第511話 万能執事の新たな仕事

 翌日の月曜日。

 ライトは二年生に上がって二日目、元気にラグーン学園に登校していった。レオニスやマキシも、それぞれ仕事のために家を出ていく。

 ラグナロッツァの屋敷から全員を送り出したラウル。今日も彼の万能執事としての一日が始まる。


「さーて、と。今日からライトは一日授業があるってことだし、早速あっちで殻処理開始するか」


 朝食の後片付けを手早く済ませたラウル。

 彼の本日のお仕事一つ目は『カタポレンで砂漠蟹とジャイアントホタテの殻を粉砕する』である。


 殻処理に際して、どうしても避けられない騒音問題に頭を悩ませていたラウル。

 その悩みをライトに打ち明けたことで、ライトから様々なアドバイスをもらって解決できる目処がついた。

 その時のアドバイスに従い、レオニスにも相談してラグナロッツァの屋敷とカタポレンの家を往復するための転移門使用の許可もちゃんと取ってある。


 あと十日後くらいには、ラグナロッツァの屋敷の庭でのガラス温室の建設が始まる。

 ラウルとしても、それまでに少しでも肥料作りや土作りを進めておきたいところだ。

 ライトの通学再開に合わせて、早速殻の肥料作りに取り組む気満々のラウルである。


 屋敷の二階の転移門から、カタポレンの森の家に移動するラウル。

 ライトの部屋から家の外に出て、まずは外の解体作業場に向かうラウル。

 この解体作業場にある道具置場は武器倉庫も兼ねており、レオニスが普段使わない武器が収納されているのだ。

 転移門使用の許可を取る際に、レオニスから「何、ハンマー系の武器を貸してくれ? 家の裏の解体作業場、そこの道具置場に使わない武器が置いてあるから、そこにあるもんならいくらでも使っていいぞー」というお許しも得ている。


 殻を砕く道具を借りるために、道具置場の扉の鍵を開けて中に入るラウル。鍵は事前にレオニスから預かっていたものだ。

 鍵を借り受ける際に、レオニスから「毎回鍵を貸したり返したりも面倒だから、殻砕きに適した武器があればそれをお前にやろう。お前が気に入ったものを一つ二つ選んで、そのまま持っていっていいぞ。どうせ俺は使わん武器だからな、お前が有効活用してくれるならその方がいいだろ」と言われている。

 うちのご主人様は本当に心の広い人だ、とラウルはつくづく思う。


 レオニスの配慮に感謝しつつ、道具置場の中を眺めるラウル。

 そこには様々な武器が所狭しと置かれていた。

 道具置場の中を見て歩くラウル。道具置場の中はウォークインクローゼットのような作りになっており、ちょっとした棚もいくつか作られている。


 入って右側の棚には、主に短剣や投擲武器などの小型武器類が綺麗に整頓された状態で置かれている。この中にはきっと貴重な武器もあるのだろう。

 今回ラウルに必要なのはそれらではないので、棚の方はさらっと見ただけに留めるラウル。今度は左側の壁に立て掛けられている大型武器類の方を見ていく。


 主に長剣や長槍が多く、メイスやモーニングスターといった打撃系の武器やハルバード、大鎌といった長柄の大型武器も壁に無造作に立て掛けてある。

 無造作と言っても、そこら辺に適当に放置してある訳ではない。武器の全長によって区分を分けてあり、地面から100cmと150cmのところに立て掛け用の棚が作られているのだ。


 100cm以下の短いものは一番奥の壁に立て掛け、中くらいの長さのものは下の棚に、150cm以上の長物は上の棚に、それぞれの高さの棚に立て掛けてある。

 三層に分けて立て掛けられた武器類は、全て刃を上にして柄は地面側で垂直に立てられている。それらは適度な間隔を空けて置かれていて、奥のものも見やすい。

 非常にスッキリとしていて、実に良く考えられた整理整頓術である。


 もちろんそれらは武器としてもいつでも使えるように、ちゃんとした手入れがなされている。

 ラウルは武器のことは門外漢だが、料理の達人だけに刃物の良し悪しに関してだけは一家言を持っている。

 鞘に納まった剣までいちいち検めてはいないが、剥き出し状態の長槍や棚に置かれた短剣類を見れば、それらが刃こぼれ一つなく磨き上げられた最良の状態であることが一目見ただけで分かる。


 どれもこれも全てよく手入れが行き届いているな。普段全く使わん武器にまで、よくもまあここまでしっかりとした手入れをするもんだ。……って、俺も包丁類じゃ同じようなことしてるからご同類か。こりゃご主人様のことをどうこう言えんな。

 それに、普段全く使わん武器でもいざとなれば使う日も来るかもしれんし、備えあれば憂いなしってやつだよな。

 ……あるいは将来ライトが冒険者になった時に、この中から使う武器を選ばせてやるつもりなのかもな。ライトにはとことん甘いご主人様のことだ、きっとそんなところだろう。

 ……あ、そういや俺にも冒険者になった祝いに装備一式作ってくれるって言ってたよな。俺も冒険者ギルドの依頼をぼちぼちこなしてることだし、早いとこ作ってもらうか。


 そんなことを考えながら数々の武器を眺めていくラウルの目に、一本の武器が留まる。


 柄の先は三種類の異なる形状になっていて、先端は鋭い鉾になっている。これは槍同様に刺突の役割を持っている部分だ。

 鉾の下には二つの打撃武器がついていて、片方はツルハシのような鋭利な爪状、もう片方は金鎚のような平らな形状をしている。これはいわゆる片口型の戦鎚、典型的なウォーハンマーである。

 柄の長さは結構あり、鉾の先端まで含めたその全長はラウルの背丈ほどもある。


「ふむ、これがウォーハンマーというやつか……確かにこの鎚の部分は金鎚よりもさらに大きな金鎚って感じで、殻を砕くのにも使えそうだな。まずはこれを使わせてもらうとするか」


 目に留まったウォーハンマーを早速手に取り、持ち上げてみるラウル。結構ずっしりとした重さがある。

 この武器倉庫の中で振り回す訳にはいかないので、ひとまず空間魔法陣に仕舞い込んだ。


 あのデカい殻を砕くならハンマーが要るだろう、ハンマーならレオニスも持っているだろうから貸してもらえばいい―――それらのアドバイスも、全てライトがラウルに指し示してくれたことだ。

 うちの小さなご主人様は本当に賢くて頼もしいよな、とつくづく感謝するラウルである。


 一本目のウォーハンマーを入手したラウル、再び武器倉庫の中の品物を見て回る。

 レオニスからは武器の一つ二つ持っていっていいと言われているので、どうせならもう一つくらい良いもんないかな?と思いつつ品定めをするラウル。非常にちゃっかりとした妖精である。


 品定めの途中、短剣や投擲武器を置いてある棚の下に大きな魚籠が床に直置きになっているのを見つけたラウル。

 武器倉庫というこの場には何ともそぐわない謎の魚籠に、ラウルは興味を惹かれて中を覗き込む。

 中には何やら黒い生き物のような物体が入っているのが見える。


「……何だ、こりゃ? 生き物か? 何でこんなもんが倉庫に?」


 御札のようなものを何枚もペタペタと貼られながら、スピスピと静かに寝息を立てて眠る謎の生物。

 何故にこんなものがこんなところに?とラウルが謎に思うのも当然である。


「……ま、あのご主人様達のすることだ、何か考えがあってこうなってるんだろうし」

「ここで俺が下手に触って何か事が起きても困るしな。このまま置いとこう」


 このカタポレンの森の家の道具置場、しかも鍵のかかった場所の内側に置いてあるということは、レオニスもしくはライトが明確な意図を持ってここに置いたということだ。

 ならば余計な手出しはトラブルの元、と早々に察して手を引くことにしたラウルは正しい。

 謎に満ち満ちた胡散臭い魚籠は放置することにして、ラウルは再び武器選びに戻る。


 すると左側の壁の一番奥に、大きな打出の小槌のような物が見えるではないか。

 木製の槌の部分はまるで和太鼓のような大きさで、持ち手の柄も木でできているようだ。

 柄の下の方には綺麗な赤い組紐の装飾がついていて、如何にも七福神の大黒天が持つ打出の小槌である。


「おっ、これは槌が大きくて打撃力が強そうだな!……って、これ木製か」

「砂漠蟹の殻に、木製の打撃は通じるもんなのか?」

「……砂漠蟹はダメでも、ジャイアントホタテの殻ならイケるかも。とりあえずこれもいただいておくことにするか」


 壁の一番奥にあるので、その手前にある他の武器をそっと横に退けてから打出の小槌を取り出す。

 ちなみにその打出の小槌の周辺には、弁財天が持つような琵琶型の武器や布袋様が持っていそうな大きな白い袋、恵比寿様が持ちそうな釣り竿もある。もしかしてここら辺の武器類は、七福神シリーズなのかもしれない。

 ちなみにその釣り竿は、かつて目覚めの湖で湖の主イードを釣り上げた業物である。


 ウォーハンマーと打出の小槌、二つの打撃系武器を選び手に入れたラウル。

 他の武器類を元の位置に綺麗に戻し、外に出て扉を閉めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 道具置場から出たラウルは、早速空間魔法陣から砂漠蟹の殻とジャイアントホタテの殻を取り出す。

 まずはジャイアントホタテの殻処理から始めるラウル。

 ライトから聞いた話によると、ホタテの殻はまず火で焼いてからの方が砕きやすくなるらしい。高温の火で焼くことにより、殻が脆くなって強度が落ちる、という原理のようだ。


 そのアドバイスに従い、家と森の木々の間、一番広いスペースにジャイアントホタテの殻を地面に置き火魔法で焼くラウル。

 だが、一発二発の弱めの火魔法程度では巨大なホタテの殻を焼き尽くすことなど到底できない。

 かといって、森の中で大火力の火魔法を使う訳にもいかない。そんなことをすれば、ライトやレオニスが住むこの家やカタポレンの森を焼いてしまいかねないからだ。


「んーーー……思ったより焼けんな。というか、火を使うには場所が悪過ぎるってのもあるんだが……こりゃ先に一度殻を割ってから火に焼べる方が良さそうだ」

「大まかに割っておけば嵩も減って、火に焼べるにも楽になりそうだし。それならラグナロッツァの屋敷の焼窯や暖炉でも焼けるだろ」

「……よし、ここでは火は一切使わずに割ることだけに徹するか」


 ジャイアントホタテの殻を先に焼くことは諦めて、殻を割り砕くだけにしようと決めたラウル。

 火事も未然に防げるので良いことである。

 先程道具置場で選んで持ってきたウォーハンマーと打出の小槌を、空間魔法陣から取り出したラウル。

 どちらを先に使おうか、と両方を見比べてから選んだのは打出の小槌の方だった。

 ウォーハンマーは砂漠蟹でもジャイアントホタテの殻でも絶対に割れるだろうが、打出の小槌は木製なのでどこまで使えるか分からない。故にまずは打出の小槌の強度の確認実験をしておこう、という訳である。


 まず先に実験に用いるのは、ジャイアントホタテの殻。

 ジャイアントホタテの殻一組だけだと、地面に置いた時にかなり下まで振り下ろさなければならない。

 それが嫌なのでラウルは先にホタテの殻の蝶番を反対側にへし折り、一枚づつに切り離す。それから自分のへその位置くらいまで殻を積み重ねていく。

 その数約二十枚、まるで空手の瓦割りのような図である。


 殻の下拵えが終わったら、次は本番の打撃実験だ。

 和太鼓並みの大きさの打出の小槌を、いとも簡単にヒョイ、と片手で持ち上げて、右肩に乗せるラウル。

 そこから改めて小槌の柄を両手で持ち、頭上まで振り被り積み重ねた殻に向けて一気に小槌を振り下ろした。


 ジャイアントホタテの殻はバキバキバキッ!と派手な音を立てて割れ、辺り一面に割れた殻が飛び散る。

 積み重ねた約二十枚のうち、割れたのは十枚。一撃で十枚も割れれば上等だろう。

 だが、殻の飛び散りが半端ないのはいただけない。ラウルの渾身の一撃により砕けたジャイアントホタテの殻が、空き地一面の広範囲に飛び散ってしまっていた。


「うーーーん……騒音を気にせず割ることができるのはいいが、こんなに飛び散るのは計算外だった……」

「飛び散ったのを掻き集めるのも面倒だし、細かい破片をライト達が踏んで怪我しても困るよなぁ。……さて、どうしたもんか」

「こりゃもう一度再考せにゃならんな。小さなご主人様にもまた相談してみるか」


 ラウルは小さくため息をつきながら、あちこちに散らばったジャイアントホタテの殻を拾い集める。

 目につく大きな殻を拾い集めた後、今度は打出の小槌の打面をチェックする。

 あれだけ強い力でジャイアントホタテの殻に叩きつけたから、打面に何らかのダメージが発生したかと思いきや。ぱっと見たところでは、傷一つついていないではないか。

 見た目は完全に木製の小槌なのに、予想外の結果にラウルは驚きを隠せない。


「こりゃすげぇな……もしかして何らかの強力な魔法付与でもついてんのか?」

「何にしても、さすがはご主人様所有の武器だ。見た目や木製だからって侮れんな」


 打出の小槌の打面を軽く手で擦ってから、ウォーハンマーとともに空間魔法陣に仕舞うラウル。

 本当はこの後に砂漠蟹もウォーハンマーで砕く予定だったのだが、殻の飛び散り問題を受けて一旦保留することにしたのだ。

 ジャイアントホタテの殻だってこれだけ飛び散るのだ、砂漠蟹の殻とて同様のことが起きるのは目に見えている。

 ならば新たに対策を練ってから出直そう、とラウルが考えるのも当然である。


 さてそうなると、思ったより時間が余ってしまったラウル。

 このままラグナロッツァの屋敷に帰ってもいいが、せっかくならこの余暇時間を活かしてどこか別の場所にも寄っていきたいところだ。

 このカタポレンの家から行けるところとなると……ラウルはしばしの思案の後、ぽつりと呟いた。


「……そしたらちょっと寄り道していくか」


 そう言ったラウルは、カタポレンの家から駆け出していった。





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 ラウルの家庭菜園計画の一環、肥料作りの風景です。

 途中マードン入りの魚籠が出てくるのはご愛嬌。カタポレンの森の家の倉庫に置いたまま、というレオニスの話の裏付けですね(・∀・)

 肝心のラウルの殻処理作業の方はほとんど進んでませんが、ウォーハンマーなどの武器の選択等一歩づつ、確実に、家庭菜園計画の支度は進んでいます。

 殻の飛散問題など、まだこれから様々な対策をしなければなりませんが。これもラグナロッツァでの家庭菜園という夢を実現するためだ、頑張れラウル!

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