第484話 受付嬢クレン

 冒険者ギルドの転移門で、首都ラグナロッツァからゲブラーの街に移動したライトとレオニス。

 冒険者ギルドゲブラー支部に移動した二人は、転移門から突然現れた客人にびっくりしたギルド職員達の視線を浴びながら、事務室を出て表側の広間のある方に向かう。


 ここゲブラーは、街の規模としてはそれほど大きくはない。市町村で言えば、村よりは大きく市よりは小さい、まさに町といったところだ。

 故にゲブラー支部自体も中程度の規模で、受付窓口は二つしかなく広間もこぢんまりとしたものだ。

 だが、どうしたことかその窓口には見慣れたあの色がない。一つは普通のギルド職員が座っており、もう一つは空席になっている。


 あれ? 冒険者ギルドの受付窓口に欠かせない、ラベンダー色がないぞ? 何でだ?……まさか……この街には、あの姉妹は常駐していないというのか?ぃゃぃゃ、そんなはずは……とライトは思いつつ受付窓口やその周辺を伺っていると、レオニスは依頼掲示板のある方向に向かう。


「よう、クレン。朝から仕事に精が出るな」

「……あっ、レオニスさん。おはようございますぅ、お久しぶりですねぇ」


 依頼掲示板の前には、お馴染みのラベンダー色に染まった愛らしいギルド職員がいた。

 どうやら依頼掲示板に新たな依頼書を貼り出すために、少しだけ席を立っていたらしい。

 いつものラベンダー色を見たライトは、心底ホッとする。


 冒険者ギルドの受付窓口にラベンダー色がないなんて、絶対にあり得ない!もはやラベンダー色は、冒険者ギルドにおけるフラッグシップカラーだよね!とまで思うライト。

 クレア達のラベンダー色にすっかり洗脳されている感さえある。


 レオニスとともに受付窓口に戻り、席に座るラベンダー色の受付嬢。

 ライトが改めて挨拶をする。


「初めまして、こんにちは!ぼくはライトと言います。レオ兄ちゃんといっしょにエリトナ山に登るために、今日はこのゲブラーの街に来ました!」

「ご丁寧な挨拶、痛み入りますぅ。私はクレンと申します、よろしくお願いいたしますねぇ」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 挨拶をしたライトに、クレンもまた丁寧な言葉でペコリと頭を下げる。

 互いにニコニコとした笑顔で挨拶を交わす横で、レオニスがクレンの解説をする。


「こいつは十二姉妹の十二番目でな、いわゆる末っ子ってやつだ。ちなみに見分けるポイントは口な」

「口? クレアさん達とどう違うの?」

「十二姉妹の中で最も口が大きいのがこのクレンだ。一番口の小さいクレアに比べて4mmは横幅が長い」

「口……4mm……」


 レオニスの解説を聞いたライト、個人的に会う頻度が高いクレアやクレナの顔を懸命に脳内に思い浮かべつつ、クレンの口元を眺める。

 だが、いくらクレンの口を凝視しても他の姉妹との違いがさっぱり分からない。


 確かに口という小さなパーツにおいて、その横の長さが違えば区別しやすいだろう。だが、4mm違うと言われてもパッと見で

 は全く分からない。

 まさか彼女達全員の口に定規を当てて、長さを実測する訳にもいかない。


「レオ兄ちゃん、何でそんなん分かるの……?」

「ンー……慣れ? ま、ライトも冒険者になってあちこち飛び回って、その度にこいつらと顔を合わせていきゃそのうち分かるようになるさ」

「……だといいなぁー……はぁぁぁぁ」


 思わず零したライトの、ほぼ愚痴にも近い疑問。

 それに対しレオニスは、事も無げにサラッと『慣れだ!』と言い放つ。

 mm単位の微妙な差異を、果たして慣れの一言で片付けていいものなのかどうかはさて置き。

 常に目の前に立ちはだかる難問に、大きなため息をつきつつ項垂れるライトであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「して、本日はどのようなご用件でこのゲブラーの街に?」

「火の女王に会うために、これからエリトナ山に登るんだ」

「エリトナ山に、ですか!? それはまた危険な場所に行くんですねぇ」

「目的はエリトナ山の頂上じゃなくて、火の女王に会うことだからな。中腹辺りで探す予定だが」


 項垂れるライトを他所に、レオニスとクレンがゲブラー来訪の理由などを話し合っている。


「そんな訳で、ちょいと聞きたいんだが。最近エリトナ山周辺で異変が起きた、とかの話はないか? 最近というか、ここ数年以内のちょっと古い話でもいい。エリトナ山に関する話があれば、どんな些細なことでもいいから教えてくれ」

「そうですねぇ……奥の方から資料を持ってきますので、少々お待ちくださいねぇ」


 エリトナ山の近年の情報を求めたレオニス。

 もし火の女王に何か異変が起きていたら、炎の洞窟同様に目に見える変化が周辺地域にも起きているはずだからだ。

 ただ、炎の洞窟近接しているプロステスと違い、ここゲブラーの街はエリトナ山から最も近い人里というだけで、実際の距離としてはかなり遠く離れている。なので、エリトナ山で異変が起きていても人族には感知し難いだろう。

 それでも何か起きていないか、一応聞いておいても損はない。


 レオニスの質問に応えるべく、クレンは一旦離席し奥の事務室に向かう。

 しばらく待っていると、クレンはその手にファイルを持って受付窓口に戻ってきた。


「こちらはエリトナ山に関する事件や事象をまとめたファイルです。シュマルリ山脈南東部にあるエリトナ山周辺の山々、それらはこのゲブラーが最寄りの街ですので一応当ギルドの管轄区域となってはおりますが……」

「ま、人の足では片道一日以上歩いても辿り着けんほど遠いからな。情報と呼べるものも少ないだろう」

「そういうことです」


 実際クレンが手にしているファイルは、見た感じそこまで分厚いものではない。それどころか、冒険者ギルドが管轄する地域の情報をまとめたファイルにしてはかなり薄い方だ。

 エリトナ山の情報が入ること自体が稀というなのだろう。


 クレンはファイルを開き、パラパラと資料を捲っていく。


「エリトナ山は活火山ですからね、十数年周期で小規模噴火が観測されています。一番最近の噴火は……今から十四年前に報告されていますね。そろそろというか、いつ噴火が起きてもおかしくない年月が経っています。今エリトナ山に行くのは、とても危険ですよ……? 今回は中止なさった方が良いかと」


 エリトナ山の資料を紐解くと、直近の噴火は十四年前に起きていたことが分かった。

 エリトナ山の噴火周期が十数年ということを考えると、今日明日に噴火が起きてもおかしくないということになる。

 そんなエリトナ山に今から登るというレオニス達を、クレンが非常に心配そうな顔で見つめながらさり気なく引き留める。

 だが、レオニスもここで引き下がる訳にはいかない。


「いや、逆に言えば今のうちに行っておかなきゃならん。小規模とはいえ、噴火したらしばらくは閉鎖されて入山すらできなくなるだろう?」

「もちろんです。噴火したら最低でも一年は封鎖されて入山禁止となります」

「ならば尚更今日のうちに行かなきゃならん。火の女王に会うのに一年以上も待ってはいられん」

「ですが……」

「大丈夫、心配は要らん。火の女王に会って話ができたら、すぐに帰還する」


 エリトナ山行きの目的は、火の女王の安否を確認するためだ。

 属性の女王達の安否確認は、レオニス達の都合で決めて良いとは依頼主である炎の女王も認めてくれてはいる。

 だが、ここでもしエリトナ山が噴火したら、一年以上は立入禁止になってしまう。これは安全性確保のための措置なので、如何に冒険者ギルド内で発言力が強いレオニスであっても従わなければならない。

 さすがに一年以上も悠長に待ってなどいられない。


 そしてライト自身がまだラグーン学園生であり、泊まりがけでエリトナ山に行く機会も限られている。

 それら諸問題を回避するためには、何としても今回火の女王に会っておかねばならなかった。


「他に何かエリトナ山に関する情報はあるか?」

「噴火以外のことですと……近年不審火と思しき事象が何件か起きているくらいですかね?」

「不審火?」

「ええ。狼煙のような煙?が、エリトナ山の方から大量に発生しているのを観測することが時折あるようでして。頻度としては年に一回二回程度なんですが」

「単なる山火事ではないのか?」


 クレンの言う不審火という言葉に、レオニスが疑問を呈する。

 火の女王がいる山ならば、山火事くらい茶飯事ではないのか?とレオニスが考えるのも当然である。


「山火事でしたら夜も火の明かりが観測されるはずですが、夜間の発光は一切ないので山火事ではない、と判断されています。というか、そもそも火の女王が住まうエリトナ山で山火事など起こりませんよ。もし仮に火事が起きたとしても、それが単なる火・・・・なら火の女王が火事の元の火を吸い取ってしまえばそれで収束です」

「そういうもんか……」


 レオニスの疑問を即座に否定するクレン。

 確かにクレンの言う通りで、火の女王とはその名の通り火を自由自在に操ることのできる高位の存在である。

 他の下級精霊ならともかく、火属性の頂点たる火の女王が制することのできない火などこの世に存在しないのだ。


「とはいえ、エリトナ山で狼煙と見紛うような煙が大量発生すること自体、問題といえば問題なんですよねぇ。だいたいあのような山の奥深くまで入っていく人自体滅多にいませんし」

「そうだよなぁ。山で煙が出るってことは、少なくともそこに火があって何かが燃えるか燻っている訳だからな」

「本当は当ゲブラー支部で何らかの対策を打たねばならないところなんですが……如何せん上層部の腰が重たくて。なかなか動いてもらえないんですよねぇ」


 クレンが悩ましげな顔でため息をつく。

 エリトナ山に何事かが起きていることが分かっていても、ゲブラーではそれを調査することがないのだ。

 直接被害を被るような災害でもなし、わざわざ調査に割く人員も金も惜しい、といったところか。

 街から遠く離れたエリトナ山の山中で何か起ころうとも、ゲブラーからしてみればまさに『対岸の火事』なのである。


 するとここで、眉をハの字にして目を閉じ困り顔をしていたクレンの目がパチッ、と開いた。


「そうだ、レオニスさん。今からエリトナ山に行くのでしたら、そのついでと言っては何ですが観察してきていただけませんか?」

「観察、か?」

「はい。金剛級冒険者であるレオニスさんの目からエリトナ山を見ていただいて、何か異変を感じることがありましたら是非とも情報提供していただければ、と」


 クレンがレオニスに、エリトナ山の観察を依頼してきた。

 もしエリトナ山に何か異変が起きているなら、レオニスがそこに行くことで何らかの情報を得られるはずだ。

 もちろん何もないに越したことはないが、それでも煙が発生する原因だけでも知っておきたい。クレンがそう考えるのも当然のことである。


「あ、もちろん情報提供に対する謝礼はいたしますぅ。依頼書を発行した正規の依頼ではないので、確たる報酬額は提示できませんが……もし何もなかった場合でも、必ず何らかの御礼はさせていただきますので。ご一考しておいていただけますか?」

「……いや、その必要はない」

「え? それはまたどうしてですか? お出かけついでの調査はできない、ということでしょうか?」


 クレンの謝礼話に、レオニスが速攻で必要なしと答える。

 レオニスからの思わぬ回答に、クレンが物憂げな顔をしている。

 まさかレオニスに断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。いつも穏やかな笑顔の受付嬢が、悲しげな表情を浮かべているのは何とも胸が痛む。


 そんなクレンの様子に、レオニスは慌てて言い募る。


「あ、いや、待て待て、俺が必要ないと言ったのは謝礼の方だぞ? 出かけるついでに様子を見てくるだけなら、謝礼なんぞなくとも友人として引き受けるって話だ」

「……友人として、ですか?」

「ああ。俺達冒険者はいっつもクレン達の世話になってるからな。その礼だと思ってくれればいい」


 きょとんとした顔でレオニスを見つめるクレンに、その視線と自分の言った台詞が相まって今更気恥ずかしくなったのか、プイッと横を向くレオニス。

 目をぱちくりさせて呆気にとられていたクレンの顔が、じわじわと笑顔に変わっていく。


「……ありがとうございます!」

「いや、気にすんな。それに、もし重大情報が得られたら、その時はゲブラー支部からガッツリと報酬もらうしな」

「もちろんです!さすがはレオニスさん、本当に頼りになりますぅ」

「フフッ……そんなことを言ってくれるのは、十二姉妹の中じゃクレンくらいのもんだからな」


 まるで花が咲き誇るかの如き眩しい笑顔で、レオニスに礼を言うクレン。その言葉は心からレオニスに感謝していることがありありと分かる。

 そしてレオニスの方もクレンの頭の上、彼女のトレードマークであるラベンダー色のベレー帽にポン、と手を乗せる。

 クレンは十二姉妹の末っ子だけあって、レオニスもクレンには甘くなるようだ。


「じゃ、今からエリトナ山に行ってくる。何もなければ三日以内にはゲブラーに戻る」

「はい!レオニスさんもライト君も、くれぐれもお気をつけていゲくださいね。ゲブラーの街にお戻りになられたら、真っ先にここにいらしてくださいね!」


 明るい笑顔で大きく手を振るクレンに見送られながら、ライトとレオニスは冒険者ギルドゲブラー支部を後にした。





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 クレア十二姉妹の末妹、クレンの登場です。

 十二番目の末っ子ということで、クレア十二姉妹の中でも特に愛されキャラな子。現にレオニスもクレンにだけは甘いようです。


 というか、リアルでも末っ子気質とか長男長女体質って絶対にありますよね。

 作者は二人姉妹の下で、言うほど末っ子気質とかはないと思うんですが。姉のところの甥っ子三兄弟、長男次男三男末っ子を見ていると本当にそういうのってあるよなー、と思います。

 三人の中では最も責任感の強い長男の兄ちゃん、わりとちゃらんぽらんだけど可愛いところもある真ん中次男、そして兄ちゃん達のあれやこれやを見て学んだ愛されっ子の末っ子三男坊。

 兄弟姉妹が多いことや一人っ子のメリット、デメリット、それぞれあるとは思いますが。何人家族であろうとも、家族全員仲良く過ごしていけることが何より一番だなぁ、と作者は思います。

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