第498話 暗黒の洞窟の内部
ライトとレオニスが、カタポレンの家から暗黒の洞窟のある岩山を目指し駆けること約三十分。
暗黒の洞窟の入口から少し離れたところで、洞窟に入る前の事前確認も含めての小休止を取る。
二人して地面に座り、糖分補給のカスタードクリームパイをもっしゃもっしゃとパクつきながら、飲み物代わりのエクスポーションやハイポーションをくぴくぴと飲んでいる。
「レオ兄ちゃん、暗黒の洞窟の中ってどうなってるの?」
「階層が三つあって、入口から近い順に『一層』『二層』『三層』と呼んでいる。魔物の強さはもちろん下に行くほど強くなっていく」
「えッ、三つも階層あるの!?……迷子になったりしたらどうしよう」
「そういう時は、とりあえず上り坂の方に進め。暗黒の洞窟も天然の洞窟で、先の方に行くほどどんどん地下に潜っていく傾向にあるんだ。ま、今日は俺といっしょに進んでいくから迷子になんてならんがな」
ライトが知るBCOの暗黒の洞窟は、階層などない平地だった。
だがこのサイサクス世界の暗黒の洞窟は、地上階と地下二階の三層があるという。将来的に洞窟系ダンジョンの拡張予定でもあったのだろうか。
おそらく一層がライトの知る暗黒の洞窟なのだろう。
その先の二層、三層、そしてその最奥にある暗黒神殿。どれもがライトにとっては未知の領域である。
「入口から一番奥に着くまで、時間はどれくらいかかるの?」
「普通にゆっくり歩いて一階一時間、三層合わせて片道三時間ってところか。走ればもうちょい早くに着くが、天然の洞窟で足場が悪いしなるべく走らん方がいいんだ。サイバーゴーグルの視界もそこまで良くないしな」
「片道三時間かぁ……往復六時間、半日かかるんだね」
「最奥で用事を済ませたら後は帰るだけだし、帰りは上り坂だから少しくらい走ってもいいがな」
ライトの質問に答えながら、レオニスが空間魔法陣を開いて何かを取り出す。
それはレオニスお手製の暗黒の洞窟の地図である。
「昔この暗黒の洞窟を何回か探検した時に、一応道順だけは描き留めておいたんだよな。まぁ徹底的に調べ尽くした訳じゃないから、地図というより本当に大まかな図だけどな」
「レオ兄ちゃんも一応調べてたんだね」
「まぁな。この暗黒の洞窟は場所柄のせいか、内部を調べた資料が全くなくてな。地図なんていいもんもないから、入る度に必死に細かく描き留めてたもんだったわ」
言われて見ればその通りで、ここはカタポレンの森のど真ん中。
そもそも魔の森と呼ばれるこの場所に、長時間入っていられる人間自体がほとんどいないのだ。
人間が立ち入ることが全くないということは、環境保全の面ではとても良いことである。だが、その分利便性やデータ研究といった面では不便極まりなかった。
「まぁねぇ、場所が場所だけに仕方がないよねぇ」
「そうなんだよなー。ま、そもそも暗黒の洞窟に潜りたいやつなんて俺やライトくらいのもんだけどな」
「それでもやっぱり地図くらいは欲しいよねぇ。マッピング機能のついた魔導具とかあればいいのにー」
「………………それだ!」
文明の利器に慣れた現代っ子らしく、地図が欲しい、マッピング機能付きの魔導具が欲しい、と呟いたライト。
その言葉を聞いたレオニスが、突如目を大きく見開き呆気にとられた顔になる。それからしばし無言の後に「それだ!」と叫んだではないか。
突然の大声に、ライトが「ヒョエッ」と小さく飛び上がる。
「ラグナロッツァの下水道、あれって地図機能のついた水晶玉を起動させることで地図を目の前に浮かび上がらせるんだよな」
「どういう仕組みでできているのかは知らんが、あのラグナロッツァの下水道の複雑な経路を全部網羅してるんだから、かなり高性能な地図機能を持つ魔導具に間違いない。それがあれば、今後地図のない場所を調べていくのにもってこいだ!」
「あれは魔導具の一種だから、魔術師ギルドの管轄か?……よし、今度魔術師ギルドに行ったらピースに聞いてみるか」
ライトの言葉にヒントを得たレオニスが、ぶつぶつと独り言を呟いている。
レオニスが思い出したのは『ラグナロッツァの清掃管理局が使っている、下水道のマップ表示を浮かび上がらせる水晶玉』のことであった。
これを入手できたら、暗黒の洞窟の内部地図も簡単に記録保持&参照できるんじゃね?と考えたのだ。
「え、何ナニ、もしかして地図を記録できる魔導具とか本当にあるの?」
「おう、あるぞ。ライトは見たことないだろうが、ラグナロッツァの下水道の清掃には地図を浮かび上がらせる水晶玉を持たされるんだ。下水道はかなり広くて経路も複雑だからな」
「あー、こないだラウルが酷い目に遭った、あの下水道?」
「そうそう、それそれ」
確かに下水道という場所も、その役割を考えれば洞窟と大差ないくらいに複雑な内部構造をしているだろう。
そんな下水道を定期的に清掃したり運営管理していくには、ちゃんとした地図が必要不可欠だ。
「あの水晶玉、おそらくはお上専用のアイテムのような気がしないでもないが。類似品というか、民間向けに似たようなアイテムもあるんじゃねぇかと思うんだよな」
「そうだね。そんなすごい品ならお値段もきっと高いんだろうけど、もし普通の人でも買って持てるならすごく便利だよね!」
「値段はともかく同じようなもんがあるかどうか、今度魔術師ギルドに行った時に聞いてみるわ」
「もし買えたら、ぼくにも見せてね!」
ライトの何気ない言葉により、思わぬ方向に発展していった地図作りの話。
今日の暗黒の洞窟探検には間に合わないが、次に同様の洞窟や未知の場所に行った時には必ず役に立つに違いない。
普通の人族の力では入ることのできない、人跡未踏の地も多いのだ。
話を一通り終えて、二人は座っていた地面から立ち上がる。
「さ、じゃあ今から暗黒の洞窟に入るぞ。ハイパーゴーグルや魔物除けの呪符の準備はいいか?」
「うん、バッチリ準備してあるよ!」
「よし、気合い入れて行くぞ」
「うん!!」
二人はそれぞれハイパーゴーグルを装着し、ライトは懐中時計で今の時刻を確認してから魔物除けの呪符を破き使用開始する。
眼前に広がる大きな暗闇に向かって、二人は歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスが先頭を歩き、ライトはレオニスの後をついていく。
初めて装着するハイパーゴーグルに、ライトは興味津々で周囲をキョロキョロと見回している。
ハイパーゴーグルから得られる視界は主に灰色で、まるでモノクロTVの世界のように見える。
さすがにフルカラーでの視界確保には至っていないが、それでも暗闇の中をこれ程はっきり視認できれば御の字だ。
レオニスの背中もちゃんと見えるし、何ならモノクロと化した深紅のロングジャケットの全体的なライン、裾の切り込みや細いベルトループだってくっきりと見える。
岩壁のゴツゴツとした感じや足元に転がる石ころも見えるので、転んだりぶつかったりしないように注意しながら歩けるのはかなり大きく助かる。
そうして二人で静かに歩いていくこと約五十分。
ハイパーゴーグルと魔物除けの呪符の組み合わせ効果のおかげで、魔物に一切襲われることなく一層の最奥まで辿り着いたライトとレオニス。
だが、道の突き当たりには特に何も見当たらない。
キョロキョロと周囲を見回したライト、不思議そうにレオニスに問うた。
「レオ兄ちゃん、ここには何もないけど……どうやって次の層に行くの?」
「洞窟の突き当たりには、次の層に移動する仕掛けがあるんだ。言ってみれば行き先が往復だけで固定された転移門みたいなもんだな」
「……あの、何か薄ーく線が描かれているところ?」
「そうそう、それそれ」
レオニスの話によると、一層の突き当たりには二層の始点に繋がる仕掛けがあるのだという。
そう言れてよくよく見ると、突き当たりの壁の手前の地面に何らかの模様のような、いわゆる円陣が描かれているのがライトにも分かった。
「あの円陣の中に入ると、二層の始点に飛ぶんだ」
「へー、本当に転移門みたいな仕掛けなんだね」
「三層に移動するのも同じで、二層の突き当たりにある円陣から飛んで移動するんだ」
「帰りは逆に行けばいいってこと?」
「正解」
暗黒の洞窟が三層構造と聞いた時、ライトはてっきり階段で上下移動するのかと思っていたのだが。実は全く違い、ワープホールのような仕掛けで階層移動するらしい。
まぁよくよく考えてみれば、階段なんて如何にも人の手で整備されたような設備が天然の洞窟内にあろうはずもない。ただし、それを言ったら『転移門的な瞬間移動システム』が備えられている時点でおかしい、という話になるのだが。
だがそこはソシャゲがベースのこの世界。魔力と魔法があって、数多の魔物や悪魔がいるだけでなく、竜に幻獣、神樹や精霊の女王もいるファンタジー世界なのだ。
ゲーム世界ならば、階段なんかよりもむしろ瞬間移動のワープホールがある方が自然にして大正義なのでは?とさえ思えてくる。
「ここに入るだけでいいの?」
「そうだ。この円陣の中に全身入るだけで、ここに対応した円陣に移動する。別の円陣に飛ばされることは絶対にない、この手の円陣は二つで一つ、一対の組み合わせでしか存在しない」
円陣の手前まで来たライトとレオニス。
いつもの転移門やヴァレリアにもらった瞬間移動システムとは違う、いわば第三の瞬間移動システムを前にしたライト。弥が上にも緊張が高まる。
「……何だ、怖いのか? 怖いなら手を繋ぐか?」
「だだだ大丈夫!ここここれくらい、こここ怖くなんかないし!」
「そうか? ならいいが」
如何にも緊張顔のライトに、レオニスが心配して声をかける。
だがライトは懸命に気丈に振る舞う。ライトとて冒険者を目指す一人の男の子だ、ここで怖気づいていたら立派な冒険者になどなれる訳がないのだ。
ライトが必死に頑張ろうとする健気な様子を見て、レオニスが小さく微笑む。
レオニスの心情とてしは、ライトのその姿は頼もしさ半分、頼ってもらえない寂しさ半分、といったところか。
「さ、じゃあいくぞ」
「……うん!」
ライトの決心が鈍らないうちに、とばかりにレオニスが一歩前に足を踏み出す。
ライトもそれに遅れないよう、大きく一歩前に進む。
円陣の中に入った二人の身体は、瞬時にそこからフッ……と消えた。
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いよいよ暗黒の洞窟内部の探索です。
今回の目的は暗黒神殿、そこに住む闇の女王に会うことが一番の目的なので、それを最優先としてスムーズに事を進めるために魔物除けの呪符を使用しています。
故に魔物一匹にすら遭遇しない静かな探検ですが、本当はライト的には二層や三層の魔物も見てみたかったなー、とちょっとだけ内心残念に思っていたりします。
階層移動に用いる円陣、ワープホール的なシステムですが。RPGゲームの迷宮やダンジョンなんかではお約束というか、ド定番のシステムですよね!
まぁもともと既存システムとして転移門が存在する世界ですからね、洞窟内にワープホールが存在しててもおかしくはないのです。
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