第539話 スタンプ集めと思わぬ再会

 出かける支度を整え、ラグナロッツァの街に繰り出す四人。

 道すがら、レオニスから五月病御祓いスタンプラリーについてレクチャーを受けるライト達。


 レオニスの話によると、ラグナロッツァのスタンプ設置場所は以下の十箇所。

 ラグナ宮殿正門、ラグナ教神殿、冒険者ギルド総本部、魔術師ギルド総本部、花の森公園、ヨンマルシェ市場横の噴水広場、東西南北にある四本の結界塔。

 これをどう効率良く回るかを話し合っていた。


「まずはスタンプカードをもらいに行かなきゃな」

「スタンプカードはどこで配ってるの?」

「ラグナロッツァのスタンプカードは、ラグナ宮殿の東門横で配っている。スタンプカードの配布場所はその一箇所だけだから、まずは宮殿東門に向かおう」


 レオニスの言う通りにラグナ宮殿東門に向かうライト達。

 すると、宮殿の城壁に沿って並ぶ人々の姿が見えてきた。


「お、もうこんなところまで並んでるのか」

「これ、スタンプカードをもらう人の行列?」

「ああ、それ以外にここらで行列ができる理由なんてないからな。さ、俺達も並ぶぞー」

「はーい」


 レオニスの推測通り、行列の最後尾には『スタンプカード配布・最後尾』という立て札を手に掲げた人が立っている。

 その最後尾からラグナ宮殿東門まではかなりの距離があるはずだが、それだけ既に多くの人が並んでいるのだろう。

 ライト達もスタンプカードを入手すべく、早速行列の最後尾に並ぶ。

 そして並んでいる間に、スタンプカード入手後にどう行動するかを四人で話し合う。


「花の森公園は鑑定祭りの会場だから、今日絶対に行くとして。他をどう回るかだな」

「ここから花の森公園に行く途中で、どこか立ち寄れそうなのはある?」

「そうだなぁ……ラグナ宮殿東門から正門に移動して、まず一個目のスタンプを入手。その次はヨンマルシェ市場の噴水広場を通って、そこから花の森公園に行くのが一番いいかな」


 ラグナロッツァの地理に一番詳しいのはレオニスなので、レオニスに道順を決めてもらう。

 今日はお目当ての鑑定祭りの他に、三つのスタンプが集められそうだ。


「お昼ご飯はどうする? 途中で食べるところあるかな?」

「黄金週間中はあちこちで屋台や露店が増えるから、道すがら何か買って花の森公園で皆で食べよう」

「そうだな、それがいいな。お祭りフードで足りなきゃ、俺が空間魔法陣から何か出せばいいし」

「お祭りフード、美味しいですよね!僕も公国生誕祭の時に初めて食べましたが、すっごく大好きになりました!」


 お昼ご飯は屋台のお祭りフードに決定した。

 確かにラグナ宮殿に行くまでの間にも、いつもより屋台や露店の数が明らかに多かった。これも黄金週間ならではの光景なのだろう。


 そんな話をしているうちに、スタンプカードを配布している場所が見えてきた。

 大きめの簡易テントの下で、数人の職員があくせく動いている様子が伺える。

 ようやくライト達の番になり、先頭のレオニスから手続きをしていく。


「まずこの水晶玉に、三秒ほど手を置いてください。それが終わりましたら、あちらでスタンプカードをお受け取りください」


 後でレオニスから聞いた話によると、水晶玉に手を置くのはスタンプカードを受け取った人の魔力その他様々な波動を登録するためのものだという。

 その人固有の波動を登録し、スタンプカードの景品交換時に照合するのだとか。

 スタンプラリーの景品がエネルギードリンクという貴重な品なので、不正防止策もきちんと行われているらしい。

 景品の交換は一人につき一回、なおかつスタンプカードも一枚限りなので、複数のスタンプカードを所持したり他人から強奪しても無駄、という訳だ。


 職員に言われた通りに、テーブルの上の大きな水晶玉に手を置くレオニス。三秒ほどでいいらしいので、そんなに手間はかからない。

 水晶玉への登録を済ませた後は、スタンプカードを受け取っていく。カードは厚紙製で、大きさはライトの手より一回り大きいくらいか。

 カードの表側には十個のマスと個人名を記入する欄、裏面にはラグナロッツァの紋章が判で捺されている。


「おおお……これが『五月病御祓いスタンプラリー』のスタンプカードなんだね!」

「僕、こんな楽しそうなイベント、生まれて初めてです!」

「俺もラグナロッツァに長くいるが、今まで黄金週間のイベントには参加したことがなかったからな。何だか楽しいな」


 ライトやマキシはもとより、ラウルまでもがワクテカ顔で初めて得たスタンプカードを眺めている。三人ともとても楽しそうだ。

 そんなライト達に、レオニスが笑みを浮かべながら話しかける。


「このまますぐに正門に行くが、カードは各々きちんと仕舞っておけよー。カードは紛失しても再発行はしてもらえるが、スタンプはまた一から集め直す羽目になるからなー」

「「はーい」」「おう」


 水晶玉登録は済ませたので、万が一カードを失くしても再発行はしてもらえるらしい。

 だがその場合でも、スタンプはまた最初から集め直さなければならないので、失くさないことが一番である。

 ライトは自分のウエストポーチに、ラウルはマキシの分も含めて二枚のスタンプカードを空間魔法陣に仕舞う。レオニスももちろん自分の空間魔法陣に仕舞ってある。


 そうしてのんびり歩きながら、ラグナ宮殿正門に辿り着いたライト達。そこにもまた、東門同様にたくさんの人々が並んでいた。


「『五月病御祓いスタンプラリー』って、本当にたくさんの人が参加するんだねぇ」

「まぁな。何てったってあのエネルギードリンクが誰でももらえる唯一の機会だからな。普段は出歩かないような出不精でも、このスタンプラリーにだけは参加するってやつも多いんだぜ。……ほれ、あいつみたいにな」


 会話の最中に、レオニスが正門に並ぶ行列の先の方を指す。

 レオニスが指差したその先には、何だか見覚えのある背中が見えた。


「あれは……グライフ?」

「だな」


 服装はいつものパリッとしたスーツではなく普段着っぽいが、それでも紳士然とした品の良い佇まいは紛うことなきグライフの後ろ姿である。

 行列が順調に消化されていき、グライフもスタンプを得た後に行列の後ろの方に戻る形でライト達のいる方に歩いてきた。

 まだライト達に気づかないグライフに、レオニスの方から声をかける。


「よう、グライフ」

「おや、レオニスではないですか。……ライトもいっしょなのですね。こんにちは」

「グライフ、こんにちは!グライフもスタンプラリーに参加してるんですか?」

「ええ、この時期は書肆を開いていてもほとんど客も来ないですしね。毎年黄金週間の期間中は店を閉めて、スタンプラリーに参加したりのんびり過ごしているんです」


 基本年中無休で働くグライフだが、黄金週間のこの時期だけは店を閉めて休むという。

 働き者のグライフも、たまにはそうして長期休暇を楽しむのも良いことだ。


「グライフも冒険者に復帰したことだしな、エネルギードリンク確保は必須だろ」

「ま、それもあるのですがね」

「最近はどうだ? 主にどんな依頼を受けているんだ?」

「先日久しぶりに、下水道の管内清掃依頼を引き受けたのですが。受けられるランクが引き上げられて、複数人数のパーティー推奨案件になったりしてまして。何やら昔より厳重な警戒態勢が敷かれていましたねぇ、前はもっと簡単な依頼だった気がするのですが」

「お、おう、そうか……」


 己に厳しいグライフのこと、まだリハビリと称していろんな依頼を引き受けているだろうと思い、何気なく近況を尋ねたレオニス。

 よもやそこで下水道の管内清掃の話が出るとは思わなかった。

 思わず言葉に詰まる一行に、グライフは不思議そうな顔をしている。


 だが、グライフが下水道管内清掃を引き受ける前に、ポイズンスライム変異体がラウルの手で退治できたことは本当に良かった……と思うライトとレオニス。

 もしあの時ラウルが殲滅していなければ、グライフがポイズンスライム変異体に襲われていたかもしれないのだ。

 そうなれば、如何にグライフとてただでは済まない。ラウルのような大怪我だけでなく、もしかしたら本当に命を落とす事態になっていたかもしれない。


「ま、それはともかくだな。また近いうちに俺とも出かけようぜ!」

「ええ、いいですとも。ただし、前もって日時を先に連絡してくださいね。私にもスレイド書肆の運営がありますので」

「分かった。またそのうち店の方にも立ち寄るわ」

「では、私はこれにて失礼します。皆さんも黄金週間を楽しんでくださいね」

「ありがとうございます!グライフもスタンプラリー回り頑張ってくださいね!」


 ちょうどライト達がラグナ宮殿正門のスタンプ置き場に到着する頃に、グライフは礼儀正しく一礼してから去っていった。

 スタンプ置き場にも簡易テントが設置されており、中にはスタンプを押印する人がいる。その人の前にスタンプカードを差し出せば、判子をポン、と押してくれるのだ。


 そしてこのスタンプに使われるインクも特殊で、見る角度によって赤やら青やら緑等々様々な色に変わるのだ。

 これも偽造不正防止策の一環らしい。


 早速順番にスタンプをもらっていくライト達。

 四人ともスタンプをもらい、列から離れていく。

 カードの一マス目に押されたスタンプは、ラグナ宮殿を模した絵になっている。なかなかに緻密な作りのスタンプに、ライト達はキラキラした顔で見入る。


「おおお……初めてのスタンプ!」

「これ、ラグナ宮殿の絵だよな」

「すっごくカッコいいスタンプですね!」


 レオニス以外の三人は、初めてのスタンプに興奮気味だ。見るもの全てが新鮮で、カードひとつ、スタンプひとつもらうだけでも楽しいらしい。

 祭りを楽しむライト達に、レオニスが声をかける。


「さ、そしたら次はヨンマルシェの噴水広場に行くぞー」

「「はーい!」」「おう」


 レオニスの掛け声に、ライト達もまたスタンプカードを大事そうに仕舞いながら機嫌良く返事を返したのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうして着いたヨンマルシェ市場の噴水広場には、さらにたくさんの屋台がひしめいていた。


「すっごいいい匂いがするー」

「串焼の二十本も買っとくか」

「じゃあ俺はタコ焼きの十舟でも買うかな」

「僕は焼きトウモコロシを買ってきます!」

「じゃあそれぞれ買い物が済んだら、噴水のところに集合なー」


 数多の屋台が並ぶ中、どの屋台にもそれなりに多くの人が並んでいる。

 それぞれが手分けして、買いたい品がある屋台の客の列に並ぶ。こうして列に並びながらお祭りフードを買うのもまた楽しいものだ。


 約十分後に噴水広場に再び集合したライト達。

 まずは噴水広場にあるスタンプをもらうことにする。

 噴水の横には、ラグナ宮殿正門の時と同様に簡易テントとスタンプを押す人がいる。

 スタンプをもらいたい人々の行列に、ライト達もお行儀良く並ぶ。

 そうして二個目のスタンプを無事ゲットした。


「おおー、ここのスタンプは噴水の絵なんだね!」

「それぞれの場所がスタンプのモチーフになってて、とても面白いですね!」

「楽しく集めて景品ももらえるって、なかなかに良いイベントだな。これからは毎年参加することにしよう」

「だな。来年も再来年も、皆でスタンプラリー回りするか」

「うん!」「はい!」「おう」


 二個目のスタンプにも大喜びするライトとマキシとラウル。

 黄金週間の初日からこんなに楽しめるとは、誰一人予想していなかったに違いない。

 また来年も皆で回ろう、というレオニスの言葉に、ライト達も大いに喜ぶのだった。





====================


 黄金週間の初日、鑑定祭りに行くついでに五月病御祓いスタンプラリーを並行で進めていくライト。

 その景品、エネルギードリンクは非売品で貴重な品なので、いろいろと不正防止対策がされています。一人で何枚もカードを集めて交換できたら、それこそエネルギードリンクがいくらあっても足りなくなっちゃいますからね!


 そしてリアルでは昨今のコロナ禍で、イベント自体がなかなか開催されないご時勢ですが。物語の中なら、楽しい祭りの風景も描けます。

 公国生誕祭の時のような、楽しい祭りにできたらいいなー。

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