第503話 ノワール・メデューサの真名
祭壇のド真ん前にレオニスがテーブルや椅子を置き、ライトはテーブルの上に飲み物やお茶菓子を四人分出して並べていく。
本日のスイーツは、ラウル特製ブラウニーと冷たい牛乳である。
濃厚なチョコレートが使われたブラウニーには、くるみがたっぷりと練り込まれている。味や風味の向上のみならず、歯ごたえや腹持ちも抜群に良くなり栄養面もバッチリだ。さすがはラウル、料理に関しては全てにおいて完璧である。
そして、チョコレート系のケーキには何と言っても冷たい牛乳が一番よく合うよね!というのはライトの持論である。
お茶会の支度が全て整ったところで、ライトが闇の女王達を呼び寄せる。
「闇の女王様、ノワールちゃん、お茶会の支度ができましたよー!」
先程まで諸々の衝撃により、全身ヘロヘロだったライト。フラフラしながらも、お茶会の準備をしているうちにテンションが上がって元気を取り戻したようだ。
祭壇前から少し離れたところで、ライト達が支度するのをおとなしく見守っていた闇の女王とノワール・メデューサ。
ライトの呼びかけに、二人はいそいそとテーブルの近くに寄ってくる。
レオニスが椅子を引き、ノワール・メデューサを座らせる。そしてライトももう一つの椅子を引き闇の女王を座らせる。
ライトもレオニスも、実は何気にレディーファーストとエスコートくらいはちゃんとできるのである。
四人で席に着いたところで、ライトが本日のメニューの解説を始める。
「えー、本日のおやつはラウル特製ブラウニーと冷たい牛乳です!どちらもおかわりできるので、もっと食べたい時はぼくに言ってくださいね!」
『うむ』「おう」『♪♪♪』
「では、いっただっきまーす!」
ライトの合図で皆それぞれにおやつを頬張り始める。
ブラウニーは正方形にカットされていて、手で摘んで気軽に食べられるのがとても良い。さすがはラウル、食べる人のことをちゃんと考えている。
一口食べただけで濃厚なチョコレートの香りが口いっぱいに広がり、くるみの歯ごたえと香ばしさがケーキと混ざり合って絶妙なハーモニーを醸し出す。
そしてブラウニーを二口三口食べた後に飲み込む牛乳の、何と美味なることよ。チョコレート味に埋め尽くされた口内を、牛乳のまろやかな甘さが綺麗さっぱり押し流してくれる。
この鉄板とも言える完璧な組み合わせに出会う時、ライトはいつも「ンーーー、美味しーい!」という言葉が必ず洩れてしまう。
目を閉じ頬を押さえ、今にも花が咲かんばかりの笑顔のライト。まさに至福の時である。
そんなライトの至福の顔を見ながら、闇の女王やノワール・メデューサもそーっとブラウニーを一つ摘み、しばし上下左右に動かして繁繁と眺めた後ようやく口に含んでみる。
『『!!!!!』』
闇の女王の目が大きく見開かれる。
一方のノワール・メデューサは、目隠しをしているので目の表情は分からない。だが、口に含んだ途端にもくもくもくもくと嬉しそうに咀嚼しているところを見ると、美味しく食べているようだ。
そこから先は二人の食べるスピードが加速する。
ブラウニーをまくまくと食べては牛乳を二口三口飲む、その繰り返し。そしてあっという間に彼女達の皿とカップは空になった。
『おかわり!』
『♪♪♪』
「おかわりー」
二人してお皿を手に持ち、ほぼ同時にライトに向けて差し出した。
ラウルの特製スイーツに、二人ともすっかり魅了されたようだ。
そしておかわり要請は、闇の女王とノワール・メデューサだけではない。何気にレオニスもその中にちゃっかり混ざっている。
三つの皿を同時に突きつけられたライトは、笑いながらそれぞれの皿にブラウニーを追加していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はー、食った食ったー」
「美味しかったー♪」
心ゆくまでブラウニー&牛乳を堪能したライト達。
一旦ごちそうさまをした後に、お皿だけ片付けてカップの牛乳を再び皆の分を注いでから一息つくライト。
「闇の女王様、ノワールちゃん、ラウルのおやつは美味しかったですか?」
『ああ、吾は地上の食べ物を食したのは初めてだが、とても良いものだった』
『♪♪♪』
「それは良かったです!」
「ライトは俺よりたくさんのスイーツ持ってるよなぁ? ラウルのやつめ、何で俺にはスイーツ持たせてくれないんだ?」
ライトが闇の女王やノワール・メデューサにおやつの感想を聞く傍らで、レオニスが何やらブチブチ呟いている。
以前のカスタードクリームパイ同様、どうやらこのブラウニーもレオニスは持たせてもらっていないらしい。
そこら辺は『おやつは子供の特権』的な意識がラウルの中にあるのだろう。
帰宅したら早速ラウルに抗議&交渉だ!と内心で燃えるレオニスである。
「ところで闇の女王様は、この暗黒の洞窟から外に出たことは一度もないんですか?」
『女王になってからは一度もないな。闇の精霊の頃には、月の出ていない曇り空や雨の日の夜にたまに外に出たものだが』
「そうなんですか……やはりこの暗黒神殿を守るために、ここから離れられないんですか?」
『いや、一応それもあるにはあるが。ただ単に外に出るのが億劫で面倒くさいだけでの』
「「…………」」
闇の女王も水の女王のように、何らかの行動制限があるのかを知りたくて質問してみたライト。
それに対して闇の女王から返ってきた答えは、何とも身も蓋もないものだった。ライトの忖度マシマシの慮りも、実に台無しである。
しかし、水の女王のような意味不明の強制力よりも、闇の女王の方が分かりやすいといえば分かりやすい。
闇に生きる者達は、太陽が出ているうちは当然外には出ないだろう。そうなると、必然的に外に出たり活動するには闇に包まれた夜のみということになる。
それに、この暗黒の洞窟も廃都の魔城の四帝に狙われているとなると、闇の女王一人で外を彷徨くのは危険だ。
この暗黒神殿のあるエリアにいれば絶対に安全だが、ここから外に出れば何が起こるか分からない。ここを付け狙っているという死霊使いが、今もどこかで虎視眈々と隙を伺っているかもしれない。
「ここに何度か侵入したという、死霊使い? そいつが一番最後に現れたのはいつ頃のことだ?」
『んー……あやつ等は本当に忘れた頃にやってくるのよなぁ……外の木の実が成る二十回分くらいは来てないから、もうそろそろ来る頃やも知れぬが』
「外の木の実ってのは、何日で実るんだ?」
『吾が二百回くらい寝たら花が咲き、花が咲いてから百五十回くらい寝ると実が最も大きく成る。あの実は成熟後、吾の眠りの十五回ほどで木から落ちてしまう。故に木の実が成っているところに立ち会えた其の方等は、なかなかに運が良いぞ』
この暗黒の洞窟にも昼夜や季節の概念はないので、レオニスが慎重に質問をして時期や周期を探っていく。
「女王が寝るってのは外が明るいうちで、起きているのは夜の暗い時間の間、だよな?」
『もちろん。闇に生きる者は皆そういう習性を持っている』
「そうか……そうすると、外の木の実は一年に一度実をつけて、その二十回分は来てないってことはここ二十年は死霊使いは来てないってことか」
神殿の外に木の実が成っていたが、約一年の周期で花を咲かせてこの春の時期に実が成るようだ。
その周期を計る目安が『闇の女王の眠った回数』というのは何とも面白いものだ。だが、日の出や日の入り、時計などで時の経過を知るという概念がないこの場所では、それくらいしか日時や年数を計る手段がないのだろう。
闇の女王はその独自の数え方により、死霊使いの襲撃周期を把握しているようだ。
そして、死霊使いが最後にここに来たのは二十年以上前のことらしい。
レオニスがカタポレンの森に住むようになったのは十年くらい前からなので、二十年以上前のことはさすがに分からないのも致し方ない。
『木の実が五回も成らぬうちに再び来ることもあれば、此度のように二十回過ぎても音沙汰ない時もあるがな。ほんに気まぐれな奴等よ』
「襲撃の周期は特に決まってないんだな」
『ま、何度来たところで結果は同じだがの。吾があれらをここに招き入れることは絶対にないし』
襲撃の時期は何年に一度という決まった間隔ではないらしい。
そして闇の女王が自信満々に言い放つ通り、そいつ等がこの暗黒神殿に立ち入ることはまずないだろう。
闇の女王がその意志をもって転移用円陣を展開しなければ、ここには絶対に来れないのだから。
「ここに来るのはいつも同じやつなのか?」
『おそらくはそうだと思うが……黒緑のローブを着た薄気味悪い奴でな、頭からすっぽりとローブを被っておるので顔は見えんのだが。手には大きな鎌を持ち、背には左右一対の皮膜型の翼が生えておる』
「黒緑のローブに大鎌、左右一対の皮膜の翼か。覚えておこう」
闇の女王の言う死霊使いの特徴を聞き出すレオニス。
もしどこかでその特徴を持つ者に出くわした場合、それが廃都の魔城の四帝の手先であることがすぐに分かるようにするためだ。
廃都の魔城の四帝の手先、しかも大量のゴーストを引き連れた尖兵工作部隊となれば、間違いなくレオニスにとっても率先して殲滅すべき敵である。
「俺もしばらくは暗黒の洞窟の周辺を優先して警邏しよう。もし何か異変が起きたり襲撃されたら、夜中に闇の精霊でも飛ばして俺に知らせてくれればありがたい。すぐに駆けつける」
『相わかった、そのように取り計らおう』
「今日はここにノワール・メデューサも誕生したことだしな。これからも警戒するに越したことはない」
『そうだな。吾もこれからはこの地でノワール・メデューサ様をお護りせねばならん』
ご機嫌な様子でカップを両手で抱え持ち、牛乳をコクコクと飲むノワール・メデューサ。その愛らしい仕草を、闇の女王は優しい眼差しで見守っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おやつも一通り食べ終わり、ひとまずお皿やカップ、テーブルや椅子を片付けることにしたライトとレオニス。
レオニスの空間魔法陣に家具類を、ライトのアイテムリュックに食器類をそれぞれ収納していく。
お茶会の片付けが終わった後は、闇の女王が三人を庭園に案内してくれた。
庭園で咲き誇る花々や木々の実りを眺めながら、ライトがふと闇の女王に向かって質問をした。
「あのー、このノワールちゃんはこれから何て呼べばいいですか? ぼくは既にノワールちゃんって呼んじゃってますけど……ちゃんとした名前は要りますか?」
『名前? そうだな……この御方は世界で唯一のノワール・メデューサ様だから、本来なら名など不要だが……真名を得ることで、逆に呪いなどから御身を護ることも可能になるか』
ライトの問いかけに、闇の女王は本来なら不要の名前にも別の効果を見い出す。
『真名を得ることはノワール・メデューサ様のためにもなるので、是非とも其の方等につけてもらいたい。……そうさな、せっかくならノワール・メデューサ様のパパであるレオニスにつけてもらおうか』
「えッ!? 俺!?」
闇の女王からの突然のご指名に、レオニスが己の顔を指差しながら仰天顔で驚愕している。
「そうだね!レオ兄ちゃん、パパとして初めてのプレゼントをあげなくちゃね!素敵な名付けよろしくね!」
「ラ、ライト、お前まで俺に重圧をかけるんじゃない……」
『♪♪♪』
三者からの期待のこもった眼差しに、思わずレオニスが後退る。
だが闇の女王からの直々のご指名とあっては、レオニスも断る訳にはいかない。
レオニスは目を閉じ、首を上下左右に捻りながら無い知恵を絞り懸命に考えている。途中「『ノワ』じゃダメか?」と弱々しく尋ねるも、ライトの「そんなのダメッ!それじゃ種族名まんまじゃん、何の変化も捻りもなさ過ぎでしょ!」と速攻で却下されてしまう。
その後も「タマ……」「不可!」「クロ……」「却下!」「ミケ……」「猫から離れてッ!」等々、レオニスが何かを呟いてはライトに即却下されるという応酬が続く。
思わぬ大苦戦に、レオニスどころかライトまでハァ、ハァ、と息切れしてきている。
「な、なら、『クロエ』でどうだ……俺の頭じゃこれが限界だぞ……」
「『クロエ』、ね……うん、いいんじゃないかな……響きも女の子っぽくて可愛いし……」
「なら『クロエ』で決まり、だな?」
「闇の女王様のOKが出たらね……」
ゼェハァ言いながら、何とか案を出した二人。
レオニスが出した『クロエ』という名も、おそらくはその少し前に出した『クロ』をちょいとだけ捻ったものと思われる。
だがレオニスも、これでも一生懸命に頑張ったのだ。彼なりに努力したのだ。そこは認められて然るべきである。
というか、そもそもレオニスに洒落た名付けなど期待してはいけない。もとからそういったジャンルには特に疎いのだ。
『クロエ、か。可愛らしい響きではないか。吾もその名で良いと思う。ノワール・メデューサ様、『クロエ』という真名は如何ですか?』
『♪♪♪』
『そうですか、ではこれから貴方様の真名は『クロエ』と相成りました。吾もこれからクロエ様に、誠心誠意お仕えいたします』
闇の女王が、隣に座っているノワール・メデューサに優しく問いかける。
ノワール・メデューサも『クロエ』という名を気に入ったようだ。
「レオ兄ちゃん、真名はクロエで決まりだって!良かったね!」
「ぁ、ぁぁ……子供の名付けって、こんな大変なことなんだな……」
「そりゃ名前は一生物だからね!……あ、闇の女王様、真名ということはそのままの名を呼んではいけないですよね?」
『そうだな、真名は親兄弟以外に知られてはならぬもの、とされておる』
名付け作業だけで既に
「そしたら、クロエの愛称は『ココ』なんですが。『ココ』とノワールの『ノワ』、愛称として呼ぶならどっちがいいですかね?」
「ふむ、どうせならクロエが由来の『ココ』の方が良かろう。せっかく其の方等に苦心してつけてもらった真名であるからな」
『♪♪♪』
こうしてノワール・メデューサはレオニスから『クロエ』という真名をもらい、ライトからは『ココ』という愛称をもらったのだった。
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親子でお茶会 in 暗黒神殿です。
ついでにレオニスがノワール・メデューサの名付け親にご指名されちゃって、まぁ大苦戦ですこと!(º∀º)
苦し紛れに何とか捻り出した『クロエ』というのも、本来ギリシア語で「緑の若い穂」「新緑」「新芽」「若草」「若枝」など、若い植物に関連する意味を持つ女性の名前なのだそうで。
ぃゃー、黒を意味するノワールには色的には全く方向違いなんですが。それでもねー、レオニスの名付け能力を考えるとねー、そこら辺が限界なんですよ( ̄ω ̄)
だいたいね、作中でも書いた通りレオニスにオシャンティーな名付けを期待する方が無理ってなもんです。ご指名を受けたのがライトならば、もうちょい気の利いた名前も出せたのかもしれませんが。
でもまぁ将来ちゃんとした温かい家庭を持ちたいレオニスにとっても、今回の名付け修行はいつか大いに役立つことでしょう!……多分。
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