第494話 魔剣を巡る思惑

「ほほぅ……どのような意見で二分しておるのですかな?」


 ホロの言葉を聞いたパレンが静かに問うた。

 大方の予想はつくが、それでも当事者の口から直接話を聞かねばならない。


「まずあの大剣【深淵の魂喰い】は、我等ラグナ教が長年管理してまいりました。その名の如く手に取った者の魂を吸い取る魔剣故、無辜の民に害が及ばぬよう我等の手元に置き、懸命に浄化に努め続けてきたという自負がございます」

「残念なことに、この期に及んでまだその自尊心を捨てられぬ者も多いのです」


 ホロの話によると、ラグナ教内部には【深淵の魂喰い】をこのまま手元に置いておくべきだ、という意見を持つ者がいるらしい。

 確かにあの魔剣は長年ラグナ教神殿にあり、もはやラグナ教の象徴のような役割すらも持っている節がある。

 だからといって、そのままラグナ教神殿に置き続けたところで【深淵の魂喰い】を扱える者などいないというのに。


「大教皇様はもちろんのこと、私もあの聖遺物は何としても聖なる状態に戻し、レオニス卿に託すべきであると思っています。唯一それこそが四帝を討ち滅ぼす手段であり、人類と廃都の魔城の長きに渡る因縁の対決に終止符を打つことができるのですから」

「ですが、私達はもうすぐ職を辞することが確定した身……表立って批判することこそありませんが、内心では私達の意見など聞くに値しないと思っている者もいるようで……」

「身内の恥を晒すようでお恥ずかしいのですが……ラグナ教内部で聖遺物を扱える者を募り、『勇者』として立てれば良いではないか、などと言い出す者も出てくる始末でして……全く以て、愚かしくも嘆かわしいことです」


 ホロが実に申し訳なさそうに縮こまりながら語る。

 要は外部の人間に聖遺物を渡したくないと考える者が少なからずいる、ということのようだ。

 聖遺物【深淵の魂喰い】の所有権をラグナ教がそのまま持ち続けるために、それを扱える者を自らの組織内から擁立する、というのだ。


 ホロの話を聞いていた他の三者の顔が曇る。

 特にレオニスなどは、苦虫を噛み潰したような顔つきになっていくではないか。


「はぁー……当代の大教皇や総主教を見て、あのキチガイ集団も少しは変わって真っ当な組織になったのかと見直したところだったが……残念ながら俺の見込み違いだったようだな」

「レオニス卿、落ち着いてください。まだ彼の組織もあの事件の衝撃から立ち直りきれていないのでしょう」

「そうだぞ、レオニス君。ラグナ教ほどの大規模な組織ともなれば、様々な主義主張が出て当然のことだ」


 みるみるうちに不機嫌になっていくレオニスを、オラシオンが必死に宥めようとフォローする。パレンもラグナ教の組織としての苦労を慮りレオニスを諌める。

 パレンもまた冒険者ギルドという大規模組織の長であり、組織をまとめ上げることの苦労は誰よりも知っているのだ。


 レオニスも親しい二人から宥められたことで、顔の険が少しづつ薄れていく。


「……まぁな、確かに二人の言う通りだ。意見や考えは十人十色、様々入り乱れて然るべきだろう。だが―――」

「ラグナ教の人間を勇者に立てるってのは、さすがに看過できんぞ?」


 静かに語るレオニスの眼光が再び鋭くなる。


「何百年も前にラグナロッツァ王国が滅びかけ、ラグナロッツァ公国に変わって以降『勇者』というジョブを持つ者は一人として出てきていないんだぞ?」

「それに、今の魔剣の状態では『生ある者の魂を食らう恐ろしい魔剣』として、ラグナ教内部でも言い伝えられているらしいじゃないか」

「聖なる状態に戻さずにあれを触れる人間が、果たしてこの世にいるのか? 百歩譲ってもしラグナ教が本物の『勇者』を、どこかから見つけ出してきたとしよう。その『勇者』でも魔の状態のあれを手に持って、無事でいられる保証などないと思うんだが」


 以前ライトが神殿で倒れた時、レオニスはその原因であろう魔剣【深淵の魂喰い】について調べたことがある。

 その時に聞いた話では『生ある者の魂を食らう恐ろしい魔剣』ということだった。

 その状態のままで素手で触れる者がこの世にいるのか?というレオニスの疑問は尤もなものだ。


「そりゃあな? 『勇者』の資格を有する者がここにいます!ってのなら、是非とも俺もお目にかかりたいところだが」

「総主教の話を聞く限り、明らかにその資格がなさそうな者にも『勇者』を名乗らせて、無理矢理にでも持たせようとしている風に聞こえるのは―――俺だけか?」


 これもまたレオニスの言う通りで、聖なる状態に戻してからならともかく魔の状態のままで直接触れるなど、危険極まりない自殺行為である。

 ましてやそれが『聖遺物は我々ラグナ教のものだ!』と主張するためだけに強行されるのであれば、レオニスでなくとも看過はできない。

 ラグナ教上層部のひと握りの人間達の欲望を満たすために、誰かの生命を危険に晒すようなことは決してあってはならないことだ。


 レオニスの尤も至極な質問に、ホロは沈んだ顔のまま答える。


「返す言葉もございません……『ラグナ教の信徒ならば、己の持つ全てをラグナ教のために捧げるのは当然』であり、『ラグナ教の役に立つことは何にも勝る栄誉』である―――聖職者の一部には、未だにそのような愚かしいことを考える者もいるのです」

「エンディ様が当代の大教皇に就任されてからは、そのような行き過ぎた特権階級意識は無くすよう、日々努力されてきてはいるのですが」

「如何せんラグナ教も長い歴史を持つ組織故……長年染み付いた意識からの脱却はなかなかに難しく……その改革は困難を極めております」


 ホロやエンディの苦労が偲ばれる話である。

 長く続いた組織がそうした特権階級意識に塗れていくのはよくあることで、そうした手合いが最大勢力として幅を利かせるのも往々にしてあるある話である。


 憔悴したように語るホロの悲哀に満ちた表情に、さすがのレオニスも居た堪れなくなってくる。

 レオニスとしてもホロ個人をいじめ抜きたい訳ではないので、話の角度を少し変えてみることにする。


「つーか、そういや俺不思議に思ってたことがあるんだが。いつも神殿にいるあんた達は、あの魔剣を見て何ともないのか? あの魔剣の近くで毎日過ごしていて、体調がおかしくなったりとかはしないのか?」

「私達聖職者はもとより、お祈りに来る信徒の方々や観光客として観に来る一般の人々も含めて、そのほとんどが魔剣の姿を見るだけなら特に何ともありません。さすがに直に触ればどうなるかまでは分かりませんが……」

「そうか……やっぱあれを見ただけで体調を崩す俺やライトの方が、かなり特殊というか異質なのか」


 そう、レオニスは前々から『皆よくあれを直視できるな、気分が悪くなったりしないのか?』と疑問に思っていたのだ。

 だがしかし、そうした体調悪化に陥るのはやはりライトやレオニスなど極一部の者だけで、毎日を神殿で過ごす者でも特に体調に変化が起きることはないらしい。

 ライトとレオニスの一体何が、どこが他の者と違うというのだろうか。


「しかし、そうなると……俺が直接水晶の壇まで乗り込んで、四帝の【武帝】が宿るであろう【深淵の魂喰い】と直接対決せにゃならんか?」

「いや、レオニス卿、それはお待ちください。如何に人類最強と謳われた貴方でも、長年魔の状態を晒し続けてきた魔剣と対決するのは危険過ぎる」

「そうだぞ、レオニス君。集めなければならない聖遺物も残り一つとなって気が急くのも分かるが、ここは慎重に事を運ぶべきであろう」

「ええ、私もマスターパレンと同じ意見です。あの魔剣は他の聖遺物と違い、ずっとあの場にあって逃げも隠れもしませんからね。慌てて今すぐどうこうする必要などありません」


 今にも神殿に乗り込まんばかりに逸るレオニスを、オラシオンやパレンが懸命に引き留める。

 二人が慌てる必要などないと言うのも当然だ。最初で最後の聖遺物【深淵の魂喰い】は長い間ラグナ教の神殿に祀られていて、誰も触れないよう高い位置に掲げられているのだから。


「ン……まぁな。確かに今すぐあれを聖なる状態に戻さなきゃならん訳でもないが……いざとなりゃ俺が神殿に単身乗り込めばいいだけの話だし」

「そこはエンディのためにも、穏便に済ませていただけませんかね……」

「だが、どの道エンディが大教皇の座にいるうちにやらなきゃならんぞ? どんな奴が次の大教皇になるか分からんし、次もまた俺達外部の者に理解ある大教皇である保証なんざどこにもねぇからな」

「それもそうですね……万が一強行突破するなら、エンディが大教皇を務めているうちがいいでしょう。引責辞任云々の問題もこれ以上起きませんしね」


 一度はレオニスの強行突破案を止めにかかったオラシオンも、次代の大教皇の話になると肯定せざるを得ない。

 次に大教皇になった者も、エンディ同様自分達に好意的で融通を利かせてくれるとは限らない。むしろホロの話を聞く限りでは、協力的な今の方が例外で次代の大教皇はレオニス達を排除する側に回る可能性が高いとすら思える。

 話の流れに沿い、パレンがホロに向かって問うた。


「時にホロ殿。非常に不躾な質問で申し訳ないのだが。次期大教皇の後継者問題はどうなっておられる?」

「ラグナ大公の温情の御沙汰をいただいたのが、去年の暮れあたり……我等に残された猶予は八ヶ月程度ありますが、まだ確たる者には決まっておりません。候補者の選定中です」

「そうですか……我々としても、どのような人物が次期大教皇になるのか注視せねばなりませんな。いつ頃までに決まるかはまだ分からんのですかな?」

「そうですね……引き継ぎの問題などもございますので、遅くとも私達が退任する三ヶ月前には決めなければならないかと」


 ホロの話では、次期大教皇はまだ誰と決まってはいないらしい。

 ホロが示唆した『退任三ヶ月前』というのは、今年の九月末辺り。今から五ヶ月程先のことである。


「でしたらホロ殿。次期大教皇が確定しましたら、内密にお教えいただけますかな? いえ、名前などの具体的なことは結構ですからその人物の人となりだけでも教えていただきたい。その人物の性格や方針如何によって、我々の取る手段や行動も変わってきますからな」

「それは……パレン殿とレオニス卿、お二人の胸の内にのみ仕舞っていただけるものであれば……」

「もちろんですとも。このパレン、口が耳を通り越して頭皮まで裂けようとも誰にも漏らしませぬ。レオニス君もまた同様、何が何でも秘密厳守することを誓いましょう」


 パレンの要望に、一瞬だけ戸惑いながらも最後は了承するホロ。

 本来ならば、次期大教皇の選出問題などという超重要機密は決して外部に知られてはいけない。外部どころか内部の者ですら限られた地位の者しか知らされないものだ。

 だが、ラグナ教の悪魔潜入事件の解決のためには、冒険者ギルドの協力は決して欠かせないものだ。その協力を得るには、自分達もある程度歩み寄らなければならないことをホロも重々承知していた。


 この結果を受けて、レオニスもまた徐に口を開く。


「じゃあその間、俺は聖なる状態の聖遺物を託せる仲間探しに勤しむことにしよう」

「聖遺物を託せる仲間、ですか?」

「ああ。これまで手に入れた聖遺物は今のところ俺が管理しているが、何もその全部を俺一人で使わなきゃならんこともあるまい。俺と同等に扱える奴を見つけ出して託すことができれば、廃都の魔城に巣食う四帝の完全殲滅もより確実なものとなるだろう」

「そうですね。ただ……レオニス卿と同等の力を持つ者など、そうそういるものではありませんが」


 レオニスの案に、オラシオンが少しだけびっくりしたような表情になる。

 いつも単独行動で基本的に誰ともパーティを組まないレオニスが、聖遺物を託せる仲間を探すと言ったことがかなりの驚きポイントなのだ。

 だがレオニスとしても、廃都の魔城の殲滅のためにはなりふり構ってなどいられない。


 これまでにレオニスは四帝と四度戦ってきた。一度目は八年前の反乱時、二度目から四度目は聖遺物に宿った状態での対決。

 一度目は劣化した替玉で余裕で撃破できたが、二度目から四度目はいずれも真の本体との対決。

 三回に渡る本体との対決で、レオニスは四帝の真の実力を嫌というほど思い知った。

 二度目の【賢帝】はともかく、三度目の【女帝】に四度目の【愚帝】はどちらも圧倒的な力でレオニスを追い詰めたのだ。


 そうした四帝の圧倒的な力を目の当たりにしたレオニスは、自分一人で殲滅に向かおうなどとは思わなくなった。

 四帝が四人いて、聖遺物が四つあるならば。自分達人類側だって四人の戦士を用意してもいいのだ。

 そうすることで四帝を完膚なきまでに倒し、廃都の魔城を根絶できるなら―――身内の仇討ちなどという己のちっぽけなこだわりなど、レオニスはいくらでも捨てることができた。


「杖に腕輪に三叉槍、特に杖や腕輪は魔職に向いているだろうな。フェネセンがいてくれたら、杖か腕輪を託すところなんだが」

「フェネセン師ですか。確かに彼の御仁ならば、レオニス卿に引けを取らない力をお持ちでしょう」

「だろう? あいつ、今頃どこをほっつき歩いてんだかな……」

「フェネセン師は、常に風の向くまま気の向くまま、な御仁ですからねぇ。鼻歌交じりで世界の果てを目指しているかもしれませんね?」


 フェネセンが行方不明ということは、この場ではレオニスしか知らないことだ。

 だがオラシオンももとは冒険者をしていた身、フェネセンがどういう人物であるかはよく知っている。

 そのため『行方不明』ではなく『どこかをほっつき歩いている』という体で話題に出したレオニスの言葉に共感していた。


「だな。今頃盛大なくしゃみでもしてるかもな。……よし、フェネセンに百回連続くしゃみする呪いでもかけとくか。そうすりゃ治療法を求めてラグナロッツァに来るかもしれん」

「百回連続くしゃみ……それはさすがのフェネセン師も堪らないでしょうねぇ」


 レオニスの他愛ない軽口に、オラシオンもくつくつと笑いながらその様子を想像する。

 普通の人間なら、百回も連続してくしゃみをしたら呼吸困難になりそうなものだが。フェネセンなら大丈夫、ということなのだろう。

 むしろ『ぴええええん!くしゃみが止まらないぃぃぃぃ、レオぽん、オラッシー、助けてぇぇぇぇ!』と叫びつつ涙目で駆け寄ってきて、くしゃみで出た鼻水や涙や唾等々、諸々の液体をレオニス達の服に擦り付けながら抱きついてきそうだ。


「とりあえず俺はしばらくの間、フェネセンを探すことにするわ。……オラシオンも聖遺物所持者の候補に挙げといていいか?」

「え、私ですか? 冒険者を引退したこの身に、そのような大役が務まるとは到底思えませんが」

「そんな謙遜しなくてもいいぞ? オラシオンだって俺が認めた数少ない冒険者の一人だしな」

「レオニス卿にそこまで言っていただけるとは、光栄の極みですね。……そうですね、もしどうしても適任者が見つからないとなれば、その時は謹んで拝命を承りましょう」


 レオニスがオラシオンを聖遺物所持者候補に挙げたことに、オラシオンは躊躇しながらも最後は頷いた。

 廃都の魔城の殲滅は人類の長年の悲願であり、元冒険者のオラシオンとしてもその協力を断るなどあり得ないことだった。


「ですが、あくまでも私は補欠扱いでお願いしますね? それに今の私には、ラグーン学園理事長という教育者としての使命もありますので」

「おう、もちろんだ!オラシオンがその気でいてくれるだけで心強いぜ!」


 レオニスがニカッ!と明るい笑顔で嬉しそうに頷く。

 レオニスとしてもダメ元で言ってみたことで、オラシオンが頷いてくれるとは思っていなかったのだ。

 たとえそれが補欠扱いという条件付きであろうとも、いざとなれば協力を仰げる。そう思うだけで心強く、百人力の応援を得たも同然だった。


「では、今日のところはこれくらいにしますかな。ホロ殿は魔剣の扱いの意見の調整と後継者問題、レオニス君はフェネセン君の確保、オラシオン君も引き続き再調査等必要な時には協力を頼む」

「皆何か進展もしくは問題が起きたら、いつでも私に相談してくれたまえ。どんな些細なことでも構わん、これからも皆の協力が必要だ。重ねてよろしく頼む」


 パレンの言葉に三者は無言で頷く。

 こうして四者会談はそれなりに円満のうちに終了した。





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 四つの聖遺物コンプリートまであと一つ、王手寸前です。

 とはいえその寸前の最後の砦がまた厳しくも険しいんですよねぇ。

 これからどのようにして【深淵の魂喰い】を人類側に取り込むか。マスターパレンやレオニスの手腕の見せ所です。


 そして、名前と想像の中の言動だけですが、久々にフェネセンが作中登場して作者歓喜。

 特に『ぴええええん!』と泣きながら止まらぬくしゃみに涙する様子が、本当にフェネセンがしそうな行動でおかしいやら寂しいやら。

 早いとこフェネセンの居場所が判明して、皆と合流できればいいんですけどねぇ……

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