第516話 皆の相談役

 ミーナのレベルアップを一頻り進めた後、ライトはミーナのために様々な助言をした。


 外に出るなら転職神殿の見える範囲内から始めること、神殿が見える範囲内でも空高く飛ばないこと。

 転職神殿周辺に魔物はほとんどいないが、上空には何がいるか分からないためだ。

 また、万が一にも人目についてはいけない。山の上に天使が飛んでいた!などと誰かに目撃されて騒がれてはマズいのだ。

 ディーノ村はほぼ閑古鳥の聖地化してはいるが、何事も油断大敵。注意するに越したことはないのである。


 次に、もし力天使ヴァーチャー固有の魔法やスキルを持っていても、まだ使ってはいけないこと。これは魔力消耗を抑えるためだ。

 ミーナ個人で魔法やスキルの鍛錬をすれば、間違いなく魔力を消費する。それらの鍛錬を行うなら、まずは魔力回復剤置き場を確保してからである。


 これについては、ライトの父母の家を今後活用していこうと考えている。今日ここに来る前に、父母の家の食器棚などにアークエーテルを置いていったのもそのためだ。

 しかし、父母の家はこの転職神殿から一番近場とはいえ、転職神殿の外に出ることに変わりはない。故に今日すぐに出かけるのは見送ることにして、次回ライトが家まで案内するとを約束したのだ。


 最後に、ライトは大きなバスケットをアイテムリュックから取り出してミーナに渡した。


『主様、これは一体何ですか?』

「もし外に出かけて何かアイテムを拾ったら、この籠に入れておいてほしいんだ。あ、もちろんミーアさんへのお土産はここに入れなくていいよ、それはすぐにミーアさんに直接渡してあげてね」

『分かりました!』


 使い魔がお使いに出かけて拾ってくるアイテムは、基本的に価値の低い品であることが多い。

 最下級ランクのポーションやエーテルなどはまだいい方で、謎の食品類や薬草、石ころ、木の枝なんかが大半を占める。

 だが、時折価値の高いアイテムを持ち帰ることがある。それが使い魔のお使いの侮れないところだ。

 ダイヤモンドやルビー、エメラルドなどの宝石類、新しい使い魔の卵、未だ入手経路が限られるエネルギードリンクなども持ち帰ってくる時もある。


 それだけではない。かつてオーガの里での屍鬼化の呪いを退け、瀕死の重傷を負ったラウルを救った幻の神薬『エリクシル』。これもフォルがお使いで持ち帰ってきたアイテムの一つだ。

 このエリクシルがライトの手元にあったことで、幾度もの危機を乗り越えることができた。それもこれも、全てBCOの使い魔システムのおかげである。


 先程ライトが出したバスケットは、もしミーナが外で何か持ち帰ってきた場合、そうした貴重な品々があるかもしれないからだ。

 最も貴重なエリクシルはもちろんのこと、使い魔の卵なども割ったり失くしたりしないよう保護するために、ミーナの拾得物は一旦このバスケットに全部入れてもらおう!という訳である。


 もし万が一二個目のエリクシルが出てきたら、野晒しにするなんてとんでもない!それに、ケーキや草餅とかの食べ物類だって野晒しはよろしくないしね。

 食品系アイテムならミーナがそのまま食べて経験値にしてくれてもいいんだけど、まだ生まれたばかりのミーナには食べていいものとそうじゃないものの区別もつかないだろうし。

 そこら辺はだんだんと教えていってあげないとね!


 ライトがそんなことを考えている間に、ミーナは預かったバスケットをどこに置こうか悩みながらあちこちをフラフラと低空飛行している。

 結局周辺の林の一番大きな木の下にひとまず置いたミーナ。

 中身が空っぽで軽いバスケットが風に飛ばされないように、ライトが重石代わりのアークエーテルをとりあえず五本ほど入れる。


「ミーナの魔力減少に備えて、籠の中にアークエーテルを五本入れといたからね。万が一お腹が空いたらいつでも飲んでいいよ」

『主様、ありがとうございます!』

『ライトさん、私からも御礼申し上げます。妹のためにここまで御心を砕いてくださり、本当に感謝しております』

「そんな……お礼を言われるまでもないです。だって二人とも、ぼくの大切な友達ですから!」


 ライトがミーナのために様々な策を授けたことに、ミーナだけでなくミーアも深々と頭を下げて礼を言う。

 彼女の礼の中の『妹』という言葉を聞き、ライトは嬉しくなる。

『妹分』ではなく『妹』に変わったこと、それはミーアの中でミーナの存在がより身近で大切なものになったことに他ならない。


 ライトとしても、NPCや使い魔とここまで親交を持てるとは思ってもいなかった。

 ゲームの中でのNPCはテンプレ台詞しか言わないし、使い魔だって会話する機能もないから交流することもできない。

 だが、このサイサクス世界での彼女達には自由意思がある。

 居場所に対する強烈な強制力などの影響下にはあるが、それでもテンプレ台詞以外の言葉を話し、喜怒哀楽の感情や表情を見せてくれる。

 それだけでもライトは嬉しかった。


 さて、今日できることはあらかた終えたし、もうそろそろ帰宅するか……といつも瞬間移動用の魔法陣の上に立つライト。

 ミーアとミーナは見送るためにライトの後ろをついていく。


「じゃ、ぼくは帰りますね。これからもなるべくこまめに様子を見に来ます」

『また主様にお会いできる日を楽しみにしています!』

『今日も私達のために、いろいろとご尽力くださりありがとうございました。ライトさんも職業習熟度上げ、頑張ってくださいね』

「はい、頑張ります!……あ、そしたら一応レベルリセットしてから帰ろうかな。ミーアさん、よろしくお願いします」

『ふふふ。畏まりましました』


 ミーアが発した激励の言葉に、ライトははたと思い出したようにレベルリセットをミーアに頼む。

 明日は日曜日だし、素材採取に出かけるかもしれない。思いっきり魔物狩りをする時には、その前にレベルリセットをしてSP回復しやすいようにしておかなければならないのだ。


 いそいそと神殿内部に移動し、いつものように転職からのレベルリセットを行うライトとミーア。

 全ての準備を終えたライトは、ミーアとミーナに見送られながら転職神殿を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 転職神殿からラグナロッツァの屋敷に直接移動したライト。

 時刻は午後の二時半少し手前、おやつの時間間近である。

 今日もたくさん働いたライト、ラウルのおやつで元気回復するつもりである。


 冒険仕様の服装から普段着に着替え、洗面所で手を洗うライト。二階の宝物庫から一階に移動し、食堂に向かう。

 案の定そこには何らかの調理をしているラウルの姿があった。


「ラウル、今日のおやつ、いっしょに食べてもいい?」

「おう、ライトか。そうだな、もうすぐおやつの時間だな。これが終わったらすぐに出すから」

「はーい」


 ジュワワワ、と油が弾ける音を立てつつ調理を続けるラウル。

 唐揚げとかコロッケとか、何か揚げ物でも作っているのだろうか。


「ラウルは今何を作ってるのー?」

「あー、氷蟹のクリームコロッケを揚げてるところだ」

「そうなんだー。あのクリームコロッケ、すっごく美味しいよね!」

「お褒めに与り光栄だ。氷蟹の蟹肉をたっぷり入れたコロッケだからな、美味くならない訳がない」

「あー、そしたらさ、一個だけでいいからおやつに揚げたてのクリームコロッケちょうだい!」

「一個と言わず、三個くらい出してもいいぞ?」

「ホント!? やったぁ!ありがとう、ラウル!」


 氷蟹クリームコロッケを調理中と聞いたライト、その揚げたてをおやつにちょうだい!とおねだりする。

 ラウル特製クリームコロッケはもちろん冷めていても美味しいが、揚げたてとなるとまた別格の美味しさに違いない。


 バットに上げて油切り中だった揚げたてのクリームコロッケを小皿に移し、早速ライトの目の前に差し出すラウル。

 まだ揚げたての熱々なので、ラウルの作業終わりを待つついでにコロッケがもう少し冷めるのを待つライト。

 目の前のコロッケを見つめるその目は、それはもうキラッキラに輝いている。


 するとここで、ふとライトがラウルに問うた。


「あ、氷蟹と言えばさ。殻を砕くのは上手くいきそう?」

「あー、そのことでライトに相談したいことがあるんだ」

「ぼくに相談したいこと? なぁに?」


 ジュウウウウ……という揚げ物の音がする中、ラウルは昨日の殻処理作業の顛末をライトに話して聞かせる。


「あー、割った殻が飛び散るのかぁ……言われてみれば確かにそうなるだろうねぇ」

「だろう? あちこち飛び散った殻を拾い集めるのも手間だし、細かい欠片を踏んで誰かが怪我をしても困ると思ってな」

「そうだよねぇ……うーん、そしたらどうするのがいいかなぁ」


 しばし無言で考え込むライトに、黙々とクリームコロッケを揚げ続けるラウル。

 一体今日は何個クリームコロッケを揚げたのだろう。

 パチパチと油が爆ぜる音を聞きつつ、ライトは懸命に解決手段を思案する。


 まず、殻の飛び散り問題。これは然程難しくはない。

 割った殻が飛び散るならば建物の中、閉鎖空間で割る作業を行えばいいのだ。

 広い野外では行い難い収集作業も、一室の中で行うなら飛び散る範囲はその部屋内に限られるし、ラウルの風魔法で破片一つ残さず楽々と集められるだろう。


 割る際の騒音についても、風魔法系の防音魔法もしくはそれと同等の呪符が存在する。

 以前プロステス領主邸にて『密談の呪符』という、魔法による音声傍受を阻害する呪符をレオニスが使ったことがあった。

 また、アクシーディア公国生誕祭の際に見た魔術師ギルドの売店でも『防音の呪符』なる品物を見た記憶がある。

 それらは使い切りの呪符で、効力は三十分と短めだ。だがラウルが殻を割る作業に使うなら、三十分や一時間もあれば十分である。


 それよりももう一つの焼成問題、こちらの方がはるかに難しい。

 貴族街のド真ん中で野焼きなど以ての外だし、カタポレンの森のド真ん中で火を使うのも非常によろしくない。

 そうなると、煙が多少出ても問題ないカタポレンの家の方で焼窯でも作った方がまだ良いだろう。


 ある程度頭の中で考えをまとめたライト、せっせと氷蟹クリームコロッケを揚げ続けるラウルに早速伝える。


「防音対策を施した部屋の中で殻を割って、砕いたものをカタポレンの森で焼窯で焼く、か……うん、それなら外で問題なさそうだな」

「氷蟹の殻は大きいから、部屋の中で割るにしても広い部屋じゃないと無理だと思うけど」

「そしたらこの屋敷の大ホールでも借りるかな。内装が傷まないように気をつけて使うから、と言ってご主人様に何とか許可をもらおう」

「うん、内装に傷が付いたらラウルが責任を持って直す、と言えばレオ兄ちゃんも許してくれるんじゃないかな」


 ライトとラウル、二人してあれこれと策を練る。

 どれも家主であるレオニスの許可が必要なものばかりだが、レオニスならきっと許してくれるだろう。

 というか、貴族街にある貴族の邸宅の大ホールで氷蟹の殻割り作業をするなど、間違いなく前代未聞の使い方だ。

 真っ当な貴族が聞いたら卒倒しそうな話だが、そこは平民と妖精しかいないレオニス邸のこと。騒音や煙で近所迷惑にさえならなければ、全く問題ないのである。


 ようやく予定数を揚げきったのか、油が爆ぜる音が止む。

 揚げた後の氷蟹クリームコロッケをバットに上げて、冷ますためにしばらくそのまま置いておく。

 その間ラウルも一休みするため、ライトの向かいの席に座る。


「殻の肥料化も一度は中断したが、ライトのおかげでまた進められそうだ」

「もうすぐガラス温室の建設も始まるんでしょ? 家庭菜園のための土作りもどんどん進めなくちゃね!」

「そのクリームコロッケももうそんな熱くないだろ。冷めないうちに食べな。でもってこれは俺のお悩み相談に乗ってくれた礼だ、揚げたてをもう二つ追加しよう」

「やったぁ!」


 時刻はちょうど午後三時を少し回った頃。

 最初にもらった揚げたての氷蟹クリームコロッケ三個も、ほんのり温かいくらいに冷めてきた。

 食べ頃になった氷蟹クリームコロッケを頬張るライト。コロッケの中から、とろりとしたホワイトソースがライトの口の中いっぱいに広がる。


 出来たてほやほやの氷蟹クリームコロッケのあまりの美味しさに、とろけた顔で舌鼓を打つライト。

 今日はクレアとクー太ちゃんにゲブラー土産を渡せたし、咆哮樹の柴刈りも出来たし、ミーナもミーアさんと仲良く過ごせているようだし、ラウルの悩みも解決できてとっても良い日だー、とライトは内心で喜びを噛みしめる。


 今日も皆の相談役として全力を尽くしたライト。

 美味しいものを食べて幸せいっぱいのライトの顔を、ラウルもまた微笑みながら見守っていた。





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 ライトの多忙で濃厚な土曜日も、ラウルの美味しいおやつで締めです。

 揚げたてのコロッケって、格別な美味しさですよね!もっとも作者は猫舌なので、熱々だとしばらく食べられないんですけど。

 猫舌を治すというか、克服する方法? 舌の先で食べるのではなく、なるべく口の奥の方に入れると熱さを感じにくいー、とかよく聞きますけど。作者的には、何もそこまで無理して熱いの食わなくてもいいじゃん?少し冷めてから食ったっていいじゃん?とか思っちゃうんですよねぇ( ̄ω ̄)

 よく、ラーメンは熱いうちに食わないと!とか、お好み焼きやたこ焼きは熱々を頬張ってこそ!とか主張する方々がおられますが。非常ーーーに申し訳ないですが、作者には一生理解できない理論です。

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