第524話 友との再会

 アルのいる方向に進みながら、雪や氷の他にも雪氷花や霧雹石などを採取していくライト。

 雪や氷は手の熱で溶かしてはもったいないので、小さなスコップで掬い取っては腹側に装着したアイテムリュックに直接ポイポイー、と手際良く放り込んでいく。


 ラウルもライトの少し後ろで雪を確保しつつ、時折襲いかかってくる狗狼、フロストニードル、雪原鷲などを片手間で倒していく。

 倒した獲物は、基本的にラウルが拾い集めて空間魔法陣に入れる。この手の魔物からは素材が取れるので、それらを冒険者ギルドに持ち込んで買い取りしてもらえば階級査定の点数に繋がるのだ。


 常にライトの真横に付き添い、雪や氷を集めつつ魔物が発する殺気や魔力を感知して即薙ぎ倒していくラウル。その姿の何と頼もしきことよ。

 万能執事は護衛も完璧にこなせてしまうのだ。


 ちなみに今回採取している雪は、これまでのものより手触りが少々固い。数日前に降ったものだろうか。

 降りたてのふわふわの新雪ではないので、それも当然である。雪の旬である真冬の季節は、さすがにこのツェリザークの地でも過ぎ去っていた。

 それでもまだ六月中旬くらいまでは、時折雪が降るらしいが。


 しかし、この少しだけ固めの雪もこれはこれで良さげに思える。まるで粗めに砕いたかき氷のようで、夏のデザートとしてはもってこいだ。

 この世界にかき氷シロップがあるのかどうかは分からないが、もしなかったとしてもジャムを水で薄めて溶きのばせば代用できる。あるいはカットしたフルーツをそのまま乗せても美味しく食べられそうだ。

 夏バテ防止のスイーツとして、今から期待大である。


 そうして小一時間ほど素材採取を続けたライトは、ラウルに声をかける。


「ラウルー、ここら辺で少し休憩しないー?」

「おう、そうだな、少し休むか」


 ライトの休憩案を受け入れたラウル、早速その場でテーブルと椅子を二脚出す。

 ラウルが休憩の支度をしている間に、ライトはマントの内ポケットから魔物避けの呪符を一枚取り出し、真ん中から破って効果を発動させる。これで三十分間、悠々と休憩が取れる。


 テーブルの上には、熱々の唐揚げにフライドポテト、薬草茶などが並べられていく。もちろんそれらは全部ラウル特製だ。

 ツェリザーク特有のどんよりとした曇天の空模様の下、春の雪原でのちょっとした優雅なお茶会の開催。贅沢のような奇異のような、何とも表現のし難い不思議な光景である。


 そんな不思議な休憩時間、ライトは早速ラウルの唐揚げを頬張り堪能する。


「ンー、ラウルの唐揚げはいつ食べても美味しーい!」

「お褒めに与り光栄だ。で、ライトの友達の居場所はどうだ? 動いたり変わったりはしていないか?」

「んーとねぇ、だいぶ近づいてきてるからもうすぐ会えると思うよー」

「何? 向こうからもこっちに近づいてきてるのか?」


 てっきり自分達が相手を探す側だと思っていたラウル。

 向こう側からもこっちに来てると聞き、少しびっくりしたような顔になる。


「うん。前回来た時も、フェネぴょんやレオ兄ちゃんの膨大な魔力を感じ取って『何事かと思い見に来た』って言ってたからね。今回も多分それだと思う」

「そうなのか。銀碧狼も魔力が強い種族だとは聞いたことがあるが……ご主人様やフェネセンは分かるが、俺やライト程度の魔力でも感知できるとはな。銀碧狼ってのはかなり優れた探知能力を持ってるんだな」


 うん、ラウルも大概高魔力だと思うけどね!とは思っても口にはしないライト。見た目は子供、中身は大人である。


「ていうか、ラウルも魔力探知はかなり得意な方だよね? ラウルももう魔力探知でアル達を感知できるんじゃない?」

「そうか? んじゃ、ちょいとやってみるか……」


 ライトの提案に乗り、目を凝らしながらゆっくりと周囲を見回すラウル。

 しばらくして、とある方向を向いたままピタッと動きを止めた。


「……あっちから来てるか?」

「正解」


 ラウルが指差した方向を見て、ライトが正解と告げる。

 ライトが見えているマップの緑の点とラウルが指し示した方向が一致していたからだ。


「ここで三十分も休憩しているうちに、アル達もこっちに着くんじゃないかな」

「だな。それじゃ俺達はそれまでゆっくりと休憩するか」


 二人して温かい薬草茶を啜りながら、ツェリザーク郊外のプチお茶会をしばし堪能していた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 二人でのんびりとお茶をしつつ、十分ほどの時間が経過しただろうか。

 強大な魔力を持つ何かが、ライト達のところにどんどん近づいてくる。

 心なしか周囲の木々の枝のざわめきも、だんだんと強くなっているような気がする。

 だが、二人とも微塵も動揺しない。その魔力の持ち主が誰であるかを知っているから。


 そして二人の目の前に、その強大な魔力の持ち主達は現れた。

 銀碧狼のアルとシーナである。


 白銀の世界にあって、それらの雪よりもなお美しく映える銀色の靭やかな躯体。眩しいくらいに輝く艶やかな毛並みを持つ、誇り高き神獣。

 ライトは臆することなく、花咲くような笑顔で二人の友のもとに駆け寄る。


「アル、シーナさん、こんにちは!」

『久しぶりですね、ライト』

「ワォン、ワォン!」

「アルも久しぶり!元気にしてた?」

「ワフワフ!」


 アルとシーナが現れる少し前から、ライトは席を立ちテーブルから少し離れた開けた場所でアル親子の到着を待っていた。

 そのおかげで、ライトはアルの喜びの抱きつきを全身で受け止めることができた。

 ライトとアル、双方思いっきり再会の喜びを味わう。


「アル、また大きくなったね!」

「ワウワウ!」

『そういう貴方も、少し背が伸びたのではありませんか?』

「そうですか? だといいな!」

『大きくなったアルに抱きつかれても、全く蹌踉めくことなく受け止めていますし。人の子とは、少し見ないうちに本当に大きく成長するものなのですねぇ』


 アルの母親であるシーナも、ライトとの再会を感慨深そうに喜んでいる。

 シーナもまたアルという子供を育てている真っ最中の母親。絶賛子育て中のシーナにもっても、ライトの目に見える成長を感じられるのは喜ばしいことだった。


 だがしかし。そんな三者の感動の再会の空気を、全く読まない者がここに一人。


「ライト、この銀碧狼の親子がお前の言っていた友達か?」

「うん、そうだよ!ラウルにも紹介するね!」


 まだ抱きついているアルの背中を撫でながら、ライトはラウルにアル達の紹介を始めた。


「この小さな方、銀碧狼の子供がアル。カタポレンの森でできた、ぼくの初めての友達なんだ!」

「ワォン!」

「そしてこちらの大きな方は、アルのお母さんのシーナさん。シーナさんは人化の術も使えて、とっても綺麗なお母さんなんだよ!」

『まぁ、ライトってば口も上手になりましたねぇ』


 アルとシーナを紹介した次は、ラウルをアル達に紹介する。


「アルとシーナさんにも紹介するね。こちらは妖精のラウルといいます。カタポレンの家とは別の家があるんだけど、そこで執事としてぼくやレオ兄ちゃんのお世話をしてくれてます」

「俺はラウル、プーリア族だ。今小さなご主人様からご紹介に与った通り、ライト達のもとで執事をしている。ご主人様達ともどもよろしくな」


 ライトに紹介された後、ラウルがアル達に向けて自己紹介と挨拶をしている。

 ライトに促されずとも、自発的に挨拶ができるようになったラウル。無愛想だった昔の頃を思うと、本当にライト以上に成長したものである。


「ラウルは執事で、ぼく達のことも一応『ご主人様』とは呼びますが。ぼくやレオ兄ちゃんにとって、ラウルは仲間であり、友達であり、家族でもあります」

『そうですか。今回も強力な魔力を感じてここに来たのですが。その大元はこの妖精でしたか』

「ですよねー。フェネぴょんやレオ兄ちゃんほどではないにしても、ラウルも妖精だし。友達の神樹からいろんな加護もらってるから、魔力も上がっててすぐに感知されちゃいますよねー」

『友達の神樹……何やらおかしな言葉が聞こえてきましたが』


 見た目は人族の青年であるラウルが妖精と聞き、一度は納得しかけたシーナ。

 だが、いくら妖精が人族より高い魔力を持つからといって、ここまで強大な魔力があるものなのか? プーリア族という妖精のことは知らないが、もしかしてその妖精族はこのラウルのようにとんでもない魔力持ちの一族なのか?

 そう考えていたところに、ライトが発した謎のパワーワード『友達の神樹』でますます混乱しかける。


「カタポレンの家の近くに、ユグドラツィという名の神樹がありまして。その神樹のツィちゃんとぼく達は、大の仲良しなんです」

『ツィちゃん……大の仲良し……』

「うん、神樹って本当はものすごーく偉大な存在だと思うんですけどね? ツィちゃんって呼ばないと、当の神樹から毎回訂正されるんです……」

『フェネぴょんにツィちゃん……ライトの周りには奇想天外な友人が多いのですねぇ』


 ライトの話に呆気にとられるしかないシーナ。

 世界屈指の稀代の天才大魔導師フェネセンは『フェネぴょん』、その生きる長さと個体数の少なさから銀碧狼よりもはるかに高位の存在であるはずの神樹ユグドラツィは『ツィちゃん』、そのあまりの気安い呼び名にシーナは呆然とするしかない。


 だが、それらは別にライトが勝手にそう呼んでいるのではない。全て当人達が強くそれを望んでいるのだ。

 だって本人達がそう呼べって言うんだもん、本人達の望みを叶えてあげてるだけのぼくは絶対に悪くない!

 ライトは声を大にしてそう主張したいところであろう。


 だが、シーナもライトのことはそれなりに知っている。

 ライトの保護者であるレオニスはもとより、フェネセンにクレア、いずれも銀碧狼に劣らぬ強大な力を持つ者達がライトの周りにいる。

 それだけではない。『お近づきの印にー』と言いつつ、自らの脚をおすそ分けでくれるような湖の主、巨大クラーケンともライトは友達である。

 もっともその巨大クラーケンは、ライトのみならず我が子アルとも友達なのだが。


 そのことを思い出したシーナは、小さく微笑みつつライトに声をかける。


『ライト、貴方の周りには相変わらずいろんな者達がいるのですね』

「はい、おかげさまで毎日が飽きません!……ホントはアルとももっと会って遊んだりもしたいんですけど……」

「ワフゥ?」


 シーナの言葉に嬉しそうに返事をしたライトだったが、思わず本音も溢れる。

 ライトがアルに会うのは四ヶ月ぶりくらいになるが、ライトだってもっとたくさんアルと会って、たくさん遊びたい。カタポレンの森をいっしょに駆け回ったり、目覚めの湖でイード達ともいっしょに遊びたい!そう願っていた。


 だが、今のライトはラグーン学園に通っている。

 将来冒険者となって世界中を旅するためには、学ばなければならないことがたくさんある。

 ラグーン学園で様々な学びを得ることは、人族としての責務であると同時にライトの将来をより良いものにするためのものなのだ。


 ライト自身も、かつて前世で一度は成人まで生きた身。幼い頃の勉学や人としての学びがどれだけ大事なのかは、過去世の経験として身に染みて理解している。

 今のライトは、まだ思う存分好き勝手なことだけをして生きていける立場ではなかった。


 しょんぼりと俯くライトの顔を、アルが慰めるようにペロッと舐める。

 二人の子供の様子に、シーナはするりと人化してライトの頭をそっと撫でた。


『人の子にもまた従わねばならぬ慣習や柵も数多あろう。己が思うように生きていくには、ライトはまだ幼い。今はまだ己の身体を作り、力を蓄える時でしょう』

「……シーナさんにも、そんな時があったんですか?」

『もちろん。私にだって今のアルのように、非力な幼子の時代はありましたよ? 常に母親の後ろについていたものです』


 シーナもまたライトを慰めるように、優しい言葉をかける。

 今でこそシーナも凛とした姿の立派な成獣だが、そんなシーナにも母親の後ろをついて回るよちよち歩きの幼い時代があったのだ。

 そんなシーナに、ライトは問うた。


「シーナさんは、何歳くらいまでお母さんといっしょだったんですか?」

『私の場合は発育が他の子より遅くて、五歳くらいまでは母とともに過ごしていましたか……銀碧狼は、年齢ではなく身体の大きさで巣立ちの時を判断します。身体の大きさが親と同じくらいになれば、成獣として認められて自由に動けるようになるのです』

「アルが独り立ちしたら、ぼくのところにも遊びに来てくれますか? ぼくが独り立ちするには、あと七年くらいはかかりそうで……」


 人族の場合、年齢で成人か子供かを判断するが、銀碧狼は身体の大きさで決まるという。

 体格の良さは、力の強さとそのまま直結するからだろう。

 発育が遅めのシーナでも五歳くらいまで子供だったということは、発育が早い子なら三歳とか四歳でも成獣として認められるのかもしれない。


『アルは梅雨時手前に生まれた子なので、もうすぐ一歳になります。あと三年か四年もすれば、成獣として独り立ちするでしょう』

「三年か四年、ですか……アル、今からもっと大きくなって、アルだけでどこでも行けるようになったら、またぼくのところにも遊びに来てくれる……?」

「ワフン?」


 シーナからの答えに、ライトはアルの背中を撫でながらアルに問いかけた。

 ライトの言葉が分かっているのかいないのか、きょとんとしたような顔でライトを見つめるアル。

 うーん、こりゃアルには通じてないかな……とライトが苦笑しかけた、その時。

 シーナがライトにその真意を伝えた。


『アルが言ってますよ。『何をそんな当たり前のことを聞くの?』と』

「え、ホントですか?」

「ワウワウ、ワォン。ワフワフ、ワフン!」

『え? 成獣オトナにならなくてもいっぱい遊びに行く? かーちゃんといっしょにおうちにお泊まりしに行く?』

「アル、本当!? またシーナさんとお泊まりしに来てくれるの!?」

『え、ちょ、待、アル? 貴方何を言ってるの? 日帰りならともかく、お泊まり?』


 アルの通訳をしていたシーナ、アルの言い分を訳しながらどんどん語尾がおかしくなっていく。

 我が子の言い分に、全く理解が追いつかないようだ。


「シーナさん、ぼく、いつでも歓迎します!……あッ、学校がある日はあまり遊べませんけど、夜は家の中で遊んだり、朝もいっしょに走り込み修行とかできますし!」

『ぇ、ぁ、ぃゃ、あの、その……』

「ていうか、ラグナロッツァの屋敷なら広いから、外に出なければ向こうの家でもいっしょに過ごせるよね!そしたらラウル、アル達が遊びに来たらラグナロッツァの家にも行くから、その時はご飯の用意よろしくね!」

「ワォン!」

「ああ、任せとけ。お客人のもてなしは執事の仕事だからな。寝室もちゃんと二頭分用意しておこう」

『ぁ、ぁぅ……』


 とんとん拍子に話が進んでいく様に、シーナだけがついていけないでいる。

 ライトは大喜びだし、アルも乗り気だし、ラウルまでもが客人としてアル親子を歓迎する気満々である。


 そんなライト達の様子を見ているうちに、最初は慌てふためいていたシーナもだんだん落ち着いてきた。

 花が綻ぶような満面の笑みを浮かべるライトに、同じくキラッキラの瞳で友の笑顔を喜ぶ我が子、そして子供達の要望を事も無げに全て受け入れる妖精。

 シーナは自分だけが躊躇っているのが、何だか馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。


 それに、考えてみればアルが子供として母親と行動をともにする期間は短い。あと三年か四年もすればアルは独り立ちし、母親である自分のもとを巣立っていくのだ。

 ならばその短い間、母子でともに過ごす思い出を少しでもたくさん作っても良いだろう……シーナはそう思ったのだ。


『では、また近いうちに親子でライト達の家に遊びに行くとしましょう』

「いつでも来てください!レオ兄ちゃんにも伝えておきます!」

『そうですね、家主の許可もちゃんと取っておいてくださいね』

「はい!!」


 ライトとアル親子の、カタポレンの家での再会が約束された瞬間だった。





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 アル親子の再登場です。ぃゃー、ホントに久しぶり!

 拙作ではトップレベルの常識派のシーナさん。相変わらず常識的で一安心です。

 もうちょいアル親子の出番を増やしたかった作者も、すんげー頑張りました。これでアル達の出番ももっと増やせる、はず!

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