第464話 いよいよ春休み

 三月も半ばを過ぎた、とある日の午後。

 レオニスはアイギスを訪れていた。

 今日は客としての用事があるので、裏口ではなく店舗の正面入口から堂々と入っていく。


「いらっしゃいませー。……あら、レオ、ようこそ。例の品を取りに来たの?」

「よう、メイ。例の品ができたってマキシからの伝言を、今朝ラウルから聞いたからな」

「奥へどうぞ。カイ姉さんから受け取ってね」


 店の奥に通されるレオニス。

 奥の方では、カイとセイが何らかの作業をしていた。


「カイ姉、セイ姉、仕事に精が出るな」

「あら、レオちゃん、いらっしゃい」

「今日はラウルから差し入れを預かってきてる。後で皆で食べてくれ」

「えッ、ラウルさんの差し入れ!? 是非ともいただくわ!」

「お、おう。今日はホールのタルトタタンだそうだ」


 レオニスが発した『ラウルから差し入れ』という言葉に、敏感かつ真っ先に反応するセイ。

 レオニスが持っていた箱を、それはもうとびっきりのニコニコ笑顔のセイが受け取る。


「じゃあ私はお茶を淹れてくるわね。その間にレオはカイ姉さんからよく説明聞くのよー♪」


 タルトタタン入りの箱を大事そうに抱えながら、お茶を淹れるために厨房に向かうセイ。

 まるで踊るかのような軽やかやステップで歩くセイの、何とご機嫌なことよ。

 そしてアイギス三姉妹の心と胃袋を掴んで離さないラウルは、何とも罪作りな妖精である。


 超ご機嫌なセイの言葉に従い、レオニスは応接室に向かいカイはレオニスに用意した装備品類を持って後から応接室に入った。


「全部仕上がるまでに随分と待たせちゃってごめんなさいね」

「いや、俺は全然気にしてないから大丈夫だ。俺のために作ってくれる装備なんだし、カイ姉達だって他の仕事もたくさん入ってるだろうしな」

「そう言ってもらえると助かるわ」


 カイが持ってきた籠の中から、出来上がった品々を取り出してテーブルの上に並べて置いた。

 テーブルの上に置かれた三つの品々を、レオニスは興味深そうに見ている。


 一つ目はブローチ型のアクセサリー、二つ目はベルト、三つ目は背中に背負う大剣の剣帯。

 どれもカイから事前に話は聞いていたが、実際に出来上がった品をレオニスが見るのはこれが初めてだ。


「ブローチは前回と同じクリップ付きで、どこにでも留められる形状になっているわ。できれば胸元、心臓近くに留めてね」

「承知した」


 繊細な銀細工に大粒の黒水晶が散りばめられた逸品だ。

 前回のブローチと違うところは、八咫烏の羽根が二本に増量されてより美しくあしらわれているところか。


「次にベルト。バックルを装飾タイプにして、これにも黒水晶と純銀を使用しているわ。ベルトの幅と長さは今レオちゃんが使っているものと同じにしてあるから、問題なく着用できるはずよ」

「ありがとう。心臓だけでなく腹回りも守れるようにしてくれたんだな」


 四角い純銀で美しい縁取り模様のバックルがついたベルト。縁取り部分には小粒の黒水晶が多数嵌め込まれている。

 黒革のベルトと純銀細工、見事な色のコントラストが互いを引き立てあう絶妙なデザインだ。

 また、バックルにも黒水晶をあしらったのはレオニスの推察通りで、お腹を守るための意味合いもある。


「最後に、剣帯。レオちゃんが大剣を背負いながら、背後も守れるように革製の鞘もより丈夫なものに新調したわ。装飾の鋲のところどころに黒水晶を入れてあるのよ」

「これで背後も安心、という訳だな。さすがカイ姉だ」

「じゃあサイズ確認のために、今ここで全部着けてみてくれる?」

「了解ー」


 カイの要請に従い、新調した装備品類を早速着用するレオニス。

 ブローチはクリップで深紅のロングジャケットの胸元に留め、ベルトは今着けているものを外してから通し、剣帯と鞘は従来通りに斜め袈裟懸けにかける。

 ちなみに今日は大剣は所持してきていないので、剣帯と鞘は中身無しの仮着用である。


 アイギスは長年レオニスの装備品類のメンテナンスを一手に引き受けているだけあって、着け心地やサイズなどの具合もバッチリだ。

 普段と変わらぬ使い心地に、レオニスは嬉しそうに破顔する。


「どれもピッタリで問題ない。さすがはカイ姉達の作る品だ」

「そう、それは良かった」

「いつもありがとう」

「いいえ、どういたしまして。他ならぬレオちゃんのためですもの、姉さん達いつも以上に張り切って良い物作っちゃったわよ? それに……」


 礼を言うレオニスに、カイがいつものように優しく微笑みながら飾り棚の方に目を遣る。

 カイの視線の先には、神樹の枝で作ったカーバンクルの置き物があった。


「この間、レオちゃんにこの置き物に神樹の魂?を入れてもらったでしょ? 他にもセイの小鳥の置き物やメイの扇子にも同じことをしてもらったし、それらの御礼もしなくちゃだもの」

「ああ、あれは別に俺が好きで申し出たことだし……」

「それでも、よ。これを飾ってから、皆とても体調が良いのよ」

「そうか、それは良かった」

「本当はお店の方にも飾りたいんだけど、売り物と思われてお客様から『売ってくれ!』とか言われたら困るから、絶対に表には出せないんだけどね」


 これは我が家の宝物、絶対に売りには出せないもの、ふふふ、とにこやかに笑うカイ。

 カイの話によると、作業場や母屋など日によって置き場所を変えているのだという。

 レオニス達のアクセサリーにユグドラツィに分体を入れてもらった時に、このフォルの置き物にも同様に分体を入れてもらった。ユグドラツィも時折アイギスの風景を観ては、きっと楽しんでいることだろう。


「それにね、この間ラウルさんが大怪我をした時にうちで一時的にフォルちゃんを預かったでしょう? その時のフォルちゃんがね、この置き物を見てずーっと不思議そうな顔で眺めていたの」

「そりゃ自分にそっくりの木彫りの置き物があったら、フォルもびっくりするだろうなぁ」

「その時のフォルちゃんの可愛らしさと言ったら!もうね、言葉では言い尽くせないわ!」


 サイズ的には木彫りの置き物の方が少々小さいものの、それ以外は本当にフォルにそっくりな幻獣カーバンクルの置き物。

 自分に瓜二つな置き物を、フォルは不思議そうな顔で眺めながら置き物に近づいていき、スン、スン、と匂いを嗅ぐ。

 フォルの超弩級な愛らしさに、思いっきり胸を射抜かれるアイギス三姉妹。

 仰け反るカイ、セイ、メイの、ぁぁッ!ぅぅッ!ッハァ!という小さな呻き声とともに、ズッキューーーン!ドッキューーーン!バッキューーーン!という三連続の効果音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。


 その時の様子を想像してしまい、思わずくつくつと笑うレオニスに、フォルの愛らしさを思い出してか身悶えするカイ。

 するとそこに、お茶の用意をしたセイがワゴンとともに入室してきた。


「お待たせー!レオ、もう試着はしてみた?」

「ああ、相変わらず完璧な仕上がりに感服していたところだ」

「そうでしょう、そうでしょう!私達三人が精魂込めて作り上げたものだもの!大事に使いなさいよ!」

「もちろんだ」


 新調してもらった装備品類を空間魔法陣に仕舞うレオニス。

 セイに出してもらったお茶を飲みながら、アイギスでののんびりとしたひと時の寛ぎを味わっていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時は過ぎ、三月も終わりに近くなってきた金曜日。

 この日はラグーン学園の三学期終了日、ライト達が初等部一年生として過ごす最後の日である。

 翌日から春休みに突入ということもあり、教室はいつも以上に賑やかだ。


「ねぇねぇ、皆は春休みに何をして過ごすのー? 私はねぇ、おじいちゃんとおばあちゃんの家にお泊まりに行くんだー!」

「僕は特に予定はないけど、僕も一回くらいはお祖父様のところに遊びに行くかも」

「私は冬休みと同じく、プロステスの伯父様の家に行く予定ですの。何でもお父様が伯父様といろんなお話があるそうで、どうせなら一家皆で遊びに来いと言ってくださって……」


 元気なイヴリンの問いかけに、ジョゼやハリエットがそれぞれに今後の予定の話をしている。

 ライトにも春休み中はいろいろとしたいこと、やらねばならぬことが山積みで、それこそ予定がたくさん詰まっているのだが。それはおそらくというか、間違いなくこの場で話すには明らかに異質で場違いにしかならない内容なので、皆の話をニコニコと聞きながら口を噤んでいる。


 だがしかし。教室で皆でそんな風に楽しそうに会話している中、実に楽しくなさそうな人がここに一人。


「皆、行き先があって楽しそうでいいなー。私なんてさー、相変わらずおうちのお手伝いよー。しかも毎日よ、毎日!その分お小遣いももらえるからまだいいけどさー」

「おうちが宿屋さんって、お休みの日がないから本当に大変よねぇ」

「しかもリリィちゃんは一人娘だもんね。おじさんおばさんの手伝いをしない訳にはいかないし」

「ううう……来世はおうちがお店やってないとこの家の子に生まれたい!」


 口を思いっきり尖らせつつぶーたれるリリィ。

 イヴリンやジョゼの言葉に、リリィがガバッ!と机に伏せながら嘆く。

 年齢が一桁のうちから来世の要望を語る、何と悲しく涙ぐましい姿であろうか。


「そしたら私、春休みのうち一日か二日くらいリリィちゃんのおうちに遊びに行くわ。それくらいなら、リリィちゃんもお休みもらえるでしょ?」

「イヴリンちゃん、ありがとう!イヴリンちゃん、大好きー!」


 リリィを気遣ったイヴリンの申し出に、心から嬉しそうにイヴリンに抱きつくリリィ。

 この二人の仲睦まじさは、傍で見ている者達をも和ませてくれる。


「じゃあ僕もイヴリンといっしょに、リリィちゃんのところにに遊びに行こうかな」

「ジョゼもありがとう!一日二日だけじゃなくて、毎日遊びに来てくれてもいいのよ!」

「リリィちゃん、それだと僕達がおじさんとおばさんに怒られちゃうよ……」


 ジョゼもイヴリンと遊びに行くという言葉に、リリィがさらに嬉しそうな顔で礼を言う。

 だがしかし、リリィの言う通りに本当に毎日遊びに行ったらさすがにリリィの両親も苦い顔をするだろう。

 リリィの甘言にもならぬ誘い言葉にキッチリとツッコミを入れるジョゼ、さすがである。


 終業式も終わり、担任の先生の言葉も聞き終えて無事解散となった1年A組の教室。

 児童達が次々と教室を出て帰宅する。


「じゃ、ハリエットちゃんもライト君も、また四月に会おうね!」

「ぼくも春休みのうちに、一度くらいはリリィちゃんのおうちの定食屋さんに食べに行くからね」

「ライト君、待ってるね!……あ、その時は是非ともラウルさんといっしょに来てね!」

「ラウル? うん、いいよ、ラウルも美味しいご飯大好きだから誘っていっしょに行くね」

「ホント? やったー!絶対に来てね、約束よ!」


 下駄箱に向かう廊下で、皆で歩きながら繰り広げられる楽しげな会話。

 営業上手なリリィが、春休み中に向日葵亭にご飯を食べに行くと言ったライトにラウルもいっしょに連れてきて!と促す。

 ライトは「あー、一人でも多くのお客さんに来てほしいんだなー」と思うだけだが、リリィ的にはイケメン鑑賞したい一心で頼んだだけである。


 そしてライトはジョゼにこっそりと(春休み中のデート、頑張ってね)とエールを送り、ジョゼも(うん、頑張る)とライトの声援に拳をグッ!と握りつつ答える。

 バレンタインデーとホワイトデーに続き、ここでもまた男の友情がすくすくと育っているようだ。


「皆、二年生になっても頑張ろうねー!」

「「「うん!」」」


 校舎を出た五人は、春休み開けの二年生でも仲良く過ごすことを誓いながらそれぞれの家に向かって帰っていった。





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 レオニスの装備も整い、ライトも春休みに突入間近。

 今までは土日祝日にしかこなせなかった、あれやこれやが目白押しで待ち構えています。ぃゃー、ライト自身は楽しみでしょうがないでしょうが、作者は戦々恐々なんですけどね!

 割と真面目な話、作中の春休みが終わってライトが二年生になる頃には作者のリアル季節は夏休み、もしくは下手すりゃ秋口に突入しているかもしれません・゜(゜^ω^゜)゜・

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