第478話 海への憧憬と渇望
レオニス達がラグナ教エンデアン支部で再調査をしていた頃。
ライトとラウルはエンデアンの市場で買い物を楽しんでいた。
クレエがオススメしていた市場にはたくさんの店があり、ジャイアントホタテや八角ヒトデの他にも昆布やワカメのような海藻、魚の干物なども売っている。
「おおおー、ラグナロッツァではなかなか買えない海産物がたくさんあるねぇ!」
「これは……明日またネツァクでの砂漠蟹処理依頼を引き受けてくるか」
様々な海産物を目の前にし、料理好きのラウルのみならずライトの目までもがキラッキラに輝く。
ライトはこのサイサクス世界でも海に縁のない生活をしてきたが、実は前世でも『海なし県人』だった。
前世で幾度「山の幸より海の幸をくれ!」「来世こそは海と仲良しの人生を送りたい!」と叫んだことか。
だがその願いも虚しく、来世であるこのサイサクス世界でも『魔の森のド真ん中住まい』『首都の名門校に通うも首都は内陸都市』という、見事に海から隔離された境遇にある。
前世も今世もとことん海に縁のないライト、海への憧憬と渇望は深まるばかりである。
そしてラウルはラウルで、目の前に広がる海産物の山々に早くも欲望と衝動が抑えきれないようだ。
どれもラグナロッツァで買おうと思ったら、二倍三倍の値段はするだろう。輸送コストが嵩むだけではない、鮮度だって落ちる。特に魚介類は鮮度が命!なのだ。
何しろこんな好機は滅多にない、次にいつまたエンデアンに来れるか分からないのだ。
買うなら今しかない!とラウルは早々に決意する。
海産物を買う!と決めたら、そこからはもうラウルの買い物三昧は止まらない。複数の店を渡り歩き、新鮮な魚介類をバンバン買っては空間魔法陣にどんどん収納していく。
そしてライトはライトで、そんなラウルの買い物三昧のサポートをしていた。
「こんにちは!」
「いらっしゃい!元気な坊やだね!」
「冒険者ギルドのクレエさんの紹介で来ました!」
「まぁ、クレエちゃんの紹介かい? ならオマケしないとねぇ!」
こんな感じで、お店に入る度にライトは店のおじさんやおばさんに元気良く挨拶をするのだ。
そうすると店の人達が笑顔になり、クレエの紹介ということでさらに気を良くして代金の端数をまけてくれたり、量り売りでも少し多めにオマケしてくれたりする。
しかもどの店でもそれが通じ、店の人も嬉しそうに対応してくれる。クレエが如何に街の人々に信頼されているかが分かるというものだ。
そしてクレエが紹介するだけあって、売り物の品質だけでなく店の人達や雰囲気など全てが良い店ばかりだ。
ラウルの「今日は何がオススメだ?」という質問に対しても「今日は朝イチで捕れた、最高に活きの良いこの青タコがオススメだよ!」などと懇切丁寧に教えてくれる。
おかげでラウルも気持ち良く買い物ができて、買い物三昧のスピードに拍車がかかる一方だ。
そんな調子で、思う存分市場で海産物を購入したラウル。
市場にこれ以上長居していると、先日ネツァクで稼いだ24000Gが全部海産物に変換されてしまいそうだ。
「ねぇラウル、たくさん買い物もできたし、そろそろ帰ろうか?」
「そうだな。これくらい買えば十分だ」
ラウルの懐具合を心配したライトの言葉にラウルも同意し、二人して冒険者ギルドに向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
市場を離れ、冒険者ギルドエンデアン支部に戻ったライトとラウル。
ここで二人は一旦別々の方向に歩く。ライトはギルド内売店に向かい、ラウルは依頼掲示板のある方に移動する。
冒険者ギルドに向かう道中で、ラウルがライトに「エンデアンの依頼を見ていっていいか?」と要望したからである。
そんなラウルのささやかな願いに、ライトが否やを唱えることはない。むしろライトとしても、エンデアンにはどんな依頼があるのか気になるところだ。
売店をサッと見て『海色のぬるぬるドリンク』なるものを数本購入し、急いでラウルのいる依頼掲示板の方に向かう。
ちなみにその『海色のぬるぬるドリンク』はエンデアン限定品らしい。ギルド売店の売場にも『エンデアンの青い海、その澄みきった青色を完全再現した幻のぬるぬるドリンク!』『まさしく海の如き深い味わい、その貴重な味を楽しめるのはこのエンデアン限定品のみ!』という、何とも購買意欲をそそる魅力的なポップがあった。
ここまで書かれていたら、買わない訳にはいかないでしょう!という意気込みで、とりあえず五本買ってみたライト。相変わらずご当地グルメや限定品といった売り文句に滅法弱いライトである。
「ラウル、どう? 気になる依頼はあった?」
「んー……やはり港湾都市だけに海に関する依頼が多いな」
「そうなんだー」
依頼掲示板に貼り出された数々の依頼書を、ラウルの横でともに眺めるライト。
『海藻採取』『嘴魚の一本釣り』『剣魚、帆魚、槍魚の生け捕り』『ジャイアントホタテの貝殻処理』等々、海産物関連の依頼書が所狭しと貼られている。
この中で、ラウルがすぐに引き受けられるとしたら『ジャイアントホタテの貝殻処理』くらいか。内容的にはネツァクの砂漠蟹の殻処理とほぼ同じだろうし、ラウルなら空間魔法陣に収納して完了という手軽さだ。
そしてこのエンデアンのホタテ貝殻処理依頼も、ネツァク同様石級から引き受け可能となっている。
「なぁ、ライト。このジャイアントホタテの貝殻ってのも何かに使えないか?」
「ン? ホタテの貝殻なら、焼いて細かく砕けば蟹殻と同じく肥料になるはずだよー」
「おお、そうか。そしたらラグナロッツァに帰る前に、貝殻処理依頼を一件引き受けていってもいいか?」
ラウルがライトに『冒険者仕事を一つこなしたい』と言ってきた。今日の買い物三昧の資金補填をしたいのだろう。
現在の時刻は午後三時少し前、依頼場所さえ近ければラグナロッツァに帰る前にひと仕事できそうだ。
「いいよー、今日は市場でたくさん買い物したもんね。でも、肥料にするにしてももう砂漠蟹の殻もたくさんあるんじゃない?」
「そこはカニとホタテの殻比べ? 肥料の効果を比べてみるのも面白そうだな、と」
「それもそっか。いろいろ試してみるのもいいかもね!」
家庭菜園の肥料として、既に砂漠蟹の殻を大量確保しているラウル。
そんなに肥料ばっかりあっても使い切れないんじゃないの?とライトは心配になったが、ラウルとしては『同じ殻でも種類が違えば効果も違うんじゃね?』と考えたようだ。
家庭菜園はスローライフの象徴のようなもの、その運用の一環として肥料の効果の出方をあれこれ比べてみるのものんびりとしていて楽しそうである。
依頼掲示板に貼られていたホタテ貝殻処理依頼を何枚か剥ぎ取り、受付窓口に向かうラウル。
受付嬢のクレエに依頼書を見せながら相談し始めた。
「貝殻処理依頼を一件引き受けたいんだが、この中でここから一番近い場所はどこだ?」
「えーとですねぇ、この中ですと……これですねぇ」
クレエは複数の依頼書を見比べて、その中から一枚を取り出した。
「こちらは『迷える小蛇亭』という宿屋の人気食堂で、この冒険者ギルドの東側の三軒隣りにあります。二軒挟んだ向こう側ですので、徒歩三十秒で辿り着きますよ」
「そしたらこの依頼を今から受けてもいいか?」
「もちろんですぅ。ホタテの貝殻処理は何気に溜まりやすいので、引き受けてくださるととても助かりますぅ!……って、ホタテの貝殻処理方法はご存知で?」
『迷える小蛇亭』、どこかで聞いたような名前の食堂だ。それもそのはず、プロステスの人気食堂『迷える小豚亭』の姉妹店だという。
ここエンデアンでもかなりの人気を誇る食堂のようだ。
ならば貝殻などの不可食部の廃棄物も相当の量が出るだろう。
ラウルは早速ギルドカードを提示し、クレエが教えてくれた依頼を受けることにした。
時刻は午後三時になったところだが、依頼場所がここから歩いて三十秒のところなら問題ないだろう。どんなに大量の貝殻であっても、ラウルの空間魔法陣があれば難なく収納してしまうのだから。
ちなみにこの依頼の報酬は『貝殻一枚につき100G・枚数制限無し』となっている。
貝殻の大きさがどれ程のものなのかはまだ分からないが、八枚で砂漠蟹一匹分と考えればそれよりは割が良さそうだ。
だがここで、クレエが貝殻の処理方法を知っているかどうかを聞いてきた。ラウルはエンデアンで依頼を受けるのは初めてなので、クレエが心配して聞いてくるのも当然である。
ラウルもここでまさか『肥料に使うために持ち帰るから全然問題ナッシング!』とは言えないので、一応このエンデアンでの一般的な貝殻処理方法を聞いておくことにする。
「いや、前にネツァクで砂漠蟹の殻処理依頼を引き受けたことがあってな。それと同じようなもんかと思ったんだが……もし違うなら、是非ともここでの貝殻処理方法を教えてくれ」
「あらまぁ、あの砂漠蟹の殻処理をなさったことがあるんですか。それができる方ならホタテの貝殻処理も余裕かとは思いますが、せっかくなのでご説明させていただきますねぇ」
クレエの解説によると、まず高温で焼いてから細かく砕いて土中に埋めるのがエンデアンでの一般的な方法だという。
焼くことで殻が脆くなり、砕きやすくなるのだそうだ。ノーヴェ砂漠育ちで焼いてもびくともしないサンドキャンサーに比べたら、処理的にかなり楽そうではある。
ネツァクに比べて貝殻処理依頼があまり溜まりにくいのも、おそらくは処理のしやすさのおかげだろう。
ちなみに土に埋めずにそのまま海に捨てるのは、普通に違法投でご法度らしい。
「土に埋めるのはご自宅の敷地内か、もしくは少々遠方になりますが南レンドルー地方の荒野まで行くのが一般的ですね。もっともジャイアントホタテの貝殻はかなり大きいので、焼いて細かく砕くにしても自宅に埋めるのは非現実的というかかなり無理があるんですが」
「つまり、海や他人の所有する土地に勝手に捨てたりしなきゃいいんだな」
「そういうことですぅ」
「了解した。じゃ、今からこの依頼を受けてくるので手続きを頼む」
「分かりましたぁ」
『迷える小蛇亭』の依頼書をクレエに渡し、手続きをしてもらっている間にラウルはライトに声をかける。
「ライトはこのギルド内で待っててくれるか? ここから歩いて三十秒のところらしいから、すぐに戻る」
「分かったー。じゃあぼくは依頼掲示板をゆっくり見てるから、ラウルもお仕事頑張ってきてね!」
他の依頼ならともかく、殻処理系ならラウルの超得意分野だ。
その場で焼いたり砕いたりせず、空間魔法陣に収納してハイ完了!である。
依頼主のもとに行って貝殻を引き取るだけなら、ものの数分で終わるだろう。依頼完了のサインをもらうなどの雑務込みでも、今から二十分もあればギルドに戻ってこれるだろう。
だったらライトは連れ歩かずに、ギルド内にいて待っていてもらった方がラウル的には安心というものだ。
「依頼の受付が完了いたしましたぁ」
「ありがとう。じゃ、ライトはここで待っててな」
「うん!ラウルも気をつけていってらっしゃーい!」
ライトはラウルを見送った後、いそいそと依頼掲示板の方に移動していった。
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作中のライトの言葉のみならず、タイトルでもそのまんま『海への憧憬と渇望』を語りましたが。例によって例の如く、それらは全て作者の実態を反映しております。
作者は盆地生まれの盆地育ちにして、超スーパーエリート生粋海なし県人です! ←嬉しくない
生まれてこの方、数日程度の短期旅行以外に故郷を出たことすらありません。
やっぱり山奥よりも海の近くに生まれたかったなぁ。山菜より刺身食いたい!キャンプより海水浴したい!……ま、生まれを嘆いてもどうにもなりませんけども。
そして、久々にぬるぬるドリンクの新種が出てきました。
その名も『海色のぬるぬるドリンク』!もちろんその色は海を思わせる鮮烈な青、リアルで言うとブルーハワイですね。
というか、ブルーハワイって何味なんでしょうね?( ̄ω ̄)
検索すると、市販のかき氷シロップではピーチ味だったりラムネ味だったりするようですが。ラムネはともかく、青い桃って何事?(;ω;)
名前の由来であるカクテルの原料、ブルーキュラソーは柑橘系の味らしいですが。それにしたって、真っ青な柑橘類ってのもどうなのよ?( ゜д゜)
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