全体でやるから手間てまもねえし、適当に血も混ざるしな。習慣ってのは、生活の知恵さ」


「ふむ。確かに、そいつもまた、頓狂とんきょうでおもしろいな!」


 ヒューゲルデンが禿げ上がったひたいを叩いて、にやついた。


「それならそれで、大将の嬢ちゃんに悪い気は起こさんのかね? 猫一匹じゃ、かれた尻につぶされて、可哀想ってもんだろう」


「起こしたその場で、殺されかねねえからなあ。一度でりたぜ」


「一度は、やらかしたのかね」


「座って話してただけで、さきが首に飛んできたよ」


「さもありなん、だな! はっはっは!」


 ひとしきり笑われて、ジゼルが口のはしを、さらに下げる。言われた通り太刀たちをすっぱ抜かないだけ、祭司さいしの手前、それなりの遠慮はしているようだ。


「あ。なんですか、将軍。こちらにいらしたんですか?」


 礼拝堂の扉が開いて、のぞき込んできた赤毛の優男やさおとこが、ヒューゲルデンを見咎みとがめて嘆息たんそくした。前髪を軽くかき上げる。白い水兵服すいへいふくが、それ以上に白く頼りない身体つきを浮き立たせていた。


「チェスターか。どうした? そんな、まともな格好なんかして」


「将軍がいると知ってれば、私が来る必要なんてなかったですよ。まったく」


 何やら非難ひなんがましい顔のチェスターにうながされて、ジゼルとリント、クジロイ、ヒューゲルデンが礼拝堂を出る。


 すぐ外のにわ、まぶしい南海の陽射ひざしを受けて、ユッティとマリリ、ヤハクィーネ、ナドルシャーンとルシェルティが整列していた。


 マリリの足元でメルルが、にゃ、と鳴く。ジゼルの腕から降りたリントが、にゃあ、と返事をした。


 ヤハクィーネが一歩、進み出る。


「エトヴァルト殿下から、指令が発効されましたわ。猫魔女隊はカラヴィナに帰投きとうのち、補給をて、次の作戦行動に入っていただきます」


「了解しました」


 こたえて、ジゼルがナドルシャーンに向かい合い、敬礼した。


「これより、戦場に戻ります。エトヴァルト殿下に代わって、貴国きこくしみない協力に感謝を。再会の約束は致しかねますが、生きるも死ぬも、最善を尽くします」


 ジゼルの横に、ユッティ、マリリ、クジロイ、ヤハクィーネが並んで、かかとをそろえて敬礼した。


 ナドルシャーン皇帝が、同じ様式で答礼とうれいした。


「マリネシア皇国はこの先も、フェルネラント帝国、イスハバート王国の友邦ゆうほうとしてり続ける。武運長久ぶうんちょうきゅういのっている」


 ナドルシャーンの横に、ルシェルティ、ヒューゲルデン、チェスターが並んで、やはりかかとをそろえて敬礼した。


 ジゼルの足元でリントが、にゃあ、と、マリリの足元でメルルが、にゃ、と鳴いた。別れをうれう必要はない、空と海がつながっている、と、いて訳せば言っていた。

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