第509話 餌の与え方の法則性

 ミーアの気分もだいぶ落ち着いてきたところで、いよいよ使い魔の卵の孵化作業に入る。

 ライトはアイテムリュックから様々なものを取り出し、地面にずらりと並べる。


「えーとですね。与える餌によって、卵から生まれてくる使い魔の種族が変わる、というのは先程説明した通りなんですが。まずは基本的な餌のことから解説していきますね」

『はい、ご教示の程よろしくお願いいたします』

「肉を多く与えれば中型から大型の肉食獣系、魚を多く与えれば海や湖に関係した水棲動物、野菜や草を多く与えれば森林や植物に関連した精霊などが出てくる、という法則があります」

『餌を与えると一口に言っても、いろんな選択肢があるんですか……まるで職業システムのようですねぇ』


 使い魔システムのことを全く知らないミーアのために、ライトが懇切丁寧に教えていく。

 基本的な大原則を知った上で与える餌を選択しないと、思いもよらない結果を招いてしまうからだ。


「転職神殿の近くに水場はないし、ここで水棲動物が生まれてもその後の暮らしに困ることになると思うので。魚系の餌は今回は除外します」

『そうですね。たくさんの水が必要な生き物は、この転職神殿でお世話することは不可能だと思います』

「となると、残る選択肢は肉系もしくは野菜や樹木などの植物系になるんですが。ぼく、ここで一つ試してみたいことがありまして」

『試してみたいこと、ですか?』


 使い魔の卵に与える餌から、まず魚系は除外するというライト。この転職神殿という環境を考えると、それは至極妥当な話でありミーアも同意する。

 そして、餌に関して試したいことがある、と言い出したライト。石や金属に続き、まだ実験し足りないのだろうか。


「ゲームの中では、肉、魚、野菜含む植物、餌はこの三択しかなかったんです。肉と一口に言っても『使い魔の餌』というアイテムがあって、その中に『安い肉』『高級な肉』『お手頃な肉』などの質的な面でのランク分けはありましたけど」

『餌のランクが違うと、卵の育ち方も変わるんですか?』

「ええ、おそらくは卵が餌から得られる経験値の量が違うんだと思います。『安い肉』はたくさん食べさせないとなかなか孵化しなくて、『高級な肉』を与えると早くに孵化しましたし。中には高級品だけを与え続けることでしか生まれない、とてもレアな種族もありましたからね」

『食べ物の質によっても、その結果が様々に変わっていくのですか……ますます以て趣向が凝らされたコンテンツなのですねぇ』


 ライトが語る使い魔システム、その奥深さにただただ感心し称えるミーア。

 BCOで使い魔に与えられる餌は、まず『使い魔の餌』という共通の名称があった。その後ろに(安い肉)(普通の魚)といったランク分け用の名称がつく。

 具体的な例を挙げると『使い魔の餌(安い肉)』『使い魔の餌(普通の魚)』『使い魔の餌(高い野菜)』といったアイテム名になり、餌のジャンルが分かるようになっているのだ。


「ですが、この世界にはその三つ以外にも人間が食べられるものはたくさんありますよね?」

『そうですねぇ……主食以外ですと、飲み物とかお菓子などの嗜好品もありますよねぇ』

「そう、ぼくが試してみたいのはそこなんです!」


 ミーアの答えにライトは興奮気味に食いつく。

 先程ライトがアイテムリュックから出して並べた品々は、HPまはMPの回復効果のあるお菓子や回復剤などだった。

 実はこうした飲料や菓子などの嗜好品は、BCOでは使い魔の餌の選択肢には一切なかったのだ。


 ゲームではそれらは選択肢に出てこなかったが、現実世界では人間が飲み食いする至って普通の品々である。

 使い魔の卵の餌が『人間が飲み食いできるもの』という条件ならば、回復剤類や菓子類だって立派な餌になるのでは?とライトは考えたのだ。


「まず試してみたいのは飲み物、特に回復剤系なんですよねぇ。石や金属などの、明らかに食べられない物はダメでしたけど、回復剤類なら人間も普通に飲むものですし。身体に害のないものなので、卵の育成にも悪影響は出ないと思うんです」

『そうですね、回復のためのものならば卵にも害はなさそうですよね』

「なので、まずはこれを与えていきたいと思います!」


 ♪テッテケテッテッ、テーテーテー♪

 という効果音こそなかったが、ライトが手に取り天に向かって高々と掲げたのはコズミックエーテルである。


 コズミックエーテルは、現在ライトがレシピ生成できるMP回復剤類の中で一番効果が高い品だ。

 しかもその材料も比較的入手しやすいものばかりなので、量産するならこれが一番お手軽なのだ。


「では、今からこれを使い魔の卵にかけてみますね……」

『……はい……』


 ライトはコズミックエーテルの瓶の蓋を開け、使い魔の卵を手のひらに乗せてコズミックエーテルを少しかけた。

 すると、卵にかけたコズミックエーテルは一滴も溢れることなく卵が全て吸収した。

 しかも卵がふるっ、と震えながら、ライトの手の中で明らかに一回り大きくなったではないか。

 ライトもミーアも「おおッ、これはイケる!」という確信を得た笑顔になる。


「おおッ!ミーアさん、今の卵の反応、見ましたか!?」

『はい!卵が見事にエーテルを飲み干して、しかも大きくなりましたね!』

「よーし、このまましばらくコズミックエーテルを与えてみましょう!」


 卵からの十分な手応えを得たライト達。

 その後も意気込みつつ、しばらくコズミックエーテルを与え続けていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 一本、二本、三本……コズミックエーテルをどんどん卵にかけていくライト。

 与えれば与えるほど、使い魔の卵はどんどん大きくなっていく。

 コズミックエーテルの空瓶が五本目になった頃には、ライトの両手分くらいの大きさになっていた。


 さすがにそれを片手で持ち続けながらの餌やりはキツいので、ここからは使い魔の卵を地面に置いて作業することにする。

 十本、十五本、二十本……使い魔の卵は確実に大きくなっていく。だが、三十本目を過ぎてもまだ孵化しない。

 孵化しないどころか、まだ罅の一つも入らない有り様だ。


 今日ライトが持ってきたコズミックエーテルは、全部で五十本。この日のために前々から暇を見ては、レシピ生成でコツコツと作り貯めてきた、とっておきの虎の子の五十本である。

 だが、もしこれでもまだ足りずに孵化に至らなければ、今度は別の餌を与えなければならない。

 中途半端に大きくしたまま、この野晒しの転職神殿に卵の状態で放置して帰宅する訳にはいかないからだ。


「うーん……コズミックエーテルってMP回復剤の中ではかなり上位種なんで、五十本あればイケるかと思ったんですが……」

『かなり大きくはなりましたけど、それでもまだ孵化しませんね……』

「できれば一種類の餌だけで孵化させてみたかったんですが……残りの十本をあげても孵化しなかったら別の餌、違う種類のMP回復剤も与えてみます」


 ライトとしては、複数種類の餌を与えるよりも単一種類で孵化させたいところだった。その方が今後の餌やりのデータ参考にしやすいからだ。

 また、BCO世界における使い魔の卵の孵化は、肉なら肉だけ、魚なら魚だけ、というようにひたすら同じものだけを与え続けた方が良い結果が得られやすい傾向にあった。


 人間ならば、肉も魚も野菜も全て満遍なく食べることが健康な身体を作る秘訣だ。だが使い魔の卵の場合は全く異なる。

 餌の傾向を統一せずに雑食をさせ続けると、あまり質の良くないものが生まれる確率が高くなるのだ。

 ここら辺の常識が現実世界とは異なり全く通じないというのは、何ともゲームらしいシステムに思える。


 BCOユーザーの間では『使い魔の卵に与える餌は同一種に絞る』『多くても二種類までがベター』『雑食は失敗のもと』などと言われており、それらは皆の経験則から得た法則だ。

 それに逆らい面白がって関連性のないものばかり与えていると、最悪の場合『失敗作』などという、見た目もグロテスクで性能的にもどうにもならないものが生まれてしまうことすらあるという。

 ライトは面白半分でそうした失敗を味わいたくはないため、そのようなお遊びはしたことはなかったが。それでも他のユーザーの話としてそのような失敗が起きた、ということは知識として知っていた。


 そうした最悪の結果を回避するため、できればコズミックエーテルだけで孵化させたかったライト。

 だが、五十本という量では孵化に至らないかもしれない。ライトは己の見通しの甘さを悔いる。

 よくよく考えれば、フォルの孵化にはユグドラツィの葉っぱを十枚使用した。

 この結果だけを見て『葉っぱ十枚だけで孵化するなんて、楽勝じゃね?』などと楽観的に考えてはいけない。

 そもそも神樹自体が滅多にお目にかかれない稀少種であり、その葉も当然とんでもない稀少品なのだ。


 コズミックエーテル五十本で足りなければ、その後はアークエーテルをあげることにしよう。MP回復剤のランクとしては二つ下がるけど、一つ下のセラフィックエーテルはコズミックエーテルの原料としてとっておかなくちゃいけないんだよね。その点アークエーテルなら、家に帰ればアホほどあるし。

 それに、アークエーテルならMP回復剤という同一種の括りに入るから雑食にはならないし、少なくとも最悪の事態にはならないはず。

 ライトは残り少ないコズミックエーテルを卵に与えつつ、頭の中で懸命にあれこれと今後の策を練る。


 そうして四十本を過ぎ、四十五本目を与え終えた時。

 ライトが両腕で抱えるよりも大きくなった使い魔の卵の殻に、一筋の罅が入った。

 ようやく現れた孵化の兆しに、ライトもミーアも一気に歓喜する。


「おおッ!ようやく卵に罅が!」

『もうすぐ孵化するのですね……!』

「残り四本で生まれてくれるといいな!」

『そうなることを願いましょう!』


 ここからはまた慎重に、ゆっくりとコズミックエーテルを卵に与えていくライト。

 卵の罅割れたところから、中に染み込ませるように罅に直接コズミックエーテルを流し込んでいく。

 その思いに応えるかの如く、一筋の罅は餌を飲み込む毎にどんどん拡がっていき、卵が中から殻を割るかのように小刻みに震える。

 四十九本目を与え終わる頃には、殻全体に網目のように細かい罅が入っていた。


 そしてコズミックエーテル五十本目、最後の残り一本。

 ライトもミーアも、息を呑みながら使い魔の卵を見守る。

 緊張した二人の視線が卵の行く末を見守る中、ライトはゆっくりと、卵全体にコズミックエーテルをそっとかけていく。

 瓶の中身の残り半分を過ぎ、瓶の口を真下に向けて垂直に立て、最後の一滴まで余さずかけ終えたライト。

 そのまま二人はしばらく卵の様子をじっと静かに見守る。


 卵がより一層激しくカタカタと自発的に動く。中から何かが懸命に外に出ようとしているようだ。

 卵の中に確実に息づく何らかの生命。その生命が自力で外の世界に出てこようとする動作を、ライトもミーアも固唾を呑みつつ見守り続ける。


「頑張れ、頑張れ!もうちょっと!」

『頑張って!頑張って!あと少しですよ!』


 心の中で懸命に祈っていた二人の心の声は、いつしか本当の言葉となって二人の口から出始める。

 二人とも両手を握り拳にしつつ、カタカタと動く卵に向かって懸命に応援し励まし続ける。手に汗握る応援とは、まさにこのことだ。


 孵化というゴールにもうすぐ到達する使い魔の卵と、その卵の行く末を見届けるべく必死に応援し続けるライトとミーア。

 二人の声が届いたのか、殻の一角が割れてその中から小さな手がニョキッ、と出てきた。

 二本の手と腕が殻の外に現れ、己を包む殻を少しづつ押し退け取り除いていく。


 そうして外に出てきた使い魔の姿に、ライトもミーアもしばし絶句する。

 卵から出てきたのは『天使』だった。





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 使い魔の卵に必死に餌を与えるライト。

 そういやつい最近も、暗黒神殿で卵に餌を与える場面がありましたっけ( ̄ω ̄)

 神殿の卵の場合、これまでの二例はどちらも中身がレイドボスという、使い魔以上に非常に特殊かつ大型モンスターなので、それらに比べたら使い魔の卵の方がまだ楽というか餌の量も少なくて済むのですが。


 というか、今回も使い魔の卵に与えられる餌の法則性など初出のシステム解説が続いたため、中身の登場が一番最後になってもた><

 でもまぁこうした情報というのはね、ちゃんとした形で一度出せば以後同様の場面を迎えた時に略せるので。転移門然り、魔石然り。

 こうしたシステム解説関連は、一番最初の説明は手間かかるけど物語の進行のためには最初が肝心!ということで、何卒ご寛恕くださいませ。


 ちなみに使い魔二例目のウィカのお話の補足。

 あの時ライトが孵化用に与えた餌は、貝やら魚やら水藻など様々なものがありましたが。あれらは全て『目覚めの湖産・鮮度抜群の水産物』という一つの括りに入っています。

 ですので餌の与え方『魚系なら魚だけを与える』という大原則にも一応ちゃんと沿っているのです。

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