第442話 寄り添う仲間と次の約束
今話は区切りの関係で少々短めです。
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おやつを食べ終えて、ライト、レオニス、ウィカ、水の女王、小島上陸組はそのままころん、と大の字になって寝そべる。
イード、アクアの湖水組も、のんびりと漂うようにでろーん、とリラックスしながらぷかぷかと水面に浮かんでいる。
遮る木々のない目覚めの湖には、小島にも湖面にも分け隔てなく燦々とした太陽の光が
まだ二月下旬ではあるが、後数日で三月になろうとしている。風もなく穏やかで温かい日差しは、春の到来が間近であることを感じさせる。
先程のライトじゃないが、油断してるとついうっかりうたた寝してしまいそうだ。
そんな中、レオニスがのそりと起きてぽつりと呟く。
「……さ、おやつも食って一休みしたことだし、そろそろ家に帰るか」
「……うん。もうちょっとしたら日も暮れてくるしね」
『レオニス、ライト……もう帰っちゃうの?』
レオニスの言葉を合図に、ライトも帰宅することに賛同する。
そんな二人を水の女王はとても寂しそうな目で見つめていた。
「水の女王も無理すんな。そろそろ寝床に帰りたい衝動に駆られてきている頃だろう?」
『ぅぅ……そ、それは、そうなんだけど……』
「水の女王様も、今日はいっぱい遊んだもんね。疲れたらおうちに帰ってゆっくり休むのが一番いいよ」
『……ぅぅぅ……』
ライトもレオニスも、水の女王の中が『居場所に帰らなければ』という帰巣の念が出てきていることに気づいていた。
先程から彼女の身体が僅かにうずうずと動いていたのを、二人とも見逃さなかったのだ。
だが、水の女王の口からは『家に帰る』という言葉は出てこなかった。今までの時間があまりにも楽しくて、終止符を打つのが惜しかったから。
もっと皆と遊んでいたい、このままずっと楽しい時間を過ごしたい。そう願う水の女王。
だが、楽しい時間はあっという間に過ぎ、いつかは終わりを迎える。今日という日もあと数時間で終わるのだ。
しかも彼女の中に渦巻く『いつもの寝床に帰らなくちゃ』という強迫観念は、籠の外にいる限り収まるところを知らない。
胸の内に沸き起こり続ける焦燥感は、あの水草の草原にある籠に戻らなければ決して消えることはないのである。
水の女王自身もそれを分かっているからこそ、渋りながらもそれ以上抵抗はできなかった。
俯いてしょんぼりとする水の女王。下を向く彼女の視界に、小さな子供の二つの手がふと映る。
それは水の女王の手を取ったライトの手だった。
「水の女王様、ぼく達また遊びに来るからね!」
『……次は、いつ来てくれる?』
「んー、ぼく達もまだ他の女王様の様子を見に行ったり、これからしなきゃならないことがたくさんあって、毎日のように遊びに来れる訳じゃないけど……でも、また必ず遊びに来るから!」
『……本当に?』
「うん。明日とか明後日とか、いつ来るっていうはっきりとした約束はできないけど。今日の美味しい料理を作ってくれた、妖精のラウルも連れてくるよ!」
ライト達との別れを惜しむ水の女王の瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
その美しい涙は零れ落ちる途中で綺麗な真円となり、新たな【水の乙女の雫】となってライトの手の甲の上に落ちて地面に転がっていく。
「水の女王様、泣かないで。また新しい友達連れて遊びに来るから」
『……うん』
「他の女王様達に会ったら、水の女王様も炎の女王様も元気にしてるって伝えるね」
『……うん』
「アクアのこともよろしくね。水の女王様はぼくのことを『アクアの親御様』なんて言ってくれるけど……ぼくはただの人族で、目覚めの湖には住めないから。だから、ぼくの代わりに水の女王様がアクアを見守ってあげてほしいんだ」
『……うん』
水の女王に対するライトの敬語が、いつの間にかなくなっている。
呼称こそまだ様付けではあるものの、今日一日の交流で親睦を深めた二人はすっかり友達になったようだ。
自分達との別れに涙を零す水の女王を慰めようと、ライトは懸命に言葉を紡ぐ。
ライトが重ねていく言葉に、一つづつ小さく静かに頷く水の女王。
すると、二人のやり取りを見ていたウィカが水の女王の横に来て、彼女の身体に頬ずりした。
それはまるで『私達がいるよ』と水の女王に訴えかけているようだ。
そんなウィカの仕草を見たライトは、ウィカ達に声をかけた。
「ウィカ、これからも水の女王様とたくさん遊んであげてね。イードもアクアも、ウィカといっしょに水の女王様を守ってあげてね」
「うなぁーん」
「キュルァァァ!」
「クルルルゥゥゥ!」
ライトがウィカ達に向かって、水の女王のことをくれぐれもよろしくと頼む。
ライトに頼まれたイードとアクアも『大丈夫、
水の女王にはイード、ウィカ、アクアという目覚めの湖の仲間がいる。そう、彼女は独りではないのだ。
ライトの言葉でそのことに気づいた水の女王が、ハッ!とした表情になる。
そして頬ずりしてきたウィカに視線を落とし、ウィカの頭をそっと撫でる。
『……ウィカちー、ありがと。イーちゃんも、アクア様も……皆、ありがとう』
『私には皆がいるものね。明日も明後日も、その次の日も、たくさん遊ぼうね』
『皆、これからも…………よろしくね』
ウィカを膝に乗せた水の女王が、ずっと俯いていた頭を上げてイードやアクアに向かって語りかける。
よろしくね、と言う水の女王の言葉に、ウィカもイードもアクアも優しい笑みを浮かべる。
イード達目覚めの湖の仲間を見つめる水の女王の瞳には、もう涙の雫は浮かんではいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後ライト達は、いつも目覚めの湖に来る時の入口である桟橋に移動した。
イード、ウィカ、アクアはもちろんのこと、水の女王もライトとレオニスを見送りに来ている。
ちなみにウィカは水の女王の胸元に抱っこされている。ウィカの脇の下に手を入れて抱っこしているので、ウィカの身体は縦にビヨーンと長く伸びていた。
内心では帰巣衝動が相当強くなってきているだろうに、それを抑えてまで見送りに来てくれている水の女王。
彼女のその気持ちがライト達にはとても嬉しかった。
水の女王がライトの目の前にきて、ライトに向かって話しかける。
『ライト、レオニス、今日は約束を守ってくれてありがとう。これ、さっきできたばかりの【水の乙女の雫】。今日の御礼として受け取ってね』
「また貴重なものをもらっちゃってもいいの?」
『そんなこと気にしないで。私が二人にあげられるものなんて、これくらいしかないから……』
「……そっか、ありがとう」
ウィカの抱っこを片腕に変えて、もう片方の手でライトの手を握る。
握りしめた水の女王の手から、数粒の【水の乙女の雫】がライトの手のひらの中に現れて渡された。
これもまた先日同様実に新鮮な、できたてほやほやにして鮮度抜群もいいところの【水の乙女の雫】である。
水の女王から新たにもらった【水の乙女の雫】を、ライトはアイテムリュックに大事そうに仕舞った。
「じゃ、帰るか。皆も今日はたくさん遊んでくれてありがとうな。久しぶりに良い運動になったわ」
『レオニス、また追いかけっこするわよ!次こそは負けないんだからね!』
「おう、いつでも受けて立つぞ?」
レオニスが今日の礼を言うと、水の女王が追いかけっこリベンジを再び誓う。その胸にウィカを抱っこしながら、鼻息も荒く宣言する水の女王。
彼女からの挑戦に、レオニスもまたニヤリと不敵な笑みを浮かべながら受けて立つと言い放つ。
だが水の女王の後ろにいるイードとアクアは、心なしかその顔が引き攣り身体もプルプルと震えているように見えるが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
「じゃ、皆、またね!」
再会を約束したライト達は、大きな声で別れの挨拶をして家路に就く。何度も何度も目覚めの湖の方を振り返っては、大きく手を振るライト。
ライト達を見送る水の女王達もまた、少しづつ遠ざかっていく二人の背中が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
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寂しがる水の女王様じゃないですが、楽しい時間てのは本当にあっという間に過ぎてしまいますよねぇ。なのに、不得意分野の勉強やら仕事やら大掃除やら、楽しいと思えないことはちーとも時間が進まないという(=ω=)
どちらも同じ一分一秒一時間のはずなのに、どうしてこうも違うもんなんでしょうかね?( ̄ω ̄)
そこら辺はまぁ、体感時間がどうのだの快楽と苦痛が精神面に及ぼす影響こうのとかなんでしょうけども。
でもって、前書きにも書きました通り、今話は普段より若干短めとなっております。と言っても、文字数3200字弱はあるのですが。
作者的には一話あたりの文字数よりも、物語の区切りの良さを優先したいんですよねぇ。区切りの良さは読後の余韻にも直結しますし、次回が気になるような布石などとも密接に関係してくるし。
何より作者自身が『ココだ!』と思える場所で区切れないと、気分的に落ち着かないんですよねぇ……
しかし。よくよく考えると、連載開始当初は3000字前後がデフォだった気が…( ̄ω ̄)…
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